5月。新たな始まりの緊張が打ち解け出し、対人の疲労が見え始めると同時に飛躍の時期でもある。
「浦和ダイヤモンドレディース、四本目のコーナーキックから…。
来た~!
ゴールデンルーキー・南部彩!
守備の要としてだけでなく、見事ヘディングシュートでプロ入り初ゴ~~ル!!!」
選手やサポーター以上に歓喜するアナウンサーは、まだ彼女の実力を知らないから騒ぐのだろう。
今はただの女子大生の私が、なでしこリーグで活躍する南部彩と高校時代のチームメイトだったことは私の数少ない誇りだ。
「『ただの』じゃないでしょ、志磨子先生?
女子サッカー観戦もいいけど、そろそろ今月の締め切り近いんですよ?
下書きでもいいから早く上げてくださいよ!」
確かにプロフィールを伏せて現役女子大生が、「官能小説家」としてデビューしてたら「ただの」じゃないわね。
「プロ作家を多く輩出した文学部」、という理由だけで選んだことを、私は早くも後悔し始めてた。
「わかってるわよ、大島さん!
ただちょっと寂しくなる時があるのよ…。
作家は作品の影響を受けやすいデリケートな生き物なの!
活躍する彼女に癒してもらってるの!
はい、原稿!」
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文字通り私は逃げ出した。
和夫から、父親から、忌まわしい記憶から。
心のケアと言えば聞こえはいいが、父は腫れ物に触るような態度で、私の都会への進学を了承した。
亡き母が遺したお金をどう使おうが田舎の父は咎めなかった。
服や美容に費やして華やかに生まれ変わろうとした。
しかし、生来人見知りである私は、名も無き群衆の中に遭難していた。
それでもコンビニのバイトは世間との繋がりだった。
そして…。
「や、山根さん!来週、僕も君と同じ日にシフトが休みの日があるよね?
予定がなかったら…。」
5月。私の努力が実った瞬間だった。
少なくともバイト仲間の哲也君は私をデートに誘う価値のある女と認めたのだ。単純に嬉しかった。
しかし、次に頭を過ったのは目の前の哲也君では無く、二人の男性だった。
「和夫なら今の私をデートに誘うだろうか?
私への暴行を企て、尚且つ私の外見を侮辱したあのクズ男には今の私はどう映るか?」と。
私は初デートの夜に惜しみなく哲也君にプレゼントをした。
勿論、「私の初めてだ」
灯かりを付けたまま行われた「理想の夜」ではなく「妥協の夜」は、終わってみれば嬉しくもないが別に悲しくもない。続