東の軽井沢、西の六甲山と呼ばれ企業の保養所や研修所、別荘が立ち並んでいました。
六甲山に保養所を作るのが企業のステイタスでもあったらしいです。
バブル崩壊後閉鎖が相次ぎ、阪神大震災以降、特に廃れていったそうです。
子供の頃に六甲山へは、父が勤めていた会社の保養所に避暑で泊まりに来たのを覚えています。
六甲山の荒廃を映し出すテレビ番組の画面を見ながら、見たことのあるところかもと目を凝らしていました。
関西人には六甲山は馴染みがあるところですね。
対策として、これからは、海外からの観光客を呼び込む作戦らしいです。(日本人にはもう期待できない?)
地元の活性化、関西の活性化、日本の活性化。
私に出来る事ってなんだろう。
みんなが元気になることをイメージしてまず足元、周りの人を喜ばすことから始めたいと思います
