思い出は美化されるものと言いますが

PS3の白騎士物語というオンラインゲームは

面白いオンラインゲームだったと思います。

(オンラインゲームとしては面白かったけれど、オフラインで遊ぶゲームとしては可もなく不可もなくだったと思います。オフラインで今プレイすれば古いなあという感想でしょう。)


やはり、今遊んでいるff14と比べて

面白かったなあ…と。

白騎士物語のようなRPGは今は好まれないのでしょうか。


どこが良かったかと言えば

⭐︎クエストを立てたホストがいたこと。

(自分がホストにもなれるし知らない誰かが立てたクエストに入ることもできる)。

ホストがいると、何を目的にするかとかで揉めたり好き勝手なことをやり始めないので良いです。これは地味に大切です。

⭐︎各自がマイタウンを持っていて、そこからクエストを立てられる。メンバー募集中であればそこからすぐ参加できたこと。

⭐︎日記からマイタウンに行きやすいなど、つながりを作りやすかったこと。

⭐︎ログインしていてもステルスにできたこと。オフラインでNPCと一緒にクエストをプレイできたこと。


フレンドが作りやすかったですね。

フレンドのフレンドと遊んでフレンドになるということが本当によくありました。

(ただし終わりの方でギルドでランキング争いなんてやり始めた頃は、もうそういうのんびりとした風潮は無くなってました。)


レアアイテムのドロップが渋かったので

なかなか装備品が作れなかったりしましたけど

そういう単調な毎日は仲間と過ごすことで紛らわしていました。


ff14は確かに凝ったゲームなんですが

仲間作りをする点においては難しいゲームです。

戦犯(クエスト失敗の原因の人)が一目瞭然のゲームだからです。

それは人が去っていくキッカケを、遊ぶたびに作っているようなものです。下手な人ほど足が遠のいてやがて来なくなってしまうんですよ。

(そして私もそうでしたね)。


白騎士物語も最後の方は難しいクエストもありましたが

概して普通にゲームをする人ならば、皆でゾロゾロと遊ぶことのできるゲームでした。

そこまで難しくはなかったんです。

ゾロゾロと言っても、ギミックを解くために二手に分かれたりするクエストも沢山ありました。

一緒に行動する場合も、盾役とか分担するクエストはありませんでした。(ごく終わりの頃にはありました)。集まったメンバーで臨機応変に立ち回っていました。

ラスボス時は強制的にそのエリアに移動させられるので、締め出しはありません。

リスタートもなく全滅すればクエスト失敗。でも蘇生や回復アイテムも多く持てたので、プレイスキルの高い人が一気に立て直してクリアするというドラマもありました。

(ff14のように、下手なパーティが何度も失敗して結局は嫌な思いをした後でギブアップをするということは無かったんですよ)。


白騎士物語は、オンラインゲームの人間関係で支障になることを取り除く配慮ができた作り方でした。

そう、リザルトも取り合いではなく配分でした。モンハンと同じですね。(ff14方式は身内だと譲れるから良いと思ってそうなったのでしょうが、譲ってもらえないとかうっかりルールを破ったとかになるので、内輪だとトラブルの元になりました。)


先に白騎士物語を遊んでいたので

ff14はなんて無神経なゲームだ、と思いました。

トラブル防止の配慮や人と人とが自然とグループを作るための工夫ができていないので

そりゃあギスギスにもなりやすいし、集まって用事をするだけの人間関係になるのも当然です。


白騎士物語はプレイスキルはあまり関係なく、地道にコツコツと装備を良くしていけば、誰でもより難しいクエストに挑むことができました。だから先輩が助けることもできました。強い装備であれば最大人数でなくてもクリアできたりもしたので、集まった人数に合わせてクエストも選択できたのです。


そういう自由度の高さは大切です。。

ff14には友人は絶対誘えませんが、白騎士物語ならば誘えます。そう言えるのは、人数が少なくてもある程度のクエストはできるし、気の合った仲間が二人ほどいれば、その四人で大体のことは遊べた(内輪で遊べた)からです。


思い出の美化だと思われるでしょうが

私は今でも攻略サイトを訪れてゲームの詳細を見て記憶を確かめています。そして

私は新生になる前のff14も調べています。

今のff14は白騎士物語のように自由度があるクエストは捨てて

プレイヤーの進行度を管理しやすいように自由度を無くし

量産しやすくするために現在の形式のギミックにしたのでしょう(推測だけどね)。

管理と量産のおかげでff14は10年以上もサービスが続いていますが、私は悔しいですよ。

ディレクターが変わって新生が始まるまでの短い間ですが

一時的にヘルプが入った時のバトルやクエストは基本的には良かったそうです。

(攻略サイトに残っている資料を見る限り、そうだろうと思います。)

なぜあれを新生でやらなかったんでしょう。

もう本当に、昔の攻略資料やレガシーさんの動画やブログを調べれば調べるほど、あれをやれなかったのが悔しくてたまらない。スタッフが一時的なヘルプだったのは仕方がないにしても、それを引き継ぐ気が全く無かったのが、プレイヤーとしてあきれました。ヘルプに入った人の方がRPGの作り方をよく理解しているから。


ff14も色々思い出はありますけれど

白騎士物語のようなクエストにまつわる楽しい思い出が無いです。嫌な思い出は幾つでも言えますけどね。


白騎士物語楽しかったなあ。そんな気持ちで

今でも攻略サイトを見ています。

愚痴ばかりの長文すみませんでした(><)☘️










映画鑑賞ですが劇場ではなくAmazon primeです。



古い映画「禁じられた遊び」。


やはり子供の頃とは見方が違うね🙂


初めの方の、両親と犬が亡くなるシーン、

原因が女の子が犬を追いかけて走りだしたせいだということを失念していました。

でも女の子は自分のせいで死んだということがあまりわかっていないね。

原作だと10歳ぐらいらしいけど

このストーリーだと、映画の設定の5歳(ぐらい?)というのは正解だと思います。

これは10歳ぐらいだと自分のせいで死んだということがわかっちゃうので、自責の念で暗い女の子になってしまいます。そういう経緯を誰も知らないままストーリーが進行した方が重くなくていいです。


神父に言われたら、言われた通りにお祈りをしながら死んだ犬を埋めているのを見て

この女の子(ポーレット)は素直な子なんだなあと思いました。

(神父がもうちょっとこの子の気持ちを聴いていたら、先ず処理すべきだった「両親の死の受容」を導くキッカケになったのに…)。


周囲から得た知識(穴に埋める、お祈りを言う、十字架を立てる)を自分なりの考え(死んでも一匹だと淋しいだろう)が組み合わさって「いけない遊び」になっただけで、

彼女の遊びは本来の宗教的な意味での埋葬のごっこ遊びではなく、彼女が思いつく犬に対するケアだったと思います。

犬は死んでいるけど、私もふっとぬいぐるみに対しても生きている物に対するのと同じ思いを抱き行動します。それですね。

ポーレットの犬に対する声かけや行為は、まるでままごと遊びのお母さん役のよう。

(対して、ミシェルの墓地作りはポーレットが喜ぶことをしたい、それだけでした。たぶん盗みや十字架遊びが良くない理由も十分わかっていました)。


たぶんポーレットは、自分のこと(両親を失った悲しみ)は遊びに夢中になることで忘れていたのだと思います。

いや、無意識のうちに忘れていようとしていたのかな。大切な友、そして没頭できる遊びが消えたことがはっきりした時、母親を求める声を出したから。


男の子の名前のミシェルは、大天使ミカエル様由来の名前です。ポーレットにとってミシェルは守護天使でしたね。原作の終わり方も映画と違うそうですが、それも天使に相応しいかな?


というような感想でした。

昔はただ悲しい話だな、と思いました。

今も悲しいけど、ポーレット以外の人々の思いもわかるようになったのが、私の成長でしょうか。


取り止めのない感想でしたが以上です。☘️







日本は敗退しましたがサッカーのワールドカップの決勝トーナメントは続いています。


買っておいたカップ麺を食べました。



どこがサッカーかと言えば



このボール型のかまぼこですね。

戻し損ないだと

ちょっとボールみたいな曲面になります😁


野球と同様

最終的にはいつもの強豪国が残っちゃうんだよね。

でも、サッカーの方が(たぶん)競技人口が多いので面白いかな?☘️