母親に反抗するのは過去にそれだけのことをされてきたから | 生きづらさを抱えたまま50代を過ごす元JW2世のつぶやきブログ

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生きづらいのは、自分に原因があるのか、脱会したとはいえ思春期にうけたJWの教えの後遺症か。。。
同じ思いで生きている人の助けになれば、私の経験も無駄ではないかもしれません。還暦近くになって離婚となりそうな話も。

 

お母さんなんて大嫌い

 

そんなこと

思いたくないに決まっている。

 

 

それなのに

面と向かって

何時間か過ごすと

 

 

私の口からは

母親を否定する言葉が

飛び出したくて

 

うずうずしていることに

気がつく。

 

 

実際

たまりかねて

口にしてしまう。

 

 

 

言いたくないよ。

 

できる事なら。

 

 

だけど

口をついてしまうのは

 

たぶん

 

過去に

それだけの理由があるから。

 

過去に

それだけのことをされてきたから。

 

 

 

過去に

その、今の反抗では足りないくらい

 

傷つけられて

悲しい思いをさせられて

守ってもらえなくて

独りぼっちにされて

 

 

そんな思いを

したから。

 

 

そんな思いをしたのは

おかあさん、

あんたのせいだからだよ。

 

 

 

そう心の奥で思っているから。

 

 

そして

おかあさん、

あんたは

私がそんな思いを抱えていたことを

全く知らないでしょう。

 

 

「大変だったよね」

なんて

軽々しく言われるけど

 

 

それが、また、さらに

私の気持ちを

逆なでするんだよ。。。

 

「本当の私の辛さなんて

わかりもしないくせに」

って。

 

 

分かったようなふりをして

その場しのぎの

慰めの言葉なんて

いらないよ。

 

 

悪かったって思うなら

子どもの頃に戻してよ。

 

 

あの頃から

人生やり直したいよ。

 

 

 

 

みんな

あんたのせいだよ

おかあさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな時は

自分で

「あの時は辛かったよね」

「あの時はさみしかったよね」

 

 

そういって

いわゆるインナーチャイルドを

癒してあげることが

はじめの一歩なんだって。

 

 

やってみる。

 

泣けてくる。

 

自分の心に寄り添ってあげる。

 

淋しかった子どもの頃に。

 

子どもだった自分の肩を抱いてあげる。

 

泣ける。

 

 

 

 

 

相手は変わらない

 

 

親のことは見捨てよう。

 

 

だけど

顔を合わせなくちゃいけないあの人が

憎い。