[書籍紹介]

出版社の編集者・葛城梨帆の元に、ある小説の原稿が届く。
それは以前新人賞で落選した志村多恵からのもので、
梨帆は多恵に最終選考に残ったことを伝える電話で、
必ず入選する、と伝えてしまった相手だった。
選考会では、選考委員の作家から全否定を受けて
落選してしまったが、
「次の作品を書いたら読ませてほしい」
と梨帆は伝え、
それから既に7年が経ち、
梨帆の会社では小説部門がなくなり、
新人賞も廃止されていた。
「長い午後」と題された小説は、
ある中年主婦の生涯をたどったもので、
平安そうに見える主婦の内面に渦巻く鬱屈が
見事に描かれていた。
いつのまにか梨帆は、
小説の主人公と自分の人生が共鳴しあうのを感じてしまう。
梨帆の会社での貢献度の実績から、
久しぶりに小説出版の了承を得た梨帆は、
小説を書いた志村多恵に会いに行くが・・・
小説の大半を
50代の主婦の書いた小説が占めるという
特異な構成。
作家と組んで世の中に本を送り出す、
編集者という特殊性が反映する。
冒頭、「犬を飼う」という
志村多恵の応募作が登場するが、
これがユニーク。
リンという少女が、殺処分直前の「犬」を飼い始める。
前の飼い主から虐待された犬に同情したからだ。
犬はタロウと名付けられ、
リンとの生活が始まる。
そこへ、遠く離れた異国で暮らすアリサから情報がもたらされる。
21世紀頃まで人間が犯していた3つの愚行。
戦争、差別、富の独占。
どうやら近未来の話で、
今は世界統一政府が作られ、
国境は取り払われ、
平和な世界が築かれているらしい。
アリサは「第四の愚行」の話をする。
やがて判明する驚愕の事実。
「イヌ」とはリンたち同様、二足歩行する動物で、
その動物は「男」と呼ばれていた。
第四の愚行とは有性生殖のことで、
単性生殖が主流となり、
男の役割は消滅。
と同時に戦争、差別、富の独占という愚行が
全て男によってもたらされたことで、
男は絶滅され、
少数が愛玩動物として残ったのにすぎないのだ。
その事実を知った時、
リサはタロウを殺すことを決意する・・・・
という驚天動地の話。
梨帆はこの作品に惚れ込み、
「必ず入選する」と伝え、
落選後も、「次の作品を読ませてほしい」
と言ってしまっていたのだ。
7年ぶりに届いた長編小説。
それは編集者としての梨帆の感性を刺激するものだった。
「これは、私の物語だ」と。
梨帆の側には、
子供を欲しがらなかったため、
妊娠した子供を夫の了承を得ずに流し、
それが原因で離婚、
離婚した夫は児童文学の世界で一人の作家を生み出し、
それだけでなく、
その作家と結婚し、
双子の父親となっていた。
自分が夫に提供できなかったものを
与えた女性。
しかも梨帆はその女性作家の作品が好きで好きでたまらなのだ。
「長い午後」の小説をはさみ、
梨帆と多恵の共鳴が始まる。
上司であった夫との結婚、
頭は良いが倫理的なネジが外れた息子。
結婚・妊娠・出産を巡る男社会の視線、
根底にある家父長的価値観、
定年退職した夫の無意識のモラハラ、
ジェンダー・格差・・・
一見幸せそうな主婦に潜む
ひたすら我慢し、夫に従う人生。
自殺を決意した時再会した亜里砂との交流、
その亜里砂の言葉「ター坊、愛になんか負けないで」。
冒頭の一文。
女の午後は長いというけれど、私の午後はいつ始まったのだろう。
作者の葉真中顕(はまなか・あき)は
あまりに女性の心理に通じた書き方に、
女性作家ではないかと思ったが、
正体は、1976年東京都生まれの男性だった。
解説者が同じ疑問を抱いて調べていたので笑った。
