「外国では、新年を祝う為に冬でも花火が見られるんだよ」
それは看護師が言った何気ない一言だったかもしれない。
だが、楽しみにしていた夏の花火を、入院病棟で見逃した隆文に取っては希望の言葉だった。
「お母さん、僕、大きくなったら外国を飛び回る外交官の仕事に就くからね。
その時はお母さんも一緒に冬の花火を見ようね!
今年は駄目だったけど、夏にも冬にもチャンスがあるならきっといつかは見られるから!」
その言葉を聞き、母親の奈津美は息子のいない所で泣いた。
いつも息子に励まされていた。
早世した主人と同じ肺の難病にかかろうとも、「少しでも空気の良い所の方が」と、自分の実家近くの病院で療養しようとも、息子は
「すぐに治るからお母さんは心配しないで!」
と、母親を励まし続けたのであった。
奈津美は息子の優しさが怖かった。
自分の病気よりも、働き続ける私の事を気遣う隆文があまりにも年不相応に見えたからだ。
しかし先日、地元の花火大会への外出許可が出なかったことで珍しく隆文は落ち込んだ。
そこで看護師の先ほどの言葉は、母子ともに希望となったのであった。
「海外の花火を一緒に見る。」
その言葉を胸に奈津美は働き続け、隆文は病床での勉強を続けた。
それから一年半後、親子の海外への願いは皮肉な形で叶うこととなった。
「国内で成功例の無い術式」
一向に快復の兆しが見えない隆文に対して医師からの苦肉の提案だった。
いつも笑顔の隆文も流石に複雑な面持ちだった。
しかし、渡航を決意したのは今が年末ということだった。
****
慣れない海外暮らしを支えてくれたのは、日系スタッフ達だった。
「行キナサイ。隆文君、オ母サン。僕達ガ責任ヲ取マース。」
何度も深々と頭を下げ、奈津美は裏口から隆文の乗る車椅子を押した。
大晦日のニューヨークの寒気は刺すように冷たかったが、新年を待ちわびる人達の熱気が掻き消そうとしていた。
ビルにカウントダウンの数字が表示され、人だかりが声を合わせる。
「これじゃ見えないよ」
外国人の大きな身体に阻まれ、花火の音しか聞こえないかと思った時、
「たまにはお母さんらしいことさせなさい!」
と、息子を車椅子から立たせて肩車をした。
「隆文、しっかり見るのよ」
自分と対して変わらない身体にまで成長した息子を、しっかりと両足を開き、膝を震わせながら支える母の奈津美を、新年の花火は祝福した。
終