恋は借り物 | Hit or Miss

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いきあたりばったり

中国人のノリコ(自分で勝手に付けた日本名)の家に遊びに行った。

ノリコは春に帰国した日本人交換留学生、モクの彼女。

顔見知り程度で個人的なことを深く話したのは初めてだった。


ノリコは中国の超過酷な受験戦争に勝ち抜き、17歳で名門北京外国語大学に入学した超エリート。

卒業後ドイツに留学し、すでに卒業間近だけどまだ24歳。

ノリコの話から推測するに、一族はいわゆる中国の万元戸みたい。

服装はド派手で、竹下通りにいそうな中高生というかんじ。

外見からして、明らかにほかの中国人とは違うと思ってたけど、話してみてさらに強くそれを感じた。


中国の反日教育、情報統制については日本のメディアで頻繁に騒がれていること。

マスコミは時に大げさに事実をあおるから、どこまで信用できるか疑わしく思っていた。

このインターネットの普及した現代社会を完璧に統制することなんて不可能だと思ったし、あれだけの国土と国民をもって一つの”典型的中国人”を表現することさえ無理があると思っていた。


でもノリコの話を聞いて、徹底した情報・言論規制が現実であること、教育によって疑いもなく多くの中国人が当然のように反日感情を抱いていることを知った。

一党独裁の不自然さと、中国社会の抱える矛盾には多くの中国人が気づいている。

「でもだから何ができるの?革命?戦争?でも誰が?どうやって?そんなの誰もわからないわ。」

嫌悪感をあわらにして、はき捨てるようにこうノリコが言った。


ノリコはそんな中国社会で生まれて育った。

それなのにどうして社会に毒されてこなかったんだろう?

どうして外側から客観的に自国を眺め、批判することができるんだろう?


同じことがロバートにも言える。

社会に対する二人の立ち位置は驚くほどよく似てる。

彼ら自身もお互いにそれを感じているみたい。

でもノリコの場合、それが許されなかっただけに余計に不思議だし、彼女の強さと賢さを感じた。


ドイツで一番多い留学生は実は中国人。

そのほとんどが排他的で、中国人としか付き合っていないらしい。

ノリコはそんな狭量の狭い中国人たちを嫌悪し、むしろ親日感情を抱いている。

日本の若者文化に興味を持って、独学で日本語の勉強を始め、そこで出会ったのがモクだった。


けっこうノリコは奔放なほうで、ドイツに来てからいろいろな男と関係を持っていたみたい。

「その中でも彼は違った。他の男といるときとはぜんぜん違う、初めての感情だわ。ベットの中でもね。」

勝気なノリコの素直な言葉がかわいかった。


モクと空港で別れた後、すぐに泣いてしまって、帰り道もずっと涙が止まらなかったらしい。

しばらくは食事もろくに取れなかったし、帰国から一ヶ月たつけどいまだに彼の夢を見ていると聞いて、こっちも切なくなった。


「もちろん会いたいわ。でもどうしようもない。結婚?ありえないわ。私たちにとって両親の承諾は何より重要だし、彼らは中国人と結婚することを望んでる。」

「もし私が日本に行って、彼のところに行って、それでどうするの?日本語もできないし仕事も見つからないわ。彼に養ってもらう人生なんて絶対いやよ!」


冷静で勝気なノリコだけど、モクとの将来を真剣に、いっぱいいっぱい悩んで考えていたことが伝わってきた。

そんな中ロバートから電話があった。

ロバートと話すあたしがいかにも幸せそうだったらしくて、電話のあとノリコがちくり。

「ちょうど一年前の私みたい。でも本当に別れはつらいわよ。」


「人間は結局一人なのよ。恋愛は美しいけど、しょせんは借り物。いつか返さなくてはいけないの。そしてその代償は大きいわ。ただのものなんてこの世にはないのよ。」

「あなたの場合はまだいいわ。ロバートがあなたを借りている。あなたは日本に帰り、そこには元の生活が待っている。ロバートがいないのが当たり前の世界に。そしてそこで、また前のように彼なしで生活を続けることは簡単よ。それが自然なんだもの。苦しむのはロバートよ。私のように。」


ノリコの言葉が痛烈に響いた。

「恋愛は借り物」という表現が、今のあたしの状況にぴったりはまってる。

別れの痛みを乗り越えてきたノリコはとても強かったけど、さびしくて痛々しかった。


望まなければ何も怖くないのかな?

現実的にならなければならないのは分かってる。

そして今の恋が現実的ではないことも。


うまくいくものはどうあってもうまくいくと思うし、だめだったらそういうものだったんだって割り切ることはできる。

でも今それを考えたくない。

考えるのが怖い。


そんな複雑な心境のときだったからよけいに

「お前と付き合ってほんとに幸せ。こんなの初めて経験した。」

っていうチャット中のロバートの言葉がうれしかった。