志磨子劇場「創作小説:ソレゾレ」 | 最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

「お互いの夢を邪魔しない」

それが僕達が同棲する時に誓った唯一絶対のルールだ。

彼女には夢がある。
「有名になってお金持ちになる」
だ。いや、待てよ、
「お金持ちになって有名になる」
だったかな?
とにかく僕とは違う夢を追いかけている彼女の事が、僕は大好きだ。

「たくさんの人を幸せにして、平和な毎日を過ごす。」

こっちが僕の夢だ。

でも全てが順調にはいかない。
当然、悲しい時、悔しい時、歯痒い時だってある。
彼女が隣にいなければ、僕はずっと前に挫けていただろう。彼女はいつも荒っぽく僕に言う。

「辞めたい時に辞めればいいじゃない。あたしが貴方の世話してあげるからさ。」
と。
彼女はこんな僕から決して逃げなかった。

彼女は僕よりも前向きだ。いつも自分の夢に対して忠実だ。

僕の「障壁」の殆どは「しがらみ」と「自己嫌悪」なんだけど、彼女の「障壁」は「危険」だ。

でも彼女はいつも前向きだ。自分の夢から決して目を反らさない。その強さを僕は尊敬している。

それぞれの夢は時に重なり合い、また離れ、並走しながらまた近づく。
その繰り返しを知っているから僕達はお互いの夢を邪魔しない。
この一つ屋根の下で、全てが一瞬で解りあえる。


季節が何度目かの春に近づく頃、変化が起きてきた。
彼女の話を彼女以外から耳にする機会が明らかに増えた。
そう、彼女は有名になりだした。
僕の知っている人達が彼女を知りはじめた。
僕の知らない人達も彼女の仕事ぶりを知るようになった。

それでも僕達の同棲生活に変わりない。
彼女はいつも僕の隣に居る。

変化は僕の方にも起き始めた。
ただ、僕の場合はあまり良くない変化だ。
叱責される回数と度合いが明らかに増えた。
以前よりも辛く感じる。
でも僕の夢から遠ざかるとは思わない、思いたくない。
たくさんの人が幸せになる為に必要なことだから。
彼女が僕から逃げなかったように、僕も僕の夢から決して逃げない。
と、僕は強く自分に言い聞かせる。

それでも辛そうにしてた僕を見て、彼女の言葉が変化した。

「心配しないの。その時になれば、私が貴方を出世させるから」


この日からこれが彼女の決まり文句になった。

でもこのセリフは励ましじゃない。
お互いの夢と夢に対する交換条件だ。

彼女は宝石と美術品専門の大泥棒で、僕は警察官だ。

「早く君を捕まえなきゃ。」

「もうずっと前から捕まってるわ。」