遡ること10数分前
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「それは本当ですの、山際?」
「はい、電気屋の赤尾さんがB棟アンテナ修理に来たらしいです。」
「確かに朝からテレビが観れないと騒いでる生徒がたくさん居ましたわね。
昨夜の嵐なら仕方ありませんが、A棟の私達には何も被害がないのはおかしいですわね?」
「お嬢様、まさかあの夜、三好真理亜が寮の壁をよじ登ってたのは…。」
「山際、わ、私はもうあの庶民の行動を一々詮索しないことに決めましたわ。
でも…。」
「でも、何でございましょう?」
「赤尾さんには私も興味がないわけではありませんわ。」
「しかし、お嬢様。既にB棟屋上前には、多数の生徒が押し掛けては追い返されています。」
「山際、作業する姿を拝見出来るのは何も同じ号棟に居る必要はありませんわ。
そこで貴女にお願いがありますの。A棟屋上の鍵を借りてきなさい」
「な、なるほど…。屋上から屋上を覗くわけですね。」
「覗きではありませんわ、監視ですの!
山際、貴女は真剣にお仕事される年上男性の眼差しがお嫌いですの?」
「いえ、大好物です…。」
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「あの…、お仕事お疲れ様です…。」
そこにはとても慎ましやかな篠山五月の立ち姿があった。
警備主任の後藤梨恵から合法的に?許可を貰い、屋上でアンテナ修理をする赤尾俊光に声をかけることに成功した。
「あぁ、君はあの時の…。」
しゃがみ込んで作業をしていた青年は五月の声に振り返り、その爽やかな笑顔で返事した。
「わ、私の事を憶えててくれたんですか?
嬉しいです。」
「勿論、憶えてるよ。
先日は守衛室に案内してくれてありがとう。」
五月にとって予定外の反応だった。
赤尾さんに「ああ言おう」「こう言おう」とシミュレーションした台詞は全て一瞬で頭から消えた。
何も真っ白になった頭の中に残ったのは、
「私、恋してるんだ」
という自覚のみだった。
「どうしたの?理事長か寮長からの伝言とかかな?」
赤尾の質問に我に帰る五月。
自分がここに来た理由を言わなきゃと思い…。
「い、いえ、お仕事お疲れ様です。
休憩も取らないと駄目ですよ。
お茶を持ってきましたのでどうぞ。」
缶やペットボトルでなく、首に下げた水筒からお茶を汲む五月。
その姿をドア越に見てた真理亜は…。
「あざといなぁ~五月。
ペットボトルは渡したらそれで終わりだけど、あれだと視線を自分に向けられるもんね」続