聖バーバラ女学院・恵明寮B棟の屋上通用口には、元自衛官上がりの後藤梨恵警備主任が仁王立ちしていた。
理由は勿論、電気屋の赤尾俊光青年に群がる女生徒を追い返す為だ。
人里離れたお嬢様学校では、年齢の近い男性と会話することはおろか、顔を見る機会さえない。
聖バーバラの生徒が、休日に地域の奉仕活動に熱心なのは、少しでも下界で出会いを求めるからである。
それでも女神が微笑む確率は極端に低い。
入学前からの彼氏持ちや、部活動で共学校との交流から彼氏を作った者は確かに居る。
しかし、若くエネルギッシュな男子高校生が、自分の彼女が山奥で寮生活という境遇に耐えられるはずもなかった。
「お願いです!
遠くからこっそり見るだけでいいんです!
修理の邪魔はしませんから。」
「ここを通すわけにはいきません。
赤尾さんがここで修理をなさってるのは、貴女達がテレビを視聴出来るようになり、快適な寮生活を送ってもらう為です。
勉学と部活動に汗を流し、主と聖人の為に祈りなさい。
それが貴女達が赤尾さんの為に出来ることです!」
押し寄せる女生徒に、言葉で追い返す後藤梨恵。
女生徒達は諦め不満気ながらも、階段を降っていったが…。
「ゴリエちゃん、お願い!
これ、私達料理研究会で作ったクッキーの詰め合わせです。
修理が終わったら食べてくださいって、赤尾さんに渡してください。」
「わかりました。プレゼントを受け取るなとは、理事長からは言われておりません。
私が責任を持って赤尾さんに渡しましょう。」
強面の警備女性ながらも、信仰者として、生徒の良き姉役でもある彼女だった。
「あ~、ズルい!
じゃあ、私達手芸部も、赤尾さんに手袋を!」
「文芸部です、自作の詩集を!」
「それじゃ赤尾さんへの贈り物は守衛室に持ってきなさい。
帰られる時に、私が必ず渡します。
だから貴女達はここで解散なさい。」
「は~い。」
と、生徒達が散り散りに別れだしたころ…。
「聖書研究会です!
赤尾さんの為に、是非とも『創世記19章』の朗読を…。」
「三好真理亜さん!
19章は『淫乱の街ソドム』の章です!絶対にさせるかぁ!」
「ではせめて『創世記38章』に関する私達の研究発表を…。」
「『オナンの策略』の項なんか、もってのほかです!」
「……。」
「……。」
「詳しいね、ゴリエちゃん。でも旧約聖書を色眼鏡で見ないで!」
「貴女が言わないで」