今日は節分です。

近くのお寺や神社などでは、豆まきの行事が行われている
処もあるでしょう。
もともと、節とは、四季それぞれの季節の変わり目に
使われていましたが、この立春前の節だけを「節分」として
残るようになったのです。
この節分の由来は、あまたの本、ネットの解説に譲るとして、

以前、身体感覚講座に参加していた時、
講師の松田恵美子先生から、面白い話しを伺いました。

立春を前に
「なんで節分に鬼なんだー?」
単なる邪気を追い払う、ということではなくて

つまりあの角2本生やした鬼とは何者か?
なぜこの時期に登場するのか、という事です。


この春に向けて、身体も変化します。
梅、桃、桜の開花と呼応するかのように
今まで閉じていた頭蓋骨、肩甲骨、骨盤は徐々に開き始めます。
今まで溜めていたものを外に吐き出す時期でもあります。

鬼の表情を思い出してください。

憤怒の表情ですね。
まさに内側に溜めていたものを吐き出す表情。
「鬼になる」というのは、
広く使われる言葉ですが、
その「憤怒」状態になったときに、
お腹の腹直筋が緊張で固くなります。
これが「腹が立つ」状態。
この腹直筋をそのまま頭頂まで伸ばしたラインが
「鬼の角」なんだそうです。

両黒目をそのまま上に伸ばし、
耳のラインを横から頭蓋骨に沿って頭頂へ。
この交差する2ポイントが、まさにそこ。
押すとちょっと痛い、です。

相棒がいる方は、そのポイントを両親指を重ねて
優しくプッシュしてもらいます。

正しくケアしてもらうと、腹直筋がゆるみ、
「腹が立つ」も改善されるようです。

先生の説明は、これに留まらず、もっと面白くて示唆に富んでいるのですが、
私の記録はここまでです。

でも角が私たちにもあるなんて、意外(でもないか)だし、
面白いですね。

できれば、角をださずに生活したいものですが、
あまりに押さえ込むのも考えもの。
憤怒の鬼も、怒りを出し切ればそれなりに美しい、かな?



http://kotohogi.xyz/about.html



さあ、社殿の前に立ったあなた、
頭の中はお願いごとや、達成したいこと、
問題解決したいことで一杯です。
お賽銭を入れて、二礼二拍手一礼も滞り無くすませ、
手を合わせて、いざお願いごと…。
いえいえ、まだです。
ここ大事ですから。

目上の人にお会いした時に、
いきなり、しょっぱなから頼み事しませんよね。
まずは、相手の方の健康や様子を気遣う言葉から
入ります。
お元気ですか、とか、お世話になっています、とか。

神社参りも同じです。

ここで最初にするのは、
神社、もしくは聖域の主である存在に対しての
感謝とねぎらいの言葉です。(勿論心の中で)

神社には、様々な人達が願いを込めて、
お参りをしますが、
その願い、祈りのエネルギーたるや
膨大な質量ではないかと、想像します。

近年、人の意識の計測ができる時代になりました。
そうしますと、祈りの真剣度が高い程、その場に集積される
人の意識の質量は多いということになります。

それを一手に引き受けている場は、
例えるなら、
クレーム処理で疲弊している
部署のようなもの。
だからこそ、氏子、そして地域を守って下さる事を
まずねぎらい、感謝します。

そして、もし感覚的にその場が荒れていると感じたら、
できる方は、意識の中でそこを浄化してあげてください。
想像でいいですから、その場全体を光で満たしたり、
もしくは、場の浄化法を体得している方は、
重い想念を創造主や宇宙のもとに送ってあげる、
まずこれをして差し上げます。

場が荒れる、とは2通りあります。
例えば有名な神社、特に現世利益が目玉の処は、
それゆえ人が詰めかけ、多くの願い、祈りをしていくのですが、
多くの人が集まるとは、場もそれなりに様々な人々のエネルギーが
刻印されているので、その分土地が荒れていきます。
丁度、ぬかるんだ土に沢山人が踏むと、足跡が入り乱れて残りますよね。
それが見えない空間に形として残っている、そんな感じ。

神社側も人集めのために、
以前はなかった「厄よけの岩」だの、縁結びだのを
設定して、あの手この手で人を呼び寄せようとしますが、
元来なぜそこに社が建てられたかの本筋を忘れて
安易に現世利益や厄払いに
人がお金を落とす仕組みを作っています。
神社だって、維持にお金が掛かりますから、
知恵を絞り、
収入を上げる事自体は問題ではありませんが、
欲に走りすぎて、管理する側の意識が低くなると、
それも場を荒らす原因に繋がるのです。
ちなみに鎌倉にはそういう神社、ごろごろあります。
10年前にはなかったはずの「縁結び」の看板が
大きく掲げてあったり。
嘆かわしいー。

もう一つは、レイラインのお話でも紹介しましたが、
もともと厄、災いを抑えるために設置された神社などです。
結構こういう神社は多くて、これも人間が自分たちを
守るために「毒をもって毒を制す」的な考えから設置されました。
ゆえに「なんか暗い」とか、荒れていたりとか、
単に取り去ってしまうと祟りがありそうだから、残しておこう
的な消極的設置に至る処が多いのです。

こちらも、せっせと「厄」が地域に入らないように
身体(?)を張っているのに、
どうしても役目の性質柄、暗くなりがち。
京都等の超メジャーな厄封じ神社は別として、
「ここ、暗いわねー、なんか寄りたくない」の
一言で片付けられてしまう…。
これはお気の毒というものです。

産土、鎮守で荒れた、寂れた神社が判定された場合、
メジャーなところでないと、不服顔にならず、
ここの大神様たちのご苦労を偲んでください。
こういう場こそ、尚更のねぎらい、感謝を必要としているのです。







産土参りは、やはり一番自分と繋がりの強い
土地ですので、
人生の節目、ここぞと云う時にお参りするのが
良いとされています。
いわば、オールマイティのカードのようなもの。

一方、鎮守は 生涯引っ越し等で 変わるので、
その時々の具体的な項目、例えば仕事や結婚などに、
良いとされています。
あみさん、私もサロン、マンション探しはこの
鎮守参りから始まりました。
また結婚のご希望があり、
一緒にこの勉強をした方は、
鎮守参りを奨められ、
去年の年末、見事結婚されました。

産土が遠方にあり、なかなか行けない場合は
鎮守参りの時に、鎮守経由で産土の神様に
ご挨拶、自分の気持ちを伝える、という事もあります。

さあ、お願いしたい項目は決まった。
産土、もしくは鎮守神社の本殿の前に立って、
いざ、お願いごと…。

まだですよー、早まらないで下さいー。
まず、お賽銭の入れ方です。
(口うるさいお姑モードですが)

よく、力任せにお金を賽銭箱に投げつける人を見かけますが、
もし私たちがお金をいただくときに、相手から投つけられたら、
どんな気持ちがします?
神様の方も、小銭を投げつけられた上に、
やれ、収入だの、昇進だの、合格だの
てんこ盛りに頼まれたら、
へっ、やってらんねーや!みたいな気分になっても
おかしくないと思います

お賽銭は、丁寧に静かにお賽銭箱に入れましょう。
もちろん人が多くて、ままならない時もあるでしょうが、
要するに「尊敬」を込めて、ということです。

さあ、いざお願いごと…。
そうじゃないんだなあ、これが。