いつまでも昼休みが終わらなければ、騎馬戦という戦場に出ることもなかっただろう…との思いを抱きながらも、拓哉の昼は終わった。
午後一番の競技はクラス対抗リレー。
一年生から六年生までのクラス代表が入場する。
行進が終わり、代表選手が腰を降ろす。
「家に帰るまでが遠足」
なんて言葉があるように、レギュラーメンバーが入場を終え、整列した瞬間にこそ、拓哉は補欠の仕事を終えたのだ。
直前ギリギリまで途中交代に備えてきた。
それは自分が出場しないことを望みながらの準備運動を、今漸く終えることが出来たのだ。
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六年生の第一走者がコースに入り、スタートのピストルが鳴った!
拓哉の1組は正田が第一走者だ。
正田は六年生春からの転校生だった。
生来の無口で無表情なのかわからないが、彼が1組三位の早さで代表の座を獲得したのは、クラス全体のサプライズだった。
しかし、正田はこの本番で更なるサプライズを提供した。
第一コーナーをトップで抜け出たのである。
思えば、インテリで口の上手い児山と永田は責任の重い第一走者とアンカーを避けた傾向がある。
それは騎馬戦で安全な両翼を最初に取りたがったことからもわかる。
しかし、正田は文句一つ言わず淡々と練習をこなし、今本番の舞台で最高のスタートを切った。
ダークホース中のダークホースに、学校中がどよめく。
歓声の半分は「早い」「頑張れ」よりは、「誰?」「何組の子?」が殆どだった。
第二走者の児山も着実にリードを拡げる。
まさかの1組の独走に場内が湧く中、第三走者が構え、アンカーが立ち上がった瞬間、学校中の空気が変わった。
二組の「森林コンビ」の登場である。
一人の保護者の声が耳に入る。
「林くんよ!アンカーの林くんが来るまでリードを守らなきゃ!」
保護者でさえ運動会男の出番を待ちわびていた。
彼が雰囲気を変える男で、学校中の期待を背負っているのは痛いほどわかっていた。
これで「奇跡の逆転劇」を許してしまったら、1組の努力は道化になる。
拓哉は精一杯応援した。大きな声で声援を送るのが恥ずかしいなんて今までの想いはなかった。
それまでの声援が逆転劇を期待するアウェイの空気に変わろうとする中、第三走者の永田は2組の森のと3組の双子の弟をかわしながら、MVPなみの走りを見せ、アンカー長谷部にトップのままバトンを渡すことに成功した。
あとはスポーツ万能男同士、長谷部と林の一騎討ちだ。