前回まで、「憲法の基本的人権の保障を、主には公共の福祉への適合を理由に全面的には及ばせる事が出来ない『人』が4人でてきた」という話をしてきました。
これらは本来、国家権力を制限するために、憲法が国民へ保障したはずの基本的人権が3人+法人の原告側には言わば盾に取られ、議論となった事がキッカケとなり結果4人は制約を受け得ると結論されたものでした。
今回は、この憲法を国家以外の権力対個人という関係に対しても適用すべきかどうか、考えざるを得なくなったケースの話です。
1つ目の判例をみていきます。
時は昭和48年、学生時代に日米安保条約改正の反対運動等を先導したにも関わらず、就職試験で学生運動はしていないとウソを付き、就職したもののバレて試用期間終了時点で本採用拒否となった、大学生協の理事と部長を兼任した謎な経歴を持つ元学生と就職先の企業が争った事件。
判決はまず、『企業運営上、採用が適当かの判断には、過去の行動から推測されるその者の気質・性格・道徳的観念に加え、社会的・政治的思想傾向も基準となりえる』としました。
次に、1つ前の高等裁が下した判決の「思想・信条に関連する申告を求めることは、憲法19条および14条に違反する」という部分につき、『同規定は国または公共団体の統治行動に対し個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない』として憲法の私人間(しじんかん)への直接適用を認めず、判断を覆しました。
因みに当判例は、参考書等で間接適用説の項にて代表格のようによく用いられますが、正確には憲法を間接適用した判例ではなく直接適用説を否定した判例に留まっています。
判決文は続きます。
『そもそも、私人間では各人の有する自由と平等の権利が相互に矛盾・対立する可能性があり、その調整が近代自由社会では原則私的自治に委ねられ法の介入はあくまで例外的という点で国対個人の関係と異なるため、憲法の保障をそのまま私人間に適用すべきとするのは当をえた解釈ではない。
また、私人間でも例えば事実上一方が他方に服従せざるをえず私的自治の名の下に劣位者の自由が侵害されるとしても、多様な支配関係を国の支配と同視すべきかの判断が困難であるためそのような場合に限り適用すべき、とする見解も採用できない。
この場合、一方で、立法措置による是正や、私的自治に対する一般的制限規定の民法1・90条および不法行為に関する諸規定の運用により、私的自治の原則を尊重しつつ個人の自由や平等の利益を保護する方途も存するが、他方で、憲法29条(財産権)により企業者にも雇用を含む契約締結をはじめとした経済活動の自由を認めており、個人の自由・平等を絶対視することも許されない。
憲法が私人間に直接適用されない以上14条は効果を成さず、労基法3条も雇用後の差別禁止規定であり雇入れそのものを制約する規定ではなく、その他公序良俗違反と解すべき根拠も見出せない。
試用期間については、合理的期間の限定の下に企業者に留保解約権が認められていると解すべきで、その行使は客観的に合理的な理由(当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った等)が存し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。
とはいえ、事実の秘匿に対し信頼に値しないとの人物評価を加えることは当然だが、管理職要員としての適格判断への影響の程度は一概に論ずることができない。
よって、原判決(1つ前の判決)の憲法を直接適用するとした部分は破棄し、さらなる審理の必要性を認め本件を原審に差し戻す』
…判決文、もっと長いんですよ?(笑
何とか要約していくと、こんな感じです。
つまり謎経歴を持つこの学生は、高等裁では勝ってましたが、最高裁では一旦負けに近い形となった、という事ですね。(その後どうなったんでしょう?気になる方はお調べあれ…)
関係のない話ですが、私的自治の原則と聞くと私はいつもナゼか「自力救済(自救行為)」という言葉を思い出してしまうのですが、こちらは例えば所有物を盗まれたとき盗み返すことを指す言葉で、秩序維持のため日本の現代法では禁止されています。
完全な余談でした。
では、2つ目の判例にいきましょう。
昭和36年当時学生であった上告人らが左翼(フランス革命期の憲法制定議会で、議長席から見て左側に革新派がたまたま陣取っていた事が由来と言われる。対義語である右翼は、一般的に保守派とされる)団体への加入や「政治的暴力行為防止法(当時右翼により相次いだテロへの対策法。衆議院で強行的に可決されたものの反対運動が根強く、参議院で採決されず廃案となった)」への学内での反対運動といった政治的活動について大学側に事前申出なく行い、その後の大学側の対応をも各メディアに対し公然と批判を続け昭和37年に退学処分となったが、これを不服として争い昭和49年に最高裁判決が確定した事件。
最高裁は全面的に、大学側の勝訴としました。
こちらの判例も、間接適用説の項では定番の判例ですがやはり直接適用を否定した判決に留まります。
判決文がまたいい表現をたくさん使ってるので、抜粋していきます。
『上告人の主張する、大学の生活要録(いわゆる学生規則)が憲法15・16(請願権)・19・21・23(学問の自由)・26条(教育享受の権利)に違反するという論旨は、要録の各規定と憲法で保障した権利に直接関わりがないか、あるいは私人相互間への当然に適用しないとした判例に徴し、採用できない。【憲法の私人間適用を認めない】
大学は国公立・私立を問わず学則等を定め在学生を社会通念上合理的な範囲で規律する権能を有しており、学生もまた教育を受ける限りそれに服することを義務付けられる。一方で、学生の政治的活動の自由も重要視されるべき法益だが、右のような行動を全く放任しても学内環境が乱れ大学の設置目的の実現を妨げる恐れがあり、かかる規制を不合理なものとは断定できない。【生活要録による学生の規制は合法】
退学処分は学生の身分を剥奪する重大な措置で特に慎重な配慮を要するが、本人の反省を促す補導の過程の経由が特例を除き常に退学処分前の学校当局の法的義務であるとまでは解せない。よって、退学処分の選択が社会通念上合理性を認めることができないようなものでない限り、懲戒権者の裁量権の範囲内として効力を否定できない。【退学処分も合法】』
ここからが、特に私の個人的好みによる抜粋です(笑
『上告人らは生活要録違反につき反省の実が認められず、特に大学当局ができるだけ穏便に解決すべく説諭を続けている間に週刊誌や学外の集会等で公然と大学当局の措置を非難するような挙に出たことは、教育方針に服する意思のないことを表明したと解されてもやむを得ない。
説諭にあたった関係教授らの言動に上告人らの感情をいたずらに刺激するようなものもないではなく、補導の方法と程度に事件を重大視するあまり冷静・寛容及び忍耐を欠いたうらみはあるが、それが上告人らを反抗的態度に追いやり外部団体との接触を深めさせる機縁になったとは認められず、大学当局が上告人らに改善見込がないと判断したことを軽卒とすることもできない。
大学からの左翼団体脱退の要求が直ちに思想・信条に対する干渉となるものではないし、事件の発端以来退学処分に至るまでに大学のとった措置が教育的見地から批判の対象となるかどうかはともかく、改善を期待しえず教育目的を達成する見込が失われたとした判断は社会通念上合理性を欠くものであるとはいいがたく、結局、本件退学処分は、懲戒権者に認められた裁量権の範囲内にあるものとして、その効力を是認すべき』
…なんだか、間接適用説をテーマにして判例を見てるのに、それ以外の得られる知識が多い気がしますね。
3つ目の判例です。
昭和31年、国が自衛隊の基地建設を目的とし茨城県内の町と協議の上、用地取得を始めると地元の反対運動が活発になりました。リコール(地方自治法上、住民による解職請求のこと)による町長の交代等もあって2年が経ち、長引く反対運動に疑問を感じた1人の地主はもう土地を売って引っ越すことにしました。国より高い額を提示した基地建設反対派と売買契約を当初結んだものの不渡り(未払い)が出て解約、ひっきょう(最終的に、結局の意)国側に売却しました。反対派はこれを止めるため様々な言い分を立てて対抗、裁判で争うこととなった事件。
最高裁にて下記判決が出る頃には、平成元年まで時が流れていました。
『国が行う売買契約は、行政処分や裁判といった公権力の行使による法規範の定立を伴う行為ではなく私人と対等の立場で行う行為であり、憲法98条1項(最高法規性)にて憲法の条規(ここでは9条の戦力の不保持)に反する場合は無効とされる「国務に関するその他の行為」にそもそも該当しない。当然、私法上の契約の効力発生に準拠法規を要件ともしない。
本件売買契約は私的自治の原則に則り成立した純粋な財産上の取引であり、成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないと言えるような特段の事情もなく憲法9条が直接適用される余地はない。
憲法9条は人権規定同様、国の基本的な法秩序を宣示した規定(民主・ジンソン・和主の3原則ですね!)であり、憲法より下位のすべての法規の解釈適用に当たり指導原理となりうるものであることはいうまでもなく、前判示のように私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではないため、自衛隊基地の建設という目的・動機が9条の趣旨に直接適合するか否かではなく、全体的に観察し私法的な価値秩序のもと売買契約の効力を否定すべきほどの反社会性を有するか否かで本件売買契約が公序良俗違反として無効か否か決することができると言わなければならない。
昭和33年当時の私法的な価値秩序のもと、自衛隊のために国と私人との間で私法上の契約を締結することは、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が社会の一般観念として確立していたということはできず、私法上の契約としての効力を否定されるような行為であったとはいえない』
やはりここも憲法の直接適用を避け、基地建設反対派の言い分を全面的に認めなかった、という結論でした。
では最後の判例。
お待たせしました。こちらはいよいよ、憲法の私人間適用(間接適用説)を採用した判例となります。
先程の平成元年の判例から少し時は遡り、昭和56年に判決の出た事件です。
因みに間接適用すると言っても、判決文に具体的に「憲法〇〇条を間接適用する」などと明言される訳ではありません。
以下、注意しながら、判決文から引用しますのでお読み下さい。
(上告人:会社、原審および原判決:控訴審であった高等裁の審理および判決のことです。つまり控訴審にて、会社は負けていました)
『上告会社は就業規則で定年年齢を男子60、女子55と規定しているところ、女子従業員の担当職務は相当広く従業員の努力と上告会社の活用策によっては貢献度を上げうる職種も数多くあり、まして各個人の能力評価を離れ、女子従業員全体を貢献度の上がらない従業員と断定する根拠はない。
また「労働の質・量が向上しないのに、実質賃金が上昇するという不均衡が生じている」と認めるべき根拠もない。
少なくとも60歳前後まで、男女とも通常の職務であれば企業経営上要求される職務遂行能力に欠けることはなく、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由もない。
そうすると、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由とした不合理な差別に帰着するものであり、民法90条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法14条1項、民法1条の2参照)。
よって、民訴法401・95・89条に従い、裁判官全員一致の意見で主文の通り判決する』
つまり、最高裁が判決内で参照条文として括弧書きに加えたことを、判例法という講学上、のちに【間接適用説】と呼ぶことになった、というお話です。
憲法を国家以外の権力に対し適用するとしても、体裁上直接ではなく私法を通して間接的にする、という事ですね。
因みに、少なくとも以下3つの憲法の条文は、この間接適用説を現行法学上で通説と捉えたとしても、直接適用されると解されています。(そういう風に結審した判決があったんでしょうか?興味ある方はお調べを…)
・15条4項(投票の秘密)
・18条(奴隷的拘束からの自由)
・28条(労働者の団結権)
…今回も長かったですね。登場した憲法条文のみおさらいして、おしまいにします。
《日本国憲法16条(請願権)》
※色(16)を付けて、請願する
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
《同法23条(学問の自由)》
※兄さん(23)、学問は自由だよ!
学問の自由は、これを保障する。
《同法26条(教育享受の権利・教育の義務)》
※教育は、煮詰まるまで煮ろ(26)!
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
《同法28条(労働者の団結権)》
※ニヤニヤ(28)せずに、団結してよ!
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
《同法29条(財産権)》
※焼き肉(29)は、人類の財産
財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
《同法98条(最高法規性)》
※スキューバ(98)ダイビング、最高!
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
本日も、ご苦労様でしたm(_ _)m