朝食の準備に終われる厨房は大忙しだった。
しかし、苦心の料理も、肝心の主から「すまん、時間がない」の一言で食べてもらえなければ、シェフのキャサリンはご立腹だった。
「ブリジットさん、ブリジットさん!」
キャサリンの怒りの矛先は、この屋敷を預かる執事のブリジットに向けられた。
これは在原(ありはら)家の日常である。
「はい、ミス・キャサリン。お呼びでしょうか?」
「呼んだから貴女は来たのでしょう?
聴覚センサーだけでなく、思考回路にも異常があるようでしたら、そろそろお払い箱…。」
「いくら私が旧型でも、新型の貴女の78%の演算処理能力は維持出来てますわ!
それよりも長秋(ながあき)様はもうご出勤されますので手短に!
今日は大事なプレゼンがあるのですよ!」
いつになく強気なブリジットに気圧され気味になるキャサリンだったが、きっと睨み付け、堰を切ったこのように言葉を続けた。
「ですから、そのプレゼンに備えた最高の朝食を作ったというのに、『時間がない』とはどういうことですか!欠食によるパフォーマンスの低下は、82%まで落ちるデータが出ています!更に私の朝食を食べてくれさえすれば、132%ものクオリティを発揮出来たはずなのに、それを貴女が…。
貴女が長秋様のスケジュール管理も満足に出来ないなら旧型以前のポンコツ…。」
「行ってきます。マーガレットさん、長秋様から『ホコリは気にせず、机の本には決して触るな』とのことです。」
すれ違い様に声をかけられたハウスメイドのマーガレットが驚くと同時に落胆する。
「そんなぁ~。今日こそはお掃除出来ると思ったのに!そろそろ病気になっちゃいますよ?いえ、先に私達の主機関部にダメージが~。」
玄関では主人である長秋がハンドルを握ってブリジットを待っていた。
自動運転が当たり前の時代に、旧時代のポルシェを自ら運転するのは長秋の趣味でしかなかった。
正門は庭師のグレースによって開閉され、
「行ってらっしゃいませ長秋様。ブリジット、裏門の監視カメラデータをお前の脳内データに転送しておく。車中でチェックしておいてくれ。」
「ありがとうございます、グレースさん」
***
遥か未来、人類は意志を持つアンドロイド達と共同生活を望んだ。
旧型のブリジットは、新型の三人に劣等感を抱いていた。特に新型には「自動アップデート機能」が備わっていたからだ。
だが、長秋は最もブリジットを重用した。続