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George's Blog

旅行に行った時の思い出を書いていこうと思っています。更新はあまりできませんが・・・

槍ヶ岳に到着した後の夕方から夜までの話を追加する。

 

肩の小屋の一般部屋は所謂蚕棚。上にも前にもお客さんがいて、

各棚には布団が並べてあるだけ。4棚あってそれぞれに5人が寝れるように

予め敷布団が置いてある。そして枕を置く方にベニヤ板の仕切りが例の

アクリル板の代わりに置いてあった。

僕らのパーティーは4人。もう一人分の布団があったが、コロナという

こともあって一番端に陣取った僕の隣には誰もこなかった。

 

それにしても夕方から冷え込んで、布団をかぶっても震えが止まらない。

もしかして??って思ったが、ビールを飲んだら身体が温まって調子が

出てきたので一安心。こんなところで熱を出したらシャレにならん。

 

そうそう僕らの部屋の他の3室は60代~70代のジジババパーティーで

イントネーションから察するに福島県から来た団体のようだった。僕らと

同じ燕岳から槍ヶ岳へ登ってきたようだ。ただ途中に西岳で1泊しているので

僕らより元気でぴんぴんしていた・・・当然だが。

なるべく静かにというお触れもどこへやら、女子高生のようにピーピー、

キャーキャーと話していた。話の内容が面白すぎて怒る気にもならんかった。

 

17時半の夕食後、彼らは部屋に帰ってくると布団の上でまたまた大騒ぎをしていた。

歯磨きしたり(山の上ではしないことになっている)、顔パックまでする御仁も。

コロナ禍で登山に行けず、やっと来れて羽目を外していたのだろう。

それを思うと笑顔になってしまう。ただ19時半になったら途端に寝てしまい

急に静かになったのには閉口。こちらが話をできなくなってしまった(笑)

 

ということで20時半の館内消灯前に就寝した。

 

朝食は5時半の回だったので5時に起床にしていた。

しか~し、前のジジババ軍団がいきなり4時に起き出し、こちらに構わず支度を

始めたので、僕らも目を覚ます。隣に寝た知人は前のオヤジが頭につけていた

ヘッドライトで起こされたと言って怒っていた。

 

朝食の1時間半前に起こされて、眠気もあったが朝食を食べた

その後7時に頂上目指してアタック開始。その時間になると下山したり、次の山へ

行ってしまう人が多く、アタックする人は少なかった。

 

残念ながら雨がポツポツと降り出し、辺り一面真っ白だった。

折角ここまで苦労して登ってきうただから、よほど悪天候でない限り、

頂上の祠を拝んでいかないと。

 

岩稜に取り付き、ハシゴを登りながら30分ほどで頂上に到達。雨は大した

ことはなかったが、風が吹きまくっていて、着ていたレインコートで

飛ばされそうになった。

 

頂上直下のハシゴ場

 

ちょっと事情があって、そこで歌うことに。3000mで声が出るかと

心配したが、息が上がることなく普通に歌えた。

 

僕らのパーティーで殆ど独占していたので、写真を撮ったりして

頂上をあとにした。

 

 

小屋に帰ってきたのが8時過ぎ。8時半には下山を開始したいので、

さっさと支度をした。例の福島軍団はとっくにいなかった。

この後上高地に向けて下山をしたのだが、彼らに会うことはなかった。

まさか穂高に向かった?んなことはないと思うけど、結構早歩きで

下って行ったのかもしれない。恐るべき方々。

 

ということで後は槍沢をこれでもかと下り、横尾から上高地まで11㎞をひたすら

歩き、17時半に上高地に到着し、槍ヶ岳表銀座縦走登山を終了した。

 

上高地にて前穂の吊尾根を臨む

 

7年ぶりで、最後は筋肉痛に苦しめれらたが、終わってみれば楽しい登山だった。

そして来年も違うルートで槍ヶ岳を目指そうなどと考えてしまっている。

どうなることやら。

今日は槍ヶ岳頂上まで縦走する長丁場。

起床は4時半の回の朝食に当たったので4時前に起床した。

 

そうそう、僕らが寝たのはカイコ棚の二階部分。下りるために

ハシゴを使わなければいけない。これが結構危ない。下手すれば

踏み外して床にドンと落ちる。夜中にトイレに行くのも一苦労。

と思っていた。

20時半に寝てウトウトし始めたころ。隣からドスン!という

物凄い音。かすかに聞こえるうめき声。どなたかが落ちてしまったよう。

でもその後「大丈夫」という声がしたので一安心。

これにより夜中に目覚めてもトイレは断念した・・・

 

こんな山の上で朝ご飯はおかずを含めて美味しいのなんの。

燕山荘グループの努力には敬服する。トイレもポットンなのに

臭くないし、相部屋の布団も清潔。1泊料金は高級ホテル並みだった

が文句は言えない。

 

5時に外に出るとまだ薄暗い。しかし下界はしっかり見えている。

天気は心配ないと確信し、5時10分に小屋を後にした。

 

ここから西岳までは2700mくらいの稜線をひたすらアップダウンを繰り返し

ながら歩く。しかし左に常念岳、右には近いところで硫黄岳、北鎌尾根などを

目の当たりにできる、言わば雲上ルート。自分の足で歩いて来なければ

見ることができない景色ばかりだ。苦しい思いをするが、それ以上に目を楽しませてくれる。

 

さてこの稜線は北側は冷気で涼しく、南側は暖かい。しかし歩き始めてから

北側はかなりの強風が吹き、寒いのなんのって。冷凍庫に入ったり出たり・・という繰り返し

で西岳に向かった。

 

遠くに見えてうた大天井岳にぶつかり、右側のトラヴァースにとりつく。

前にも歩いた道だが、意外に緊張する場があり、チト焦った。

大天井ヒュッテには8時頃に到着。コースタイム通りだ。

 

陽が射しているものの、強風が吹いていて、小屋では布団を屋根に干して

いたが、何枚も飛ばされていた。小屋の主人もこんなこと初めてだなどと言って

いた。この先何かなければ良いが。

 

大天井から西岳までは南側の暑いルートを歩くことが多い。しかし時折北側に巻くと

冷風地獄に合う。ビックリ平では飛ばされるかと思った。

 

燕岳から槍ヶ岳に向かう縦走路

 

11時頃に西岳小屋に到着。経営母体が○○温泉だけあって、応対等

同じようで笑った。中に入れてくれないので、強風が吹く外で食べ、

昼過ぎに出発した。

 

西岳から東鎌尾根に向けて下降するハシゴ場

 

ここからは本日の核心部の山行になる。

東鎌尾根に取り付くために、一気に根本に向けて降下する。せっかく登ったのに、

こんなに下るの?とも思う。ハシゴを何本か下りた後少し登ったところに

水俣乗越がある。槍沢、天上沢、槍ヶ岳への分岐点だ。そしてエスケープルートで

もある。

 

水俣乗越から天上沢を臨む

 

そこからはほぼ登り。それも時折足がすくむところも箇所もある油断できない

ルートが続く。そして一番疲れるところだ。

 

ホントなら槍ヶ岳が眼前に見える場所だが、上はずっとガスっていて

何も見えない。目的地が見えない登山ほど、不安であり、疲れる。

 

一緒に来ている女性がバテてしまい、僕はそれをサポートしなければいけなく、

自分のペースの3分の1で歩くことになった。これはとても疲れることだ。

パーティーが全員登頂するためには仕方ないことだ。

 

何度も出てくるハシゴをバテバテの子を励ましながら登り、ようやく

大槍ヒュッテに到着。そこからも槍ヶ岳の顔は見えず。雨が降って

いなかったのがせめてもの救いだった。

 

東鎌尾根のハシゴ場。山を越えても次にまたまた山の繰り返し

 

小休憩の後、肩の小屋目指して岩稜を登り始めた。後〇〇〇mという標識が

少なくなるほど、疲労がつのるのだ。

 

15時過ぎに全員小屋に到着。ほぼ10時間の山行を終えた。

肩の小屋は既に3000mを超えている。ガスっていて寒いのなんの。

部屋では布団にくるまりブルブル震えていた。

夕飯を食べて19時半には就寝した。相部屋になった中高年登山者に

ついては次に紹介する。

放置しっぱなしでしたが、先日の山登りについて書きます。

 

さて山登りは3年前のオーストリア以来。

そして槍ヶ岳登山は7年ぶり。今回は4人パーティーでの山行。

 

初日に宿泊するはずだった有明山荘がスタッフがコロナウィルスに

感染し、いきなりクローズとなった。それが登山開始3日前のこと。

登山前日に泊まるので、中房温泉に泊まらなくても近くの穂高駅近くに

泊まり、当日早朝にタクシーで登山口に行けば同じだということで、

宿を探すことにした。AGODAで検索をするとリーズナブルな値段の

ホテル(ビジネスホテル)?を発見。早速予約をした。

温泉に入れないのは残念だったが、それはそれ。意外に悪くなかった。

 

天気予報を見ると登山が終了するまでは快晴となっていた。

その通り1日目は朝から快晴。それでも中房温泉の登山口は

ハイシーズンの割には登山客は少なかった。午前7時過ぎに登山開始。

ここからは標高を稼ぐためにしばらく急登である。前日のアルコールが

抜けるまではチト辛かったが、それが過ぎれば気分良く歩くことができた。

 

第1ベンチ、第2ベンチとちょこちょこと休憩し、合戦小屋で西瓜を食べて

体調を整え、燕山荘到着は12時チョイ前。どこから来たのか?と思うほど

登山客でにぎわっていた。早速お昼を食べ、少し休憩し、その後は燕岳山頂に

向かった。

 

燕岳頂上へ

燕山荘から見えた穂高市や豊科市

燕岳

山頂にて

 

翌朝 燕山荘にてご来光を見て出発

 

山小屋から1㎞ちょいだが、高度順応をするには丁度良いハイキング。

花崗岩がまるで雪のようで上の写真のようにとても美しかった。

殆ど雲がないくらいの晴天で、下界の景色がくっきり見えていた。

何度もここにきているが、僕が下界の景色が見ることができたの

はあまり記憶がない。

 

頂上から戻り、早い夕食の後は宿のオーナーからいただいたワインを飲

んで過ごした。

明日は3時半起床、4時半朝食、5時出発予定なので、20時半の消灯後とともに

就寝した。

槍ヶ岳に向けては約15㎞の距離を歩く10時間近くの山行である。

はてさてどうなることか。

 

 

 

放置していたブログだけど、久しぶりに書いてみようと思う。

 

一昨日見たヴェルディのレクイエムで気分を悪くしていたが、そのあと

チューリッヒ トーレンハッレ管弦楽団のオープニングコンサートで心が

洗われた話題。曲はマーラーの交響曲第3番。指揮者はパーヴォ・ヤルヴィ。

あんまり好きな指揮者ではなかったけど、歳をとって良くなったねぇ。今の日本人指揮者と

違ってやはり世界の一流指揮者は歳をとるほど経験値をあげて魅力的になる。

彼もその一人だ。

それとオケの音が素晴らしい。特に金管。METのオケが指揮者のせいで下品な音だった

せいか、神々しい音に聴こえた(笑)またアルト歌手が恐ろしい形相でなかったところ。

前日は神が憐れみを与えない悪魔のような顔で歌ってうたソプラノ歌手だったから・・・

 

5楽章の少年の無垢な歌声に癒された。

 

マーラーのシンフォニーは自分も携わったことがある2番や8番も好きだし、高校生の

時に気が狂ったように毎日聴いていた1番も勿論すきである。でもこの3番は特別

なんだよね。数年前にアッタ―ぜーの小屋に行ったときに、そこから見えた景色と

静けさ・・・まさにそこで作曲された曲だと実感したのを思い出した。

 

そして大好きな6楽章。最終音D-durのⅠの和音の響きには圧倒されたのと、涙をして

しまった。マーラーさんが他の調にしなかったのがわかる。

 

しばらくこの演奏を聴く楽しみができた。ロクなテレビ番組がないから・・・

 

 

明日から始まる東京除外の「Go To トラベル」キャンペーン。

笑える記事を読みました。

 

これって直訳すれば「旅へ行きなさい」ですよね。Let'sでもないしShall weでもなく

その昔中学時代に英語の時間に学んだ命令形ですね。政府は国民に命令

しているんですよ。

 

どこかのニュースキャスタ―が言い間違えたかのように「Go To トラブル」

なんて言っていました。笑えます。

 

国内にある二つの大きな旅行業界の片方の会長は自民党の大幹部なんですって。

なるほど・・・だから・・・と妙に納得してしまいます(笑)

 

今日の東京の感染者は230人程度になるそうです。

 

観光地に行って表面上は歓迎されながら実は警戒される。そんな旅に行っても

癒されないし楽しめないと思います。

 

国民も甘く見られ、馬鹿にされたもんですね。