極めて射程が広いその条文ゆえに、あらゆる言い分の根拠とも成り得る憲法13条「幸福追求権」。その判例を時系列順に学んできました。


さて次なるは、14条「法の下の平等」です。


条文はコチラ。

『すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。』


ちなみに門地というのは、家柄のことです。


さて条文から解釈すると、まず在留外国人(帰化者を除く)には法の下の平等は認められていないことになります。

参考書の憲法14条の項ではそのような(判例も含め)紹介はされませんが、公囚法でもやった通り、財政上の理由から在留外国人より自国民を優先することを合憲とした判例があったのは、記憶に新しいことと思います。


つまり、法の下の平等は「何人」に対してではなく『日本国民のみ』への適用が想定された基本的人権、という事です。


次に「平等」という言葉の解釈、これがまた難しいんですが、結論から言えば『公平』に意味が近いです。


すなわち、


不平等の解消が目標であるため、同じ法等しく適用するだけでなく、各々に違いがあるケースでは結果が平等となるよう相対的な法適用許す

不合理な差別許さないが、合理的理由のある区別「平等」とする

・不平等に対する、行政司法コミットメント(積極的な介入)まで14条は要求していない、と考えられている(立法府主導の福祉政策立案に依る)


…という様な意味です。


あまりピンと来ない部分もあるかと思うので、ここからは判例を通して理解を進めていきます。


まず1つ目、昭和30年の判例です。


共産党員およびその支持者でもある会社員らが、会社の【生産を現実に阻害し、もしくはその危険を生ぜしめる、労働協約にも違反する行為に及ん】だため、現実的な企業破壊的活動を行なったとして会社から解雇されたものの、「解雇はいわゆるGHQのレッドパージ政策(民主化推進の名の下に戦後行われた共産党員の解雇・追放運動)の一貫で、憲法14条違反だ」と主張した事件。


これに対し最高裁は、

『本件解雇は、上告人等が共産党員もしくはその同調者であること自体を理由として行われたものではなく、これをもって何等具体的根拠に基かない単なる抽象的危虞に基く解雇として強いて非難し得ないものといわねばならない。してみると、右解雇はもはや上告人等が共産党員であること若しくは上告人等が単に共産主義を信奉すること自体を理由として行われたものではないというべきで、本件解雇について憲法14条違反の問題はおこり得ない

と一蹴しました。


次に2つ目、昭和39年の判例


当時66歳だった地方公務員のおじーちゃんが、待命処分(退職前提で、有休を与えられること)が高齢理由で行われたのは憲法14条違反として、自治体を訴えた事件。


『憲法141項にいう社会的身分とは、人が社会において占める継続的な地位と解され高齢であることは社会的身分に当らないと思われるが、右法条に列挙された事由は例示的なもので必ずしもそれに限るものでないと解するのが相当で、高齢であることは社会的身分に当らないとの一事により、たやすく上告人の主張を排斥したのは必ずしも十分に意を尽したものとはいえない。

 しかし、右法条は国民に対し絶対的な平等を保障したものでなく差別すべき合理的な理由なく差別することを禁止している趣旨と解すべきで、事柄の性質に即応し合理的と認められる差別的取扱をすることはなんら右法条の否定するところではない

 被上告人は条例により与えられた権限に基づき超過職員の整理を企図し、合併前の旧町村の町村長、助役、収入役であった者で55歳以上の者かつ勤務成績が良好でない等の事情を考慮した上、後進に道を開く意味で職員約10名に退職勧告後、上告人に対し本件待命処分を行った。

 一般に、国家公務員の過員を整理する場合、職員いずれを免職するかは任命権者が勤務成績、年数その他の事実に基づき公正に判断して定めるべきとされていることにかんがみても、地方公務員に臨時待命を何人命ずるかは、任命権者の適正な裁量に任せられていると解するのが相当である。

 これを本件についてみても、任命権者たる被上告人が高齢であることを待命処分の一応の基準とした上、その勤務成績が良好でないこと等の事情をも考慮の上、上告人に対し本件待命処分に出たことは裁量権の逸脱とは認められず、高齢である上告人に対し他の職員に比し不合理な差別をしたものとも認められないから、憲法14条1項に違反するものではない

…としました。


ポイントは、14条のいう社会的身分の定義(人が社会において占める継続的な地位)が示され年齢はそれに含まれず、しかし条文列挙の身分は例示的と評価されたこと。

そして、14条は絶対的平等を保障したわけでなく不合理な差別を禁止しただけと判断した点です。


続いて、3つ目の判例にいきます。


NHK朝ドラ「虎に翼」内でも紹介された、昭和48年の超・有名判例です。


幼少期より実父から破倫(不倫に近い意味)を受け、数人の子まで産まされた女性が、その実父を殺害し尊属(家系図上、自分より上にあたる親族のこと)殺の罪で起訴された事件。


被告人であるこの女性は、尊属殺という刑の類型が特に設けられていることは憲法14条「法の下の平等」に違反する、と主張しました。


ちなみに、該当する刑法200条は現在は削除されています。


一体どのような判断がされたのか、判文を見ていきます。


まず最高裁は、刑法200条と憲法14条の関わりや、時代背景について触れました。


『憲法14条1項は、国民に対し法の下の平等を保障した規定であり、同項列挙の事項は例示的なものであること、およびこの平等の要請は、 事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱いを禁止する趣旨と解すべきことは過去の判例より明らかである。

 刑法200条は、自己または配偶者の直系尊属を殺した者は死刑または無期懲役に処すると規定しており、被害者と加害者との間における特別な身分関係の存在に基づき、同法199条の定める普通殺人と同じ類型の行為に対し刑を加重した、いわゆる加重的身分犯の規定であり、憲法14条1項の意味における差別的取扱いにあたるというべきである。(が、その差別的取扱いが憲法14条違反かどうかが、ここから先の話

 当裁判所は昭和25年10月以来、刑法200条が憲法14条1項等に違反するという主張に対し、その然らざる旨の判断を示している。もっとも、最初に刑法200条が憲法14条に違反しないと判示した大法廷判決も、法定刑が厳に過ぎる憾み(うらみ)がないではない旨を括弧書において判示していた他、 情状特に憫諒(びんりょう:憐れんで思いやること)すべきものがあったと推測される事案において、合憲性に触れず別の理由で同条の適用を排除した事例も存しないわけではない。

 明治40年以来、同条に関し格別の立法上の措置は講ぜられておらず、その思想的背景は中国古法制に渕源(えんげん:根源と同義)しわが国の律令制度や徳川幕府の法制にも見られる尊属殺重罰の思想が存すると解されるほか、特に同条が配偶者の尊属に対する罪をも包含している点は、日本国憲法により廃止された「家」制度と深い関連を有していたものと認められる。さらに、諸外国の立法例を見るに、右の中国古法制のほかローマ古法制などにも親殺し厳罰の思想があったものの如くであるが、近代にいたってかかる思想は次第にその影をひそめ、尊属殺重罰の規定を当初から有しない国も少なくなく、かつて尊属殺重罰規定を有した諸国においても近時次第にこれを廃止または緩和しつつあり、また単に尊属殺のみを重く罰さず、卑属、配偶者等の殺害とあわせて近親殺なる加重要件をもつ犯罪類型として規定する例も少なからず見受けられる。最近発表されたわが国における「改正刑法草案」にも、尊属殺重罰の規定はおかれていない


次に、刑法200条の立法趣旨と、その合理性について語っていきます。


『まず、刑法200条の立法目的は尊属を卑属またはその配偶者が殺害することをもって一般に高度の社会的道義的非難に値するものとし、かかる所為を通常殺人より厳罰とし、もって特に強くこれを禁圧しようとするものと解される。

 ところで、およそ親族は婚姻血縁とを主たる基盤とし、互いに自然的な敬愛親密の情によって結ばれていると同時に、その間おのずから長幼の別や責任の分担に伴う一定の秩序が存し、通常、卑属は父母、祖父母等の直系尊属により養育されて成人するのみならず、尊属は社会的にも卑属の所為につき法律上、道義上の責任を負うのであり、尊属に対する尊重報恩は社会生活上の基本的道義というべく、このような自然的情愛ないし普遍的倫理維持は、刑法上の保護に値するものといわなければならない。しかるに、自己または配偶者の直系尊属の殺害行為はかかる結合の破壊であり、その背倫理性は特に重い非難に値するということができ、通常の殺人に比し一般に高度の社会的道義的非難を受けて然るべきであり、このことをその処罰に反映させてもあながち不合理であるとはいえず、被害者が尊属であることを犯情の一つとして具体的事件の量刑上重視することは許されるものであるのみならず、さらに進んでこのことを類型化し、法律上、刑の加重要件とする規定を設けてもただちに合理的な根拠を欠くものと断ずることはできず憲法14条1項に違反するということもできないと解する』


えー、じゃあ尊属殺はやっぱ普通殺より罪が重くて当然、で終わりなの?? と思いきやそうではなく、


しかし、刑罰加重の程度いかんによっては、かかる差別の合理性を否定すべき場合がないとはいえず加重の程度が極端であり立法目的達成の手段として甚だしく均衡を失し、これを正当化しうべき根拠を見出しえないときは、その差別は著しく不合理なものといわなければならず、かかる規定は憲法14条1項に違反して無効である


と、違憲となる可能性について示しました。


ε-(´∀`*)ホッ…


で、


『刑法200条の法定刑は死刑および無期懲役刑のみであり、普通殺人罪に関する同法199条がそのほか3年以上の有期懲役刑となっているのと比し刑種選択の範囲が極めて重い刑に限られていることは明らかで、いかに酌量すべき情状があろうと法律上刑の執行を猶予することはできず普通殺とは著しい対照をなすものといわなければならない

 もとより卑属が、責む(せたむ)べきところのない尊属を故なく殺害するがごときは厳重に処罰すべく、いささかも仮借すべきではないが、普通殺人罪によりその目的を達することは不可能ではない

 反面、尊属でありながら卑属に対して非道の行為に出で、ついには卑属をして尊属を殺害する事態に立ち至らしめる事例も見られ卑属の行為は量刑の実状をみても尊属殺の罪のみにより法定刑を科せられる事例はほとんどなく大部分が減軽を加えられており、なかでも現行法上許される2回の減軽を加えられる例が少なくないのみか、処断刑の下限である懲役3年6月となる場合も決して稀ではない。このことは、卑属の背倫理性が必ずしも常に大であるとはいえないことを示すとともに、尊属殺の法定刑が極端に重きに失していることをも窺わせるものである。

 このようにみてくると、尊属殺の法定刑は死刑または無期懲役刑に限られている点(現行刑法上、これは外患誘致罪を除いて最も重い)においてあまりにも厳しいものというべく、上記のごとき立法目的尊属に対する敬愛や報恩という自然的情愛ないし普遍的倫理の維持尊重の観点のみをもってしては、これにつき十分納得すべき説明がつきかねるところであり、合理的根拠に基づく差別的取扱いとして正当化することはとうていできない


と論理展開した上で、(外患誘致罪が若干気になりますが… 後で説明します)


『以上の次第で、刑法200条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限っている点において、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法199条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ憲法14条1項に違反して無効であるとしなければならず、したがって尊属殺にも刑法199条を適用するほかはない


この次がカッコよくて好きなんですが、


この見解に反する当審従来の判例は、これを変更する


としました。


ここから先は、では普通殺人としてどの程度の量刑とするのか、という部分の論説が始まります。


『原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の所為は刑法199条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、右は心神耗弱の状態における行為である から同法39条2項、68条3号により法律上の減軽をし、その刑期範囲内で被告人を懲役2年6月に処し、なお、被告人は少女の頃に実父から破倫の行為を受け以後本件にいたるまで10余年間これと夫婦同様の生活を強いられ、その間数人の子までできるという悲惨な境遇にあったにもかかわらず本件以外になんらの非行も見られないこと、本件発生の直前、たまたま正常な結婚の機会にめぐりあったのに、実父がこれを嫌い、あくまでも被告人を自己の支配下に置き醜行を継続しよう としたのが本件の縁由であること、このため実父から旬日余にわたって脅迫虐待を受け、懊悩煩悶(おうのうはんもん:悩み悶え、苦しむこと)の極にあったところ、いわれのない実父の暴言に触発され、忌まわしい境遇から逃れようとしてついに本件にいたったこと、犯行後ただちに自首したほか再犯のおそれが考えられないことなど、諸般の情状にかんがみ、同法25条1項1号によりこの裁判確定の日から3年間右刑の執行を猶予し、第一審および原審における訴訟費用は刑訴法181条1項但書を適用して被告人に負担させないこととして主文のとおり判決する。

 この判決は、補足意見、裁判官数名の各意見および反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである』


とされました。


いやー、良かった。

裁判所は、ほんとこーゆう何とか法の網目をかいくぐって、正義を示してもらうことがお仕事じゃないかな、と感じます。


さて、気になるワードが登場しました。


外患誘致罪」。

(ここからは、完全な余談です)


先程ご紹介した判例の影響により、刑法200条尊属殺の規定はその後まもなく削除され、現行法にて統一された普通殺、いわゆる殺人罪より重い刑が課された罪は計4つとなりました。


それが、強盗致死罪強盗・不同意性交致死罪汽車転覆致死罪、そして外患誘致罪4つです。


この内、強盗致死罪強盗・不同意性交致死罪(強盗致死との違いは、強盗と不同意性交を同時に行い、その結果により被害者が致死した事実が認められれば、各々の完遂未遂問わず罪に問われる点)、それに汽車転覆致死罪の3つに関しては、殺人罪の下限刑が懲役6年を許している点に比べ、死刑無期懲役刑しか存在せず厳しいものになっています。


そして4つ目、問題の外患誘致罪(刑法81条)については、なんと法定刑は死刑しかありません。つまり、その罪を犯し裁判で成立が認められた場合、死刑確定ということです。


ちなみに外患誘致罪とは、

外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する』と刑法典に記載されている罪で、


要するに、国家反逆みたいな犯罪のことです。


話が逸れましたが、尊属殺事件のポイントは、

殺人という罪の類型に特に尊属殺というカテゴリを設けたことは、憲法14条1項の意味するところの差別的取扱いにはあたる

・尊属に対する自然的情愛普遍的倫理の維持刑法上の保護に値し(刑法200条の立法目的)尊属殺の背倫理性も特に重い非難に値するため、処罰に反映させてもあながち不合理ではなく量刑上重視することも許されただちに合理的根拠を欠くものとは言えない、刑の加重の極端さ等差別が著しく不合理な場合は違憲となる。

・普通殺に比し尊属殺は刑が重く著しい対照をなす普通殺人罪での立法目的達成も不可能でなく、また尊属の非道行為による事例も多く卑属の背倫理性は必ずしも大きくなく尊属殺の法定刑が重きに失しており立法目的のみでは十分納得できる説明はできず合理的根拠に基づく差別的取扱いとして正当化は到底できない

・結論として、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑に限っている点が立法目的達成に必要な限度を遥かに越え、普通殺に比し著しく不合理な差別的取扱いと認められ憲法14条1項に違反して無効

・最終的に加害者であった卑属(実娘)は、執行猶予付の懲役2年6か月となった。

…という辺りです。


長いですが、それまであった刑法200条の何は良しとされ、でも何がダメとされ、結果加害者に対しどのような判断がなされ量刑がどうだったのか、まで抑えておければ完璧です。


ここホント、試験によく出されます。

引っ掛からないよう、しっかりストーリーで読んでおいて下さいね。


では、4つ目の判例です。


ここから、選挙の投票に関する判例が3つ続きます。

行ったこと、ありますか?


一口に選挙といっても、国会議員(衆・参議院)、地方議員(県・市議会議員)、県知事市・町長と色々あります。


投票の権利については憲法15条で規定されていますし、具体的な選挙制度については権利の後の統治の章で詳しく学びますが、ここでは法の下の平等ということで、投票する1票の価値が平等でない、とされた判例について見ていきます。(いわゆる1票の格差というやつです)


国民に認められた投票する権利(何人に認められた、ではありません)や選挙というシステムは、まさに民主主義の根幹を成すものです。その平等が担保されていないとしたら、問題があるように感じます。


まず、昭和51年春の判例


昭和47年に行なわれた衆議院選挙にて、選挙区内の有権者数の差により、候補者を当選させるための票数に5倍弱の差が生まれていたのは憲法14条に反するとして、選挙の無効を訴えた裁判


結論だけシンプルに言うと、憲法は投票価値の平等を要求しており当該選挙は違憲状態だが、それを実現する区割や定数配分は高難度なので気長に待つべきところ、それも超え全体として違憲の瑕疵を含むものの、選挙を無効にすると弊害が大きいため有効のままにします、というもの。


細かく抜粋します。


『憲法上、国政は、国民の厳粛な信託に基づき国民の代表者が行うものであり(前文)、国権の最高機関である国会は全国民を代表する選挙された議員で組織する衆議院及び参議院で構成するものとされ(41

43条)、国会の両議院の議員を選挙する権利は、国民固有の権利として成年である国民のすべてに保障され(15条)、選挙人資格については、人種、 信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないとされている(44条)』


ま、ここは関連する権利の憲法からの抜粋ですね。


続いて、投票価値の平等に関し考察がスタートします。


『各選挙人の投票の価値の平等は憲法の要求するところであると解するのが相当だが、選挙結果に及ぼす影響力が数字的に完全に同一であることまでも要求するものと考えることはできない。選挙制度の仕組み上、結果的に投票の影響力に何程かの差異を生ずることを免れないからである。

 代表民主制における選挙制度は国民の利害や意見の公正かつ効果的な国政への反映を目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、その国の事情に即し具体的に決定されるべきで、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存するものではない

 わが憲法も国会両議院の選挙について、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきとし(432項、47条)、両議院の各選挙制度の具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねている。それ故、投票価値の平等も制度決定につき考慮すべき唯一絶対の基準でなく他に斟酌(しんしゃく)できる事項をも考慮し公正かつ効果的な代表という目標を実現するため適切な選挙制度を具体的に決定できる

 投票価値の平等は、明らかに反するもの、その他憲法上正当な理由となりえないことが明らかな人種、信条、性別等による差別を除き、原則として国会が正当に考慮できる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。

 もっとも、投票価値の平等が単に国会の裁量権の行使における考慮事項の一つにとどまり、憲法上の要求としての意義と価値を有しないことを意味しない。投票価値の平等は常に絶対的実現を必要としないが、国会が裁量により決定した具体的な選挙制度において現実に不平等の結果が生じている場合、国会が正当に考慮できる重要な政策的目的ないし理由に基づく結果として合理的に是認することができるものでなければならないと解され、その限りにおいて大きな意義と効果を有する。それ故、国会が両院各々について決定した具体的選挙制度は、それが憲法上の選挙権の平等の要求に反するか否か、常に各別に右の観点からする吟味と検討を免れることができないというべきである』


選挙制度の決定は国会の裁量として認められており、100%の公平は難しいものの、憲法からの平等の要請がある以上チェックされますよ、という話。


そして次に、公平な選挙制度の確立がいかに難しいかという話が始まります。


『(当時採用されていた)選挙制度は、衆議院の有すべき地域住民との密接性を考慮しつつ、多数意思の反映を確保しながら少数者の意思を代表する議員の選出の可能性をも残そうとする趣旨と考えられるが、各選挙区の選挙人数と議員定数との比率が必ずしも正確に一致せずその間に多かれ少なかれ差異を生ずるのが通常である。

 それ以外にも、国民生活及び国民感情の上における比重にかんがみ都道府県は選挙区割の基礎をなすものとして無視できず、更なる細分にあたり従来の選挙実績選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画面積の大小人口密度住民構成交通事情地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、更に社会の急激な変化、例えば人口の都市集中化が生じた場合の評価や、政治の安定という要請をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失わない。このように、衆議院選挙における選挙区割と議員定数の配分決定には、極めて多種多様で、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、それらをどの程度考慮しどこまで反映させるかは客観的基準も存在せず、結局は国会の決定が裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかにより決するほかなく、しかも事の性質上、その判断にあたって特に慎重であることを要し、限られた資料や観点からたやすくその決定の適否を判断すべきでないことはいうまでもない』


と国会に理解を示しつつも、


『しかし、このような見地に立って考えても、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分下における選挙人の投票価値の不平等が、国会で通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するとは到底考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきで、このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されない限り憲法違反と判断するほかない


とはしつつも、この一般論を本件に適用する中で、


『選挙当時、各選挙区の議員一人あたりの選挙人数が全国平均との偏差で5対1となっており、社会的変化への対応につきある程度の政策的裁量を考慮に入れてもなお一般的に合理性を有するとは到底考えられない程度に達しているばかりでなく、これを更に超えるに至っているというほかなく、これを正当化すべき特段の理由をどこにも見出すことができない以上、本件議員定数配分下における各選挙区の議員定数と人口数との比率の偏差は選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度になっていた

 しかし、不断に(途切れなく、継続的に)生じる人口の異動といった漸次的な(段々と、少しずつ)事情変化にあっては、選挙の区割や定数配分を頻繁に変更することは必ずしも実際的でなく、合理的期間内に是正されないとき憲法違反と断ぜられるべきと解するのが相当である』


としました。


で結論として、


本件の配分規定は、かなり以前から選挙権の平等の要求に反すると推定される程度に達していたと認められること、更に公選法自身その施行後5年ごとに直近で行われた国勢調査の結果による更正を例とする旨を規定しているにもかかわらず、昭和39年の改正後本件選挙時まで8年余にわたり改正がなんら施されていないことを斟酌すると、前記規定は憲法の要求に合致しない状態になっていたにもかかわらず、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったもの認めざるをえず憲法の選挙権の平等の要求に反し違憲と断ぜられるべきものであったというべきである。

 そして、一旦決定された配分規定は相互に有機的に関連し、一の部分における変動は他の部分にも波動的に影響を及ぼす不可分一体のものと考えられるため、単に憲法に違反する不平等を招来している部分のみでなく、全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解すべきである』


と、実際に当時の衆議院選挙制度全体に違憲があったと認めました。


一方で、それを無効とするかどうかについて、


憲法に反する法律は原則として当初から無効で、またこれに基づいてされた行為の効力も否定されるべきだが、これはこう解することが通常は憲法に違反する結果を防止し、又はこれを是正するため最も適切という解釈によるが、必ずしも憲法違反の結果の防止又は是正に特に資せず、かえって憲法上その他の関係において極めて不当な結果を生ずる場合むしろその解釈を貫くことがかえって憲法の所期に反することとなり、このような場合おのずから別個の、総合的な視野に立つ合理的な解釈を施さざるをえない。

 選挙を当然に無効とした場合、これにより憲法に適合する状態が直ちにもたらされるわけでなく、かえって選出議員が当初から議員資格を有しなかったこととなる結果、すでに同議員の議決を経て成立した法律等の効力にも問題が生じ、また今後における衆議院の活動が不可能となり前記規定を憲法に適合するように改正することさえできなくなるという明らかに憲法の所期しない結果を生ずる。それ故、右のような解釈をとるべきでないことは極めて明らかである。

 これらの事情等を考慮し、本件選挙は憲法に違反する議員定数配分規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示するにとどめ選挙自体はこれを無効としないこととするのが相当であり、選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに、当該選挙が違法である旨を主文で宣言するのが相当である』


としました。


あぁ長い。


ポイントは、衆議院選挙が発端となっていた本件の違憲の判断は、定数配分の難解さから、あくまで合理的期間内に是正されなかった場合に認められた、という部分を押さえておいて下さい。


次の選挙判例も、衆議院選挙の判例。


昭和58年冬に行われた同選挙にて、紆余曲折は経たものの投票価値の選挙区差が最大4.4倍となっており、違憲判決と選挙無効を求めた裁判


さっきの判決と、ほぼ同じです。実際、判文も多く引用されました。軽く紹介していきます。


『憲法14条は国民固有の選挙権につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず投票価値の平等まで要求しており、議会制民主主義の下、国民の利害や意見の公正かつ効果的な国政反映を目的としつつ、政治における安定の要請をも考慮しながら、各国の実情に即して決定されるべきで、そこには普遍的に妥当する一定の形態が存在しない

 憲法は両議院の選挙制度の具体的決定を国会の裁量にゆだねており、投票価値の平等は唯一絶対の基準ではなく、国会が正当に考慮できる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。

 投票価値の不平等は、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお一般に合理性を有するとは考えられない程度に達しているとき、もはや国会の合理的裁量の限界を超えていると推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを得ない。

 議員定数配分規定は、憲法上要求される合理的期間内の是正が行われないとき初めて憲法に違反するというべきである』


うん、一度見聞きした内容ですね。


『本件選挙当時の投票価値の不平等は、国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたというべきで、また公選法制定後の議員定数配分規定のいずれかの改正時に合理性を有すると考えられるような改正が行われたものとみることもできず、他にこれを正当化すべき特別の理由を見出すことはできない。したがって、本件選挙当時における投票価値の不平等状態は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものというべきである。

 昭和50年改正の結果として不平等状態は一応解消されたが、その後右較差は漸次拡大しその間何らの是正が行なわれなかったことは、不平等状態が違憲の程度に達したかどうかの判定が国会の裁量権の行使として許容範囲内かどうかという困難な点にかかるものである等のことを考慮しても、なお憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかったものと評価せざるを得ず、本件定数配分規定は違憲と断定するほかなく、また性質上不可分の一体をなすものと解すべきで、憲法に違反する不平等を生ぜしめている部分のみならず、全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解すべきである』


そして、選挙の無効についても同じ理由(いわゆる事情判決を適用し、選挙無効の結果余儀なくされる不都合の回避)を根拠に(違憲状態だが)有効、としました。


では、次の判例に行きます。


同じく衆院選ですが、こちらは当時「1人別枠方式」と呼ばれた47都道府県に予め1議席を無条件に配分し、その後投票を行なう制度の選挙で、結果として較差が大きく無効を訴えられた裁判です。


元々、1人別枠式は「少人口の県に居住する国民の意思をも十分に国政へ反映させる」という趣旨なのですが、、、、、


めちゃ長い。一旦終わりましょう(笑


続きは後日。