ひとことに1970年代とはいえ、前半と後半では大きく環境が異なる。

ここでは前半(1970年-1974年)について私が記憶にない世界のため、想像で

「こんな感じかな?」と考えてみる

考察とは程遠いこ偏見であることをここでお断りしておく

 

父親が大黒柱で一家を支えており、女性は出産とともに引退するという社会通念あり

子供は地域に見守られ、なかなか一人になれない

一方、居場所のない子供やつきあいのない子供は孤独を甘んじる

(現代のようにICTもなく、テレビも自由に見れない)

 

学校生活では、教員や先輩が今以上に強烈な権限があり、

愛のムチが正当化され、特に男子生徒は根性と度胸で評価された。

殴り合いのけんか(決闘)を受けられない男子は人間のクズのように扱われた

 

大衆文化では、男女を問わずスターがあこがれのように慕われ、

今では考えられないほどの「神的」な存在であった。

中でも「天地真理」はほかに追従を許さない勢いであり、

山口百恵やピンクレデイもこれに及ばなかった

 

国際交流はまだ乏しく、外国といえば英語圏のことであった。

韓国や台湾などは一般には「一生縁のない」国と思われた。

 

未来についてはSFにあるような夢を描く一方、

21世紀には世界はとんでもない状況になるのではという悲観論も多くあった

 

こんな偏見を持っている。

経験された方のご意見いただくと幸いです。

1976年は私にとって大きな節目だった。

4月、小学校に入学した。

黒光りのするランドセル、光る下敷き、新しい友達、すべてが新鮮だった。

最初の教科書は今でも覚えている

こくご で

「あかるいな」 というひよこのセリフで始まった。

ただ、残念ながらもうそれ以外のことはほとんど覚えていない。

あっという間に1年が過ぎた。

学校も早く終わり、自宅でひたすらまったり過ごした。

TV付け、漫画づけで終わった。

砂糖のはいった紅茶を飲みながら、昼下がりの時間を過ごした。

当時はバラエティや歌謡番組がきっと面白かったのだろうが、

惜しくも、アニメしか興味がなかった。

もう一度この時代に行けたら見まくるのに、、。

 

今から25年ほど前のこと、通っていたキリスト教会でやや年輩の優し気な女性が、

何度か話しかけてきました。

「おいくつですか?」

「27歳です」

「あなたを見ていると亡くなった息子のことを思い出します。

生きてたら同じ歳だったの、、」

「そうでしたか、、」

このあと私は立ち入ったことは聞けなかった。

この女性の名前も素性も知らない。

しかし、何回か同じ場で遭遇し、聖者のようなまなざしで見つめられたことを思い出す。

この人の息子さんの代わりにももしかして私はよりよく生きるよう、

神様がメッセージをくださったのかもしれません。

ふと思いだす、心に残る出会いでした