ダイエットにたいしての雑感(タイトル思い浮かばず) | lummoxの長い1日

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駄文、散文、写真、絵日記…何を書くかわかりませんが、その日の気分で…

緩やかに前回の続き…かな。

 

でも、今回は「ダイエット」カテゴリより「駄文」カテゴリがふさわしそうな予感…

 

  信じる者は浮かばれる

 

ダイエットの方法もいろいろあって、どんなやり方も自分自身が納得しなければやる気が起きないだろうし、ダイエットは長い武者修業になるから、その中でも楽しんでやれるやり方を見つける事が大切だ。

 

仲間内で「極論」としていつも言っている事だけれど、「(問題行動を起こした当時の)オウム真理教でさえ、それにすがっていた信者には唯一自分に救いを与えてくれる正しい宗教だったんだよ。例え世間から否定されたとしても」って事だ。

世間一般からの評価と個人の評価が異なる事は当然のように多々ある。と言うかそれが普通の事だ。だから、個々の価値観を他人がその人の価値観で良し悪しを決めること程愚かな事はないって事を理解すべきだよね。

ま、それができたら世の中からいじめなんてなくなるんだろうけれどさ。

 

 

  禁煙は簡単なのにダイエットは面倒な訳

 

禁煙は…

 

そう、ダイエットは本当に面倒くさいよね。禁煙は簡単なのに…

 

私は20年前にタバコをやめた。

それまでハイライトや手巻きたばこ、缶ピースなどニコチン・タールの含有量が高いたばこを120本/日位吸っていた。その当時日本のスタンダードだったマイルドセブンと言うタバコのニコチン・タール量に置き換えると、1,000本/日吸っている計算だった。

 

でも、ある時タバコをおいしく感じていない自分に気が付いた。

ただ、連日続く会議や、延々と終わりの見えないプログラム作成、仕様変更への対応やその費用分担、それに伴う責任の所在…様々な事でイライラして、それを紛らわせるためだけに吸っている事に気が付いた。

 

だから、私は「今からタバコをやめる」宣言をした。

会社の机の上、見やすい位置に未開封のハイライトを1箱と1本、そしてライターと灰皿を置いた。

「負けたならいつ吸っても良いぞ」と自分に語り掛けた。

仕事仲間も、「禁煙なんて馬鹿らしいから、無駄な努力だからやめなよ。ほれ」とたばこを差し出してきた。

 

結果、物凄く誘惑にかられた。一日飴を5袋位食べた(太った)。

禁煙パイポを何本も噛み千切った。

でもやめられた。

 

なぜか。

 

「坊やだからさ」

 

…訂正

タバコはね、吸わなきゃいいだけなんだよ。

 

簡単でしょ。

だって、吸わなくても死なないもん。

吸いたくて吸いたくて吸いたくて吸いたくて無性にイライラする。でも吸わなくても死なない。

 

だから頑張れた。

机の上のたばこに手が伸びそうになったら「もう負けちゃうの?」「まだまだ」と自問自答する。仲間からの勧めも同じ。「負けていいよ」と言われることをバネに否定し続けた。

 

少なくとも私の周辺に、私よりヘビースモーカーだった人はいなかった。だから「こんな空気みたいな軽いたばこをこんな少ししか吸っていない軟弱者でさえ「やめられない」と諦めているのに、私がやめたら格好良かろう」と勝手に周りを落ちぶれたライバル認定(設定)して優越感に浸るというのも原動力だった。ま、頭の中で何をどう考えるのも自由だわね。

 

今は喫煙を「依存症」として捉え、そこから脱却するための医療プログラムがあるという。

私はそれのお世話にならずやめられたという事は、本数が多い事は兎も角、依存症ではなかったのだろう。

だから、依存症となった方の苦しみは知らない。そこは申し訳ない。ここに書いているのは飽くまでも私の実体験なので。

 

私はマリー・アントワネットになり切って「タバコがなければ空気を吸えばいいじゃない」と自分に言い聞かせ続け、上に書いたような自分への挑発をする事でモチベーションを保ち禁煙に成功したんだと思われる。

 

ダイエットは…

 

翻ってダイエットはさ

食べなきゃいいんだよって訳にはいかない

だって、食べなきゃ死んじゃうもんね。

 

ダイエットの一番大変な部分は、タバコの様にただ吸わなきゃ良いって簡単に切り捨てられないんだ。

常に「必要な分だけ食べて、残りを食べない」と言う高度なコントロールが必要なの。

 

太った経験のない人は「そんなの食べなきゃ良いだけじゃん」と簡単に言う。けれど、それができないから太ったの。で、できないのは意志が弱いとか、そんな簡単な事じゃないんだよ。

 

例えば東大に合格できる学力がある人は皆字がきれいかと問われたら絶対にそんな事はない。東大に合格する学力はあっても、又は漢検1級に合格する知識があっても、字がきれいだとは限らない。

「そんなに頭が良いんだったら、字くらいきれいにしたらいいじゃん」って言うのは簡単だけれど、多分、実践するのは大変だろう。

 

同様に運動音痴に「100m12秒で走るなんて簡単でしょ。だって、交互に右足と左足を前に出せば、誰でもそれくらいできるでしょ」…むりだって。

 

長嶋茂雄さんじゃないけれど「どうやればいいの?」と問うたら「バッとやってガっとこう…」そんな説明しかできない人も多い。自分ができる事をわざわざ他の人に分かるレベルに落として説明をするのは、運動能力などとは別の次元、スポーツ理論などの知識が必要になる訳だ。

 

太る才能だって一緒なんだよ。別に食べ過ぎているつもりがなくとも、気が付いたら太っている。確かに他の人と比べたら食事が脂っぽかったり、量が多かったりと気づく事も多いけれど、なかなか他の人と比べる機会はないよね。

 

たまに友人や同僚から「そんなに食べるの?」と言われたとしても、「今日はちょっと食べたい気分なんだ」と言い訳したら納得されてしまうだろう。

「最近太ってない?」と言われても「仕事忙しいからちょっとね」と言い訳したら、「そうだよね。まぁ程々にね」と返されておしまいだろう。

 

うん、他人の関心ってそんな程度だよね。

自分でしっかり自分を見つめる機会がないと、言い訳が大手を振ってまかり通って、気が付いたら…って事になってしまうんだよ。

 

私は177cmで45㎏だった。

女友達には「もっと太りなよ」と言われ続けた。

ダイエットの雑誌広告などでも、体重と身長の評が記載されていて、太り過ぎの人には「わが社の製品を」となっているけれど、自分の身長体重では「必要ありません」と素っ気ない一言。「かまってくれよー」と寂しかった。

彼女ができても、「私より痩せているなんて許せない」と振られた。

社会人になって、黒い企業になって、机から動かなくなった。

気が付いたら体重は70㎏を少し超えていた。

 

 

  ささやかな夢…

 

私の長年の、そして未だ果たされていない夢がある。それは…

 

体重を60㎏台にしたい

 

なんだ。

どんなに暴食をしても50㎏に満たないがりがりヒョロヒョロな男は、友達が何の努力をしなくとも60㎏台の体重でいられることがとても羨ましかったんだ。

暴食を重ねて滅茶苦茶頑張った時、体重が50㎏台を指す事は何度かあった。でも、男子の平均的体重である60㎏台は遥か先にある。「いつか」を夢見るのは当然だろう。

 

しかし、机に座っている間にどんどん体は成長し、いつの間にやら70㎏台。その後も順調に育成は進み115㎏まで行った。

70㎏、80㎏、90㎏、100㎏、110㎏台の体重は見てきた。

でも、唯一60㎏台の体重だけは見たことがないんだ。今でもだ。

 

だから、私の今回のダイエットの目標値が65㎏と聞いた時、メラメラと目の中に炎と虎が宿った気がした。大リーグボール1号を今なら打てる気がしたんだ。

 

うん、このダイエットを成功させて、夢にまで見た60㎏台を見るんだ。

そんな夢を見るのも、ダイエットの原動力になる。

当然ながら、「夏に海でモテたい」も立派な原動力だよな。

私のような老人は「老後の介護の手間を少しでも少なく」と言うのもありだろう。

 

どんな邪な原動力だとしても、それが前進する力、実行する力になるなら(そして犯罪にならなければ)良いと思う。

 

 

  色々なやり方があるけれど…

 

昔はやった「ゆで卵ダイエット」や「リンゴダイエット」…その他にもいろいろなダイエットがあった。

でも、私個人の勝手な考えで言えば、毎度書いている事だけれど、「栄養バランスが取れないよね」と疑問に思ってしまうんだ。

「バランスを崩して健康になる根拠は?」と考えてしまうんだ。

 

今自分がやっているダイエットは、ダイエットと言えるんだろうか。

ただ、自分の現状の身長・体重から割り出した標準的な基礎代謝に、最低限行動するのに必要な量を加えた消費カロリーを上限として、朝食/昼食/夕食をほぼ3等分して、バランスよく食べようとしているだけだ。

最近はSKECHERSのウォーキングシューズを購入したこともあり、週何回かは軽く散歩に出かけている。それが運動かな。

それだけでも体重は減って行っている。

前回栄養指導があった4月7日の体重は89.3㎏だった

1か月後の5月7日は86.1㎏。そして、13日には85.0㎏まで減っている。これは靴を買って散歩を始めたからと言うだけではなく、それ以前に、前回の栄養指導で指摘された、「記録されていない間食」を辞めたことが効果覿面だった(そう言えるのが情けない事なんだけれどね)と言わざるを得ないだろう。多分、散歩を始めた効果が出てくるのはもう少し先だと思われる。

 

こうやって、無駄(記録に残さない「ちょっとだから」の積み重ね等)を排除し、きちんと食事を管理するだけで、ある程度までは痩せられる。その後は脂肪を燃焼させるための運動が必要になる。

 

だから今散歩でも良いから有酸素運動をするという意識が大切。

運動も「継続する事」が大切なんだよね。

 

他の人がどう捉えるかは知らんけれど、糖尿病、腎臓や肝臓の働きとそれを阻害する原因などの方面からの栄養指導は私としては凄く納得のいくものだったし、食事記録を実施してカロリーコントロールをするのは、私にはとてもあっていた。

 

他の人は「そんな事を実践していたら、おいしいものが食えなくなるだろうがぁぁ」と思うかもしれない。私はこのダイエットをしていても、結構おいしいものは食べている…つもりだ。おいしいものと言うのが、どこかの店の料理と言うなら、そこは制限ができるかもしれない。でも、素材のおいしさを改めて実感するとか、そんな贅沢な時間は確実に増えていると思うよ。

 

まぁやりたくないならやらなければ良いだけの話だ。

大体健康な人なら、そんなに食べる物に気を遣わなくとも問題はないだろうし、管理するのは自分の体だ。

タバコだって、ヘビースモーカーなのに90歳を超えても元気にプカプカタバコを燻らせている人もいるし、タバコなんか毛嫌いしているのに若くして…と言う人もいる。そんなに神経質に気を遣う必要などないのだ…と言うのも一理ある。すべては自己責任だよね。

 

ただ分かってやる確信犯なら良いけれど、知らなくて後から「最初に言っていてくれたら…」と言う責任転嫁な人には一言書いておきたい。

 

肝臓などは「沈黙の臓器」とも言われ、なかなか不調に気付かない。今きちんと仕事をしているからと言って、明日も同じに働いてくれるとは限らないって事。

 

肝機能、腎機能には当然ながらキャパシティ(作業上限量)がある。

なのに、その上限を知ろうともせず、気に掛ける事もなく、酒を飲んで、塩分を大量に摂取してでは、いつ何がどうなるか分からない。

上限を知った上で、自分の摂取量を把握したうえで、更にちょっと工夫をするだけで無駄な塩分、カロリーの接種を避ける事ができるなら、より多くの酒が飲めたり、つまみを食べたりできるんじゃないかって事だ。

 

5月9日にも書いたけれど、ドレッシングや醤油、ソースなどで無駄に消費するカロリーや(特に)塩分はできるだけ抑えるべきだ。

 

レモンピューレをはじめとする柑橘系果汁、酢などを積極的に応用すれば、塩分はほぼ0で、カロリー消費もごくわずかで済む。

醤油やソースなども節度を持って素材を味わうんだと言い聞かせれば使い過ぎを防げる。

そんな工夫に興味を持って、臓器をできるだけ気遣ってあげる事は悪くない事だと思うんだ。

 

ちょっとでも「納得」と思えたなら、どうか図書館に行って昨日取り上げた本をちらりとのぞき見をしてみて欲しいな。