南の採掘場から宮殿までの帰途、私は冷え込む馬車の荷台で意外な言葉をかけられた。
「お嬢ちゃん、そっちに行ってもいいかい?
あたしにもその暖かそうなマントに入れておくれよ。」
不許可抜刀の罪で、私は娼婦の集団と同じ馬車に押し込められた。
ジェリドと名乗る生真面目な青年兵に剣は没収されたが、騎士団長を印す真紅のマントはまだある。
ラハブと名乗る彼女は、この馬車に乗り込んだ商売女の中で最も艶やかに見えた。
「あぁ、今日は特に冷えるな。
みんなで暖めあったほうがいい。
…今はこのマントより、一枚の毛布の方が有難いがな…。
だが、鬼神と恐れられた私をお嬢ちゃんなどとは…。」
「不許可抜刀の罪だって?
せいぜい、お嬢ちゃんの想い人があたしを買ったのが許せなかったって筋書きかい?」
ロイの事を言ってるのは直ぐにわかった。
「あぁ、間違ってないさ…。
他の女と結ばれるのは我慢ならないな…自分の事は棚にあげてな…。」
「自分の事?お嬢ちゃんの方が男遊びしたのかえ?
キャハハ~。」
「ち、違う!
私は…。」
「安心しなよ、お嬢ちゃん。
シュレストローム内務卿はあたし達をご贔屓にしてくれてるけど、あの人自身は一度もあたし達を買ったことはないよ。」
「そ、そんな事はわかってる!。」
「それとも…お嬢ちゃんの方に見合いの話でも…キャッ!」
笑い声が響く中、馬車が急停車した。
「メルベリ殿!何事だ?」
「申し訳ございません、ロンド騎士団長!
この街道は祭りの為に通行規制するから迂回せよと…。」
「祭り?そうか、冷え込むと思ったら今日はアスガルド教の冬至祭か…。
ロイはどうするつもりだ?」
「面白そうじゃねぇかリディア。『トールの槌(ハンマー)劇』を直に見るのは久しぶりだ。
どんな男が女装するのか?それを見るのがこの祭りの楽しみだ」続
***
雷雨を操るトールの槌を盗んだ怪物のトロル王は、交換条件に女神フレイアを花嫁に要求した。
トール神は激怒し、従神ロキを従え、自ら花嫁に化けて、見事に槌を奪還した。
大地が干ばつに見舞われると、人間は何故、雨か降らないか説明を求めた。巨人怪物トロルがトール神の槌を盗んだからではないかと。
これは季節の移り変わりを理解し、神話に基づく芝居をし、村の男が花嫁に扮装し、トロルから槌を奪い返す劇を完成させることが豊穣の祈りと言われてます。
(参考資料『ソフィーの世界』より)