小学生時代、

1978年と1979年の社会の空気に少なからずギャップを感じた。

1979年は何かが進化した。

 デジタルがはやった。

 アニメブームが起きた

 ヘッドフォンステレオが登場した

 やたらと横文字が目立つようになった

 ピンクレディーがさっぱり売れなくなった

 かわりにゴダイゴが大ブレイクした(しかし長くは続かなかった)

 要は古いものが忘れ去られようとしていたのではないか

中でもデジタル化は大きな黒船だったのだと思う。

 

 

東大を首席で卒業(しかも法学部を)した山口真由さんの著書。

帯のキレイなお姉さん(本人)の写真

衝動買いした(帯買い?)

のだ著者は努力家で、かなりのストイックなメンタルの持ち主。しかも手を抜かず、まじめに人生を生きており、とうてい真似できない。

彼女の実践をまねることは、よほどの強い目的意識がないとだめだろうと思う。

が、この本を読み進めると、どんな本でも7回読めば頭にはいりそうな気がしてくる

試しに線形代数の問題集をさらさらと7回目に焼き付けた(結構拷問)

すると、なんとなく公式の絵が浮かんできた(基礎がないのに不思議)

*でもわかっていませんよ

7回読み、は現実的にはかなりエネルギーを使う。

そして効率面を考えるとすべてにはあてはまらないし、

その時々で判断すればよい。

昭和61年(西暦1986年)は、私の人生でもしかして一番密度が高い1年だったのかもしれない。

私は、まさに青春真っ只中と表現してよいくらい目標に向かって毎日を生きていた。

テニス部で休みなく夜遅くまで練習し、自分を乗り越えようとした

朝5時に起き、英会話の学習を続けた

毎日コンスタントに受験勉強の時間をとった

毎日のように蛍雪時代を見ては大学へのあこがれを膨らませ、

モチベーションをあげた

夢はラジオ局のアナウンサーになることだった

このモチベーション、情熱はしかし、もう一つの原動力で支えられていた。

それは

寝ても覚めても好きな女の子

がいて、その子に関心をもってほしかったのである

その子の一瞬のまなざしを欲しいがため、その子に近づきたいため、

燃えたのである

人間の情熱とはそのように案外身近で単純なのだ