アンソロジー『山本周五郎 戦場の武士(もののふ)たち』
[書籍紹介]山本周五郎の短編集。1943年から1945年に雑誌に発表された作品のうち戦国時代の戦場を舞台にしたもののや武士のありようや生と死をテーマにしたものの選集。大東亜戦争中に書かれたもので、国のために生命を捨てよ、という時代に生きることの大切さを訴える作品群。たとえば「殉死」は、先君が逝去した後、寵愛を受けた側近の侍に殉死の圧迫が迫る。しかし、既に幕府によって殉死は禁止されており、禁を破った者を輩出した藩には、厳しい処罰が待っていた。この物語では、二人の侍に焦点があてられるが、一人は先君の墓を守り、一人は藩の要職につく。そして言う。「禁令の御趣旨は、ただ追腹を切らなければにいというだけではない。生きて御奉公すべしという意味だ。(殉死の例の中には)有為の人材があったにちがいない、生きていればりっぱに御奉公のできる者が、いかに君臣の情とはいえ、あたら屠腹して果てるというのは、国家いという大きいところからみて無益な損失だ」「夏草戦記」では、使命のために軍規に反して処分される者にこう言わせる。「死ぬことなど問題ではない、肝心なのはどう生きるかだ、おれは生きた、こうと信ずることをなしとげたんだ」「自分がなにをしたかは自分がいちばんよく知っている」「おれは生きた、そういう確信をもって死ねるだけでも、もののふと生まれたかいがあったというべきである」そして、こう書く。どれほど多くのもののふが夏草の下にうもれたことだろう。その人々は名も遺らず、伝記もつたわらない、かつてあったかたちはあとかたもなく消えてしまう。だがそのたましいは消えはしない、われらの血のなかに生きている、われらの血のつづくかぎり生きているのだ。殉死夏草戦記さるすべり薯粥石ころ水の下の石兵法者生きている源八一人ならじ楯輿壺ゆだん大敵 上記の12篇を収録。全て、有名武将ではなく、名も知られていない一兵卒として戦った侍たちの話。日本人の中に流れる武士=もののふの美学が描かれていて、胸を打つ作品群。改行が少なく、セリフも行替えなくつづられて読みにくいが、戦時下の紙の統制によるものだと思われる。こういう形のアンソロジーは労作だと思う。昨年の9月に刊行。