ロンドン五輪開会式:英国の歴史と多文化の誇りを結集 | マレー・ファン@ラブテニスワールド

マレー・ファン@ラブテニスワールド

英国テニス・ナンバーワン選手のアンディ・マレーを応援しながら、
ロンドンでの暮らしを綴るブログです♪
マレーがついに2012年ロンドン五輪で金&銀メダリストとなりました。
一緒に応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!

先週の火曜日、うちの前を聖火リレーが通り過ぎたと思ったら、
あっという間にロンドン五輪が開幕!

今日から各地で様々な競技が行なわれていますが、私もさっきまで
自転車ロードレースで声を張り上げて応援してきました。
残念ながらGBチームはメダル獲得なりませんでしたが、このあと
マレー兄弟のダブルス戦で再び燃えます!

さて今日のブログでは私の記録として、英国の背景なども交えて、
開会式の内容を振り返りたいと思います。

***

開会式の当日の朝は、朝8時12分から3分間『All The Bells』という
イベントが行なわれました。前回のブログにもちらりと書きましたが、
全国の鐘とベルを3分間いっせいに鳴らし続けるというもの。
ビッグベンに先導され、イギリス各地でベルが鳴らされました。

それと同時進行で、最終聖火リレーのボートがロンドン西南のハンプトン・
コート宮殿からオリンピックスタジアムのある東へとテムズ川沿いに出発。
ということで、8時45分には私の家の真後ろを流れる川沿いで、
最後の聖火リレー見学ができました!


火曜日に見に行った路上の聖火リレーでは、目の前にびっしりの警官と人々が
立っていてほとんどよく見えなかったのですが、今度は目の前に障害物が
なかったので、じっくりと見物することができて超感激!
テムズ川を聖火ボートを含む何艘ものボートがゆったりと進むのを見ながら、
ひたすら感動に浸りました。

そして夜9時からは、いよいよ待ちに待った開会式。


カウントダウンが行なわれたあと、ツール・ド・フランスで総合優勝を
果したばかりの自転車選手、ブラッドリー・ウィギンズが欧州一大きな鐘を
鳴らし、いよいよ開幕!


くまのプーさんから産業革命まで

英国を『The Isles of Wonder(感嘆すべき島々)』と称し、まずは
19世紀の牧歌的なイギリスの風景から始まります。
芸術監督を務めた映画監督のダニー・ボイルは、羊や馬などの本物の家畜や
芝生を使い、イギリスの児童文学『たのしい川べ』『くまのプーさん』
世界を作り上げました。

この遠い昔の平和な英国の風景に合わせて、少年合唱団が国歌を合唱し
英国人の感傷を誘います。

牧歌的英国に変化が訪れたのは、イギリスの産業革命の到来。
グレート・ウェスタン鉄道や大西洋横断汽船を設計した英エンジニア、
イザムバード・キングダム・ブルネル(俳優ケネス・ブラナー)が
ドラムのビートとともに登場、シェイクスピアの『テンペスト』の一節を
朗読します。


ドラムを叩いていたのは耳の聴こえないドラマーとして有名な
スコットランド出身のグラミー賞受賞者、エヴェリン・グレニーです。
彼女は聴覚障害を負いつつも、身体で音を感じるミュージシャンとして
活躍しており、今回はなんと千人のドラマーを先導しパワフルなドラムを
披露しました。

産業革命を象徴する工業用の大きな煙突が次々にそびえたち、牧歌風景を
壊していきます。このシーンに現れる作業員役のボランティアたちが
着ていたコスチュームは、4ヶ月をかけて『作業着らしい使い古された姿』に
変貌しました。


英国の歴史的文化遺産を象徴するかのように、グライムソープ・コリアリー・
バンド
(1930年代から続くブラスバンド)、チェルシー・ペンショナー
(退役軍人)、ビートルズのサージェント・ペッパーたちが登場。
また婦人参政権運動の代表的役割を果したパンクハースト姉妹率いる行進も
行なわれました。

でもこのエピソードで最も圧巻だったのは、観客の目の前でオリンピックの
輪が鋳造されるというシーン。


この輪が空に浮かび上がるとともに空中で五輪が作り上げられ、光の
シャワーで会場を美しく照らし出すという、史上もっともドラマチックな
『五輪』のシーンとなりました。


開会式が夜9時に開始となった理由は、夏時間でロンドンは夜9時過ぎまで
明るいためとのことでしたが、この圧巻シーンを見たあとは、誰もがそれに
納得でした。


女王陛下の007

感動に浸っていた観客は、次に上映された007の5分間の映画で、ダニー・
ボイルに不意打ちを食らわされます。

ダニエル・クレイグ扮するジェームス・ボンドがバッキンガム宮殿に参上。
エリザベス女王をオリンピック・スタジアムまでエスコートするのが
今回のミッションです。

この映画では、なんと実際のバッキンガム宮殿がロケに使われたばかりか、
女王陛下が初めて映画出演!
今年3月に『実際の国家機密』として撮影された貴重な映像が、
10億人の視聴者の前で世界初公開となったわけです。


007と女王陛下がヘリコプターでバッキンガム宮殿を飛び去ったあと、
実際のシーンに切り替わり、ヘリコプターが会場上空に登場。


ここでなんと女王陛下がパラシュートで飛び降りるというあごが外れるような
演出のあと、本物のエリザベス女王が会場に登場。ブラボー!
王室側もよくぞこの演出を承諾したものです。ボイルの努力、素晴らしい!

と笑いが収まらないうちに、再び会場は感動に包まれました。王室メンバーが
見守る中、英国陸軍、海軍、空軍の軍人がユニオンジャックの旗を掲げます。
それに合わせて国家を歌うのは、聴覚障害のある子供たちから成る
コアス手話合唱団

耳が聴こえないながらも、手話を使って素晴らしい歌声を聞かせる
子供たちの姿に、観客の胸も熱くなりました。



NHSよ、永遠に

さて、次のシーンでダニー・ボイルは再び観客を驚かせました。
過去の五輪開会式では政治色を出さないという暗黙の了解がありましたが、
ダニー・ボイルはここで五輪の常識を打ち破ります。

英首相に就任して以来、NHS(国家保健システム)の予算を大幅に削減する
デビッド・キャメロンに対する挑戦であるかのように、
「我々のNHSに手を出すな」というメッセージを送りました。


19世紀に設立されたグレート・オーモンド・ストリート小児病院は、
ピーターパンの原作者バリー卿が著作権を寄付したことで有名です。


パジャマ姿の子供たちと看護婦たちが320台のベッドをグレート・オーモンド・
ストリート小児病院(GOSH)のイニシャルに並べた後、NHSのイニシャルに
並べ替え、世界中にNHSをアピールするメッセージを送りました。


このシーンを見ていて、私は涙が止まりませんでした。学生時代に急病で
病院に初めて行ったとき、治療費が無料だと知って驚いたとともに、
外国人にも無料医療サービスを提供している英国の寛容さに感動したことを
改めて思い出したからです。

今は私も税金の一部としてNHSへ貢献していますが、このシステムは英国が
誇る素晴らしい福利厚生であり、ダニー・ボイルのメッセージは心の底から
共感しました。

また英国が生み出した児童文学へのオマージュとして、ピーターパンを
読みながら想像にふける子供たちを驚かすかのように、ハリー・ポッターなどの
悪役たち(キャプテンクック、ヴォルデモート、クルエラ・ド・ヴィル)が登場。

もちろんそこに現れたのは子供たちの味方であるメリーポピンズ。
悪夢は見事に消え去り、子供たちとともに胸が弾むシーンとなりました。



イギリス映画、テレビ、音楽、インターネット

次はイギリス映画へのオマージュ。パリ五輪を舞台にした映画『炎のランナー』は
見たことがなくても、ヴァンゲリスのテーマ曲は聴いたことがあるはずです。
このテーマ曲に合わせて、数々のイギリス映画の名シーンが紹介されました。

ロンドン・シンフォニー・オーケストラの演奏に飛び入り参加したのは、
Mr. ビーンで知られるローワン・アトキンス
途中ティシューをカバンから取るために傘を使ってキーボードを弾いたりと、
相変わらずのMr. ビーンぶりで会場中を笑わせました。


シーンはそこからイギリスの時代を反映する文化へと移り変わります。
会場の真ん中に立ったどこにでもありそうな郊外の家。その壁には、英国を
象徴するブラックコメディ番組、ブラックアダー(ローワン・アトキンス主演の
英国史を皮肉ったコメディ)、モンティパイソン(テリー・ギリアムを含む
6人のコメディ集団)、ハリーヒル(コメディアン)などの名シーンが
映し出されます。

またマイケル・フィッシュの有名な『あの天気予報』までが登場。
これは日本の方には何のことか分からなかったと思いますが、80年代、
マイケル・フィッシュはBBC天気予報の人気者でした。

ところが1987年10月、「
ハリケーンが来ると聞いてBBCに電話してきた
女性がいるけど、ご心配なく。強風が吹くけど、ほとんどはスペインに
停滞しますから」
と予報した2時間後、猛烈な嵐がロンドンと
イギリス南東部を襲いました。

このハリケーンは記録的なダメージを与えたばかりか、18人が死亡という
284年ぶり最悪の災害に。それとともに、マイケル・フィッシュの予報も
『史上最悪の天気予報』としてテレビ史上に残ったわけです。
そのおかげで五輪開会式にも参加することになりました(笑

マイケル・フィッシュの史上最悪の天気予報
 

また60年代~現在に至るイギリスのロック&ポップミュージックに合わせて、
二人の男女の恋が芽生えるというミニ・ミュージカルが演じられました。

ビートルズ、ローリング・ストーンズ、キンクス、デビッド・ボウイ、
セックス・ピストルズ
からラッパーのディジー・ラスカルまで、英国文化を
象徴してきた音楽とともに、観客たちは3Dメガネをかけて3Dの映像と
ダンスを堪能。もちろんBBCも3Dでテレビ放映です!

英ポップ文化を象徴する家が取り払われると、ワールドワイドウェブの
発明者である英コンピューター科学者、ティム・バーナーズ=リーが登場。

会場の観客たちがLEDライトで「THIS IS FOR EVERYONE」という
スローガンを掲げました。彼の発明がいかに世界のコミュニケーション文化に
革命をもたらしたかを改めて実感した瞬間です。


このショーの締めくくりでは、戦死者と7月7日のロンドン地下鉄テロの
被害者たちに捧げるダンスが行なわれ、戦争と平和をテーマに、
ドラマチックな希望の太陽が上りました。


五輪参加国の入場行進

この息もつかせぬショーが終わった後は、いよいよ204カ国の五輪参加
選手たちの行進です。1000人のドラマーたちのリズムに合わせ、
次々に各国の選手たちが入場。

残念ながら、テニスGBチームは次の日に試合が入ってしまったので、
全員が開会式参加を禁止されてしまいました。
アンディ・マレーの姿を見たかっただけに本当に残念です…(涙


ということでマレーの姿は見られないものの、この入場行進でもちろん私が
注目していたのは日本、そして最後のグレートブリテン・チーム。
また各国のコスチュームと選手たちの誇らしげな笑顔が素晴らしかったですね。

ただ有名テニス選手たちを持つ国は、ジョコヴィッチ、ワウリンカ、
ラドワンスカ、シャラポワなどが旗手を務め誇らしげに登場。
ああっ、羨ましすぎる~っ!

203カ国の選手たちが出揃ったところで、いよいよチームGBの登場!
世界の人口70億人分の紙ふぶきが吹く中、241名の選手たちが登場しました。


全参加国の国旗が立てられた後は、五輪象徴である白い鳩とイギリス自転車
チームの成功を祝って、鳩の羽根をつけた自転車がアークティック・
モンキーズ
の曲に合わせて登場。最後は鳩の自転車が空を舞い上がりました。



オリンピック聖火の点灯

エリザベス女王が正式にオリンピックの開幕を発表した後は、いよいよ
五輪聖火がオリンピック・スタジアムにやってきます。
聖火を乗せたボートに乗るのはデビッド・ベッカム


さてベッカムが開会式で担うことになったこの重要な役割には、
実は大きな背景があります。

デビッド・ベッカムはロンドン五輪誘致キャンペーンの際に、イギリスの
代表として多大な貢献を果しました。また五輪開催決定後も、
五輪大使として世界にロンドンをアピール。


この貢献を称え、ロンドン五輪開催の暁には、当然のことながらベッカムが
五輪代表に選ばれるものと思われていました。
ところがGBサッカーチームの監督
スチュアート・ピアースが、ベッカムを
最終チームに選考しないという、誰もが予想しなかった大事件が!


これで大慌てしたのはオリンピック委員会の関係者たち。
というのも委員会は「当然のことながらベッカムを選ぶだろう」とたかを
くくり、ピアースにチーム選考の権限をすべて与えてしまったからです。
つまり、スチュアート・ピアースは五輪委員会の鼻先で
彼らを裏切った(?)ともいえます。

また国民からも批難の声が上がりました。23歳以下の選手で構成される
若いチームにとって、元イングランドキャプテンで世界的な存在である
ベッカムと肩を並べて戦うことは大きなインスピレーションを与えるはずです。

ところが30歳以上の選手枠で選ばれたのは、実兄の妻を寝取って
スキャンダルを起こしたばかりのライアン・ギグス。最近では元イングランド・
キャプテンのジョン・テリーの人種差別発言が裁判になっており、
英サッカー全体のモラルも問われています。

そんな中、国のために尽くしたベッカムとモラルを無視したかのような
ピアースの選択は、五輪代表チーム監督として本当に正しかったのか…と
疑問を持たれるのも当然ですね。

ということで、すっかり顔がつぶれてしまった五輪委員会は、ベッカムに
恩返しをするためにも、開会式での最後の聖火リレーを運ぶ役割を与えたと
いうわけです。
ベッカムの存在感は、芸術監督のダニー・ボイル本人でさえ
「鳥肌が立った」というくらい、ドラマチックなものとなりました。

さてこの聖火ボートがオリンピックパーク沿岸に到着し、英ボート選手で
金メダリストのスティーヴ・レッドグレーヴに聖火がリレーされ、
いよいよ会場内に聖火が入ってきました。

ここで再び感動の嵐を巻き起こしたのは、有名選手が最後の聖火リレーを
終えるのではなく、英国スポーツの将来を担う無名の若手選手たち7名に
聖火が引き渡されたことです。

今開会式の『英国スポーツの過去・現在・未来を祝う』というテーマに
最上の選択となりました。


7人の若手選手たちが会場の中心に現れた204ヶ国の花びらに聖火を灯すと、
火は次々に輪を描いて広がり、最後は一つの聖火として結集。


エンディングはポール・マッカートニーのヘイ・ジュードで締めくくられました。

この4時間に渡る目を見張るようなセレモニーが終わったのは、何とイギリス
時間の1時過ぎ。
五輪の開会式がこんなに遅く終わったのもおそらく前代未聞だと思います。

芸術監督を務めたダニー・ボイルいわく「創造性、繁盛、そして全英国人の持つ
寛容さを祝う式典」
というだけあり、関係者たちからの圧力にも負けず
彼のビジョンを貫き通し、『英国の歴史・革命・多人種文化・音楽・芸術』を
結集した壮大なイベントとなりました。

おそらくここまで文化と表現の自由を許容する五輪開会式は、
今度もそうなかなか見られないことでしょうね。