「お互いの夢を邪魔しない」
それが僕達が同棲する時に誓った唯一絶対のルールだ。
彼女には夢がある。
「有名になってお金持ちになる」
だ。いや、待てよ、
「お金持ちになって有名になる」
だったかな?
とにかく僕とは違う夢を追いかけている彼女の事が、僕は大好きだ。
「たくさんの人を幸せにして、平和な毎日を過ごす。」
こっちが僕の夢だ。
でも全てが順調にはいかない。
当然、悲しい時、悔しい時、歯痒い時だってある。
彼女が隣にいなければ、僕はずっと前に挫けていただろう。彼女はいつも荒っぽく僕に言う。
「辞めたい時に辞めればいいじゃない。あたしが貴方の世話してあげるからさ。」
と。
彼女はこんな僕から決して逃げなかった。
彼女は僕よりも前向きだ。いつも自分の夢に対して忠実だ。
僕の「障壁」の殆どは「しがらみ」と「自己嫌悪」なんだけど、彼女の「障壁」は「危険」だ。
でも彼女はいつも前向きだ。自分の夢から決して目を反らさない。その強さを僕は尊敬している。
それぞれの夢は時に重なり合い、また離れ、並走しながらまた近づく。
その繰り返しを知っているから僕達はお互いの夢を邪魔しない。
この一つ屋根の下で、全てが一瞬で解りあえる。
季節が何度目かの春に近づく頃、変化が起きてきた。
彼女の話を彼女以外から耳にする機会が明らかに増えた。
そう、彼女は有名になりだした。
僕の知っている人達が彼女を知りはじめた。
僕の知らない人達も彼女の仕事ぶりを知るようになった。
それでも僕達の同棲生活に変わりない。
彼女はいつも僕の隣に居る。
変化は僕の方にも起き始めた。
ただ、僕の場合はあまり良くない変化だ。
叱責される回数と度合いが明らかに増えた。
以前よりも辛く感じる。
でも僕の夢から遠ざかるとは思わない、思いたくない。
たくさんの人が幸せになる為に必要なことだから。
彼女が僕から逃げなかったように、僕も僕の夢から決して逃げない。
と、僕は強く自分に言い聞かせる。
それでも辛そうにしてた僕を見て、彼女の言葉が変化した。
「心配しないの。その時になれば、私が貴方を出世させるから」
この日からこれが彼女の決まり文句になった。
でもこのセリフは励ましじゃない。
お互いの夢と夢に対する交換条件だ。
彼女は宝石と美術品専門の大泥棒で、僕は警察官だ。
「早く君を捕まえなきゃ。」
「もうずっと前から捕まってるわ。」
了