『『女工哀史』を再考する
失われた女性の声を求めて』読了![]()
柚木麻子さん著
『らんたん』を読み
津田梅子、山川菊栄、吉屋信子、
市川房枝、村岡花子などなど
明治~昭和を生きた
この時代の女性にすっかり魅了されました。
しかしこれらの女性は
高等教育を受けることができたなど
この時代においては
かなり恵まれた環境の女性たち。
当時
貧しい農村家庭などからは
たくさんの娘たちが工場に出稼ぎにいっており、
その劣悪な労働環境や生活環境を
書いたルポルタージュが
『女工哀史』です。
(著:細井和喜蔵、1925年発行)
今回読んだ
『『女工哀史』を再考する
失われた女性の声を求めて』は、
労働歌「糸引き歌」や
彼女たち自身へのインタビューなどから
当時の女工の姿を
違う面から見ていこうとした学術書です。
インタビュー調査では
ポジティブな話もありましたが
一方で、
劣悪な労働環境と生活環境のため
結核などにかかる女工は多く
そういった病気で亡くなった人は
当然ながらインタビューには応えていないなど
ミスリードが起こらないよう
気を付ける必要はあるのかな、とも
思いました。
また、
当時の貧しい農村家庭では
娘がおかれる環境も大変ひどいもので
それとの比較で出ていた
ポジティブな話には
何とも言えない気持ちになります。
数年前に訪問した群馬県の富岡製糸場(1872(明治5)年操業開始)。
和田英の『富岡日記』からは
労働環境は悪くなさそうな雰囲気が読み取れるとのことでしたが
調べてみたら和田英が富岡製糸場にいたのは
操業開始して間もない頃の約1年間。その後はどうだったのか、気になるところ。
赤字続きの官営工場の払下が進められ
開業から21年後の1893(明治26)年、富岡製糸場は三井家の経営に。
本の中では
女工の仕事について
「家のため」「国のため」「いい娘」
などが一部導き出されます。
少し前に読んだ
『女性史を拓く2
翼賛と抵抗-今、女の社会参加の方向を問う』
においても
女工についてふれているのですが、
そこではこの「家のため」を
「淳風美俗(じゅんぷうびぞく)」と
言っていました。
そして
『女性の歴史』(著:高群逸枝)からの引用を用い
その淳風美俗をモットーとした家父長制と
日本資本主義が握手したものの象徴が
女工であったと解説しています。
明治維新後
富国強兵につき進んだ明治政府。
そのための外貨獲得の要とされたのが
製糸業界であり、
多くの女工がそこに従事しました。
日本の近代遺産とか勇ましいものが
たくさんありますが、
その礎となってたくさんの女性が
すりつぶされていったと思うと
最近は旅行先などで
勇ましさを誇る近代遺産を見ることに
だんだん興味を失ってきました![]()
今回の本では
かつて女工であった女性たちを探して
その声が記録され
また、当時の写真も
たくさん見ることができました。
女性史の資料は少ないので
こうしてアーカイブされていくだけでも
本当に重要なことだなと、と思いました!
『らんたん』についてはこちら
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