夜の話は鬱鬱としているので適当に読み飛ばしてください。
通天閣の話についてコメント返しの追記をしながら、偏見に関わる話題は書くのが難しいなあと思った。誤解されにくいように書くのはとても難しい。そもそも私にも偏見はあるし。
父にまつわる話を一つ書こう。
昭和も終わりの頃は大阪のミナミにも道頓堀を囲むように古本屋が多くあった。もちろん道頓堀にも有名な天牛書店があった。
ある時父がミナミにある一軒の古本屋に連れていってくれた。
ただし「夜には行くな」と言った。
夜の繁華街には元から私は行かないが、素直に父の言う通りに昼に行った。
ある時そこで珍しい光景に遭遇した。
昼日中に、黒塗りの車を囲むように、その筋の人たちが深々と頭を下げて車を見送っていたのだ。
ドラマと同じ光景だった。
父が夜には行くなと言った事は、こういう理由かと思った。
父はこの場所に偏見を持っていたのだろうか。
しかし昼に行くことを止めなかったのだから
父の経験に基づく忠告だったと思う。
偏見というか、差別に関する話をもう一つ。
父がとある帰化した野球選手のことを「朝鮮人だけど偉い」と言った。この言い方は差別だと言われた。朝鮮人は偉くないという偏見を持っているから出た言葉だというのだ。
父は戦前生まれの人で、学友に朝鮮半島から来た人がいてよく話もしていた。
父は朝鮮人が差別されていることも知っている。
たぶんそこなんだと思った。
差別されて日本人よりも不利な状況もあったはずなのに逆境にもめげずに人一倍優れた選手になったのが偉いと言いたかったんじゃないのかな。
父が本当に差別意識がなかったどうかはわからないが(こういう短い言葉で人の心はわかるものではない)
言った言葉はただの賛辞だったと私は思っている。
では夜も更けてきたのでおやすみなさい☘️