「今が大事なんだ。」
「明日はこないかもしれない。」
今を大事に生きなくちゃいけない。
この言葉に違和感を感じるのは僕だけだろうか?
多分、この言葉というより言葉の方向を間違って捉えている人が多すぎることに違和感を感じるといったほうがいいかな。
。。
あ。ちなみに僕のブログの内容は数ある人の数の中の一つの論や意見だとして見てみてくださいね。
批判やまた違った見方があるかもしれないけど、それはそれでその視点での答えだからその思考は大切にして読んでください。
。。。
話を戻します。
「今が大事。」
今っていつですか?
物理時間の「今」なら今はもうすぐに刹那に過ぎていく。
刹那に過ぎたなら今を大事にするって思った瞬間はもう今じゃないから「今を大事に」が難しくなる。
何が言いたいのか?
明日になれば明日に生きている自分は「今」になる。
明日になって「今」になればまた「今を大事に」なんて言う。
明日は今にとって今じゃないのに「今を大事に」と言っている自分が今にいない矛盾が起こる。
屁理屈言っているわけじゃないよ。笑
問題はどこにあるか?
言いたいのは
「今を大事にする」= 「今以外の時間は大事じゃない」にはならないってこと。
今も明日も明後日も過去も未来も死後も孫達の世代もその後の時代も大事になる。
多分この言葉は
"今一生懸命やらなくても明日がある、次があるから大丈夫"
という惰性に喝を入れるために"今を一生懸命に生きよう"という高尚な意味で使われた言葉なんだろうけど
僕には今が大事だから明日がくるかわからないから、「貯金なんてしない。」「将来のことは考えてもしょうがない」「今が楽しければそれでいい」なんて類いの惰性にこの言葉を使う人がいる現状がちらほらとみえたりしてなんだか違和感を感じる。
もっと言えば
過去とか未来とか明日とか明後日とか昨日とか1分後とか何秒前とか水曜日とか8月とか全部人が作った時間の概念だからその時間の仕切りを全部取っ払えば
全ての時間は「今」に内包されるわけだから
「今を大事に」ということは
全ての時間を合わせて大事にすることかな。
なんて思っている2015年8月31日(月)13時14分の昼の時間でした。