このブログというのを書き始めて3日めだ。魅力が少しずつわかってきた。


まず、日記と同じで、書くことで気がせいせいするようだ。

日常がまんしてること、人には言えないことも、とりあえず自分の中に溜まっていたものをリリースできる。


次に、あえてブログにすることによって、なんだか話を聞いてもらっているのと同じような満足感がある。


なァんて、実際のところはきっと何かを検索する最中にたまたま素通りしていったのが「ヒット」とか「アクセス」なんて呼ばれてカウントされているのだと思うけれど。


でも完全にそうとも言い切れないかもしれない。。この微妙さが良い。もしかしたらどこかで誰かが本当に読んで下さったかもしれない。


女の人は、話を聞いてもらえればそれで満足なのだから。アドバイスなんてしてほしくもないのだ。


ましてや、話を少しでもはしょって、とっとと解決策のみを提示してやろうなんて思っている旦那さん、それはダメですよ。お子さんがいらっしゃればなおさら、奥さんはまともな大人の会話に飢えています。

一日中、ともすれば一晩中でも子供の相手ばかりしているんですから。ティーンになっても。(疲れてくると、子供の相手を「する」というより「させられている」という犠牲者のような気持ちにもなってると思いますよ。)


奥さんの目を見て、へー、そう、ふーんって合図地を打ちながらゆっくりと話を聞いてあげてくださいね。その部分なしには、他にどんな事をしようと、奥さんは愛されている気がしないと思います。しつこいようだけど、奥さんの目ェ見て。テレビを消して。コンピュータや新聞もNG。


余談だけど、お酒を一緒に飲む夫婦は、これを実現できてるのかも。お酒を飲むと必然的に食事が長くなるので。あ、でも奥さんがずっと台所に立ちっぱなしではダメか。何か良い時間の共有の仕方ないかしら?




ついにやりました!何をやったかって?また家具の大移動しちゃいました。


いつも生活にうんざりしてくると、とにかくすっきりしたい一心で、家具を動かすんです、私。

女の人ってみんなそうなのかも。


男性は結構そのまんまの生活を好むって、聞いたことがあるけれど、うちの旦那も現状維持派。私が家具を動かすと、「何でこんなことするんだ」と不機嫌になるほうだ。


本人いわく「オレに相談しないで勝手にやるから」嫌なんだそうだ。それじゃ、一緒にやってくれるかというと、それも嫌。そんな時間があったら、寝させてくれって感じらしい。


そんな彼に目からウロコの出来事があった。それは休日に自分の仕事仲間に電話したときのこと。友人のジョンは、「いまワイフと家具のショッピングに来てるんだ」といったらしい。うちのダーリンはギョッとして”What are you doing there?(何してんのォ?)"


実はジョンさん、かなりの長身で2m近くあろうかと思う大男だ。逆に日本人の奥さんは小柄な人で、彼女がせっせと通販で買い集める家具はどれも小さく、ジョンさんにフィットしないものばかり。。。たまらなくなって自分で実際に使い心地をテストしてから買いたい!と立ち上がったらしい。


そーか。そーか。”My wife does the same(うちの奴も同じことするんだよ)"とうちの旦那。


あ、私が生協から買った玄関用ベンチの話をしてるな、こいつ。大きくなってきたおなかのせいで、最近靴を履くのがしんどそうだから、彼のためにわざわざこのベンチをオーダーしてやったのだ。こじんまりした2人用ベンチだけれど、うちのダーリンのお尻がちょうどよく入るくらいの幅だ。かばんを置く余裕まではないと思い、フンパツしてもう1個、二つ並べられるように買ってやったのだった。


余談だけど、100均でみつけた1m以上ある長ーい靴べらは大当たり。彼でも立ったままスッと靴が履ける。


ベンチを見て「あ、買ったのこれ?」と嬉しそうに腰を落とした彼だったが、その瞬間ヒヤっとくるほどベンチが低く、おまけに奥行きが狭すぎて、思わずベンチごと前に倒れそうになった。あ、そうか。彼のお尻の幅は、気遣ってやったけど、奥行きまでだめだったとは。。。ちょっと想像できなかった私であった。


そうなんです。日本の家具は(住まいも)こじんまりしてるので、大柄の外国人は苦労することが多いんです。足が30cmほどもある人には、日本の住宅の階段の幅が狭すぎたり(つま先でちょいちょい梯子を登っているような感覚)、トイレに入りたくても、自分が入ったらドアが閉められなかったり。(ドアを開け閉めするスペースぎりぎりしかないと、足や自分の体がつかえてしまいドアがまわせない)。


バスや電車のドアの高さもまだまだ低いしね。うちの義理の兄も日本観光旅行中、思いっきり頭をぶつけて(しかも何回も)出血、かさぶた、また出血を繰り返してました。


てな訳で、うちの旦那は意固地にアメリカからもって来た大きな家具をキープしたがっている。私に言わせると、我が家のソファは大きすぎ。(たいていの日本人のお客さんだと、足が床に届かない、そして奥行も深すぎて、背によりかかろうと思っても、ひっくり返ってしまう感じ。)


大きくて背丈もある家具は圧迫感があり、部屋が妙に小さく見える。ダイニングセットもそうなので、私はなんとかして、もっと小さくて安いやつに買いかえたいと思っている。ヨーロッパや北欧の家具ならサイズ的に中間なのかしら?なんて思っている。あ、彼にはどうやって切り出そう。。


めっちゃくちゃに散らかった我が家に、一晩泊った父。


朝起きて おはよう の次の最初の言葉は、「これは どーにかしないと おかしくなっちゃうぞ。。気がくるっちゃうぞ。。。」


私の実の父。本当に心から私たち家族の行く末を心配してくれてるのだ。


孫娘のことも心配なんだと思う。頭は良く勉強もできるのに、整理整頓ができないために、しょっちゅう忘れ物をして先生に怒られてばかり。長女は昔から賢いので、「この子はハーバードだなっ」、「それともミス・ユニバースか」なんて、孫の成長を楽しみに見守ってきてくれた父だけに、胸が痛む。


私自身に対する期待だって、かなりのものだったと思う。

円安のときだって、留学のお金を工面して出し続けてくれたのだから。

それなのに、こんなお粗末な生活。。申し訳ない気持ちと情けない気持ちはいつでも同じだ。


お粗末といっても、貧乏ということではない。管理ができてないという意味なのだ。


家は都内の静かで素敵な住宅街にある。外から見たら大きくて、いわゆるドリームハウスってやつだと思う。


どうにかこの生活を変えなくては。一番したのチビは1歳半。一番手がかかる時だ。(散らかしほうだい、壊し放題。口には何でもいれる。。。)とてもじゃないけど、家事がおいつかない。じゃ、いっそのこと保育園に入れてしまおうか?


こんな大きな家だから、ひとりで切り盛りするのも、容易なこっちゃない。お手伝いさんに、いよいよ来てもらおうか。


最初の子が生まれてから10年近く、いつでもこの問いかけを繰り返してきた。引っ越しを繰り返し、家はこれで4件目。どこに行ってもこの状態なので、これは明らかに「家のせい」ではない。収納がどうの、家の造りがどうのっていう話ではないのだ。


生活を変えたい。自分を変えたい。すっきりした生活を実現するには、お金と時間の両方がないとできないのだ。


ほんと 皮肉。 お金がある時は 時間がない。 時間がある時は、いろいろ考えたり、プラン立てたりできるのだが、実行するお金がないのだ。そんなことをしているうちに、子供は次の成長段階に入り、さらに兄弟が加わり、また新しいプランを立て直さなければならなくなっている。


はーっ。