絶対音感を持つ音痴っているのだろうか?
「名選手、名監督にあらず」と言う言葉があるように、いくら優れた技術を持つ選手だからといって、その技術=戦略的技能や選手掌握力とはならないと言うことだね。
何十年か前のアメリカのバレーボールオリンピック代表チームの監督は選手経験のない、大学でスポーツ理論を学んだ人だったと話題になったと記憶している(細かい設定は忘れた)。
翻って将棋の棋士などは、その知識がそのまま実力に反映されるはずだ。
知識だけあっても、それを速やかに効率よく今の戦局に照らし合わせ、最適の一手を導き出せるかどうかはまた別の話かもしれないけれど(そうでなければ将棋とは記憶力『だけ』の勝負になってしまうもんな)、知識は密接に実力に伴っているとは言えるのではなかろうか。知らんけど。
大工さんや金物工さんなど、いわゆる「手に職を持つ」人達も長年の経験がものを言うだろう。
職についたばかりの頃はあやふやだった工具の扱いも、年季が入るにつれ職人技となって行くだろう。
私のような素人でも、1日10時間くらいその仕事に携わり続けたら、半年もしないうちに15枚ほど重ねた紙の厚さで紙1枚の多い少ないくらい分かるようになった。3〜4,000種類の在庫をストックする倉庫で、品名を見せられただけでどこにあるかを把握できるようになった。初めての時には不可能と思える事でも、続けて励めば慣れ親しんでその内出来るようになり、5日は職人技と言われる日が来るかもしれない。が、いつまで経っても不器用で「お前、この仕事に向いていねーよ」と言われてしまう人もいるのかもしれない。
では、絶対音感を持つ人は…?
テレビなどで、絶対音感を持つ人は「様々な音が見えてしまう」とか「外れた音にイライラする」とか言うのを聞く。
それがどこまで本当か、絶対音痴の私には知る由もないけれど、例えば絶対音感を持つバイオリンやピアノを弾く人は居る。でも、絶対音感を持っていれば必ずピアノやバイオリンを弾けるわけではない。そこには「弾く」技術が必要だからね。
名選手(絶対音感を持つ)、名監督(楽器奏者)に在らずと言う事だろう。
では、絶対音感と音痴はその選手と監督の例えに当てはまるのだろうか。
- 歌声も楽器の一つと考えれば、絶対音感はあるけど、うまく発声できない…つまり音痴な人がいてもおかしくはない。
- 絶対音感を持って自分の声をコントロールできるなら、音痴なんてありえない。