本当のこと。 ダンマ・ディンニャ(木村里恵) -32ページ目

本当のこと。 ダンマ・ディンニャ(木村里恵)

「あなたはどんな時も最高に輝いている」ことをお伝えするためのブログ。「一人ひとりが自分を許し、本来の自分になることで、世界中が平和になる。」と信じて、「出産に向けて想いを馳せる女性」を対象にした合宿やセミナーを行っている。

今回のカンボジアで

たくさんたくさん感動して

毎日泣いてた。

たくさんの再会。

ツアー参加者さんと一緒にやった

カンボジアでのバースカフェ。

広島の人たちの手によって

同じ心の痛みを持つカンボジアと 共に

世界平和を願って作られた 広島ハウス。

日本語だけでなく

生きた日本の文化とあり方を教える

田山日本語学校の エネルギッキュな学生たち。

スタディーツアー恒例の

感想交流会と別れと旅立ち。

どの瞬間もキラキラと輝いていた。

そんな中で 1番心に残ったこと。

くっくま孤児院の子どもたち。

彼らが踊るクメールダンスを 見たときには

嗚咽。

今を輝かせて 思い切り踊る

光の中の子どもたち。

感動と感謝で

涙が止まらなかった。


10年前

まだ私がカンボジア担当だった頃

この子たちは

いたるところで雨漏りのする

薄暗い孤児院で

身体を寄せ合うように 暮らしてた。

部屋に置かれたタオルケットも

濡れていた。


食べるものも十分ではなくて

ほんの少しの野菜の入ったスープと

おかゆしか食べたことがなかった。

靴は一度も 履いたことがなかった。



その彼らが

今 学校に通い

カンボジア伝統のクメールダンスを練習し

朝5時から練習し

お腹いっぱいご飯を食べることもできて

訪れる日本人やお客様に

食べ物や 笑顔や パワーや

自分にできること全てを

何の恐れもなく

喜びと共に 分け与えてくれている。



その彼らの姿に

涙が止まらなかった。




ありがとう。


ありがとう。


ありがとう。




楠美和さんという女性が

この孤児院と出会い

この孤児院のお母さんになると決めて

この10年間

この孤児院で

がんばってくれていた。



そしてそれを支える

メイクザヘブンカンボジアのスタッフのみんな。


子どもたちを見たら 一目でわかった。


美和さんや

それを支える森絵美子さん

スタッフの皆さんが

どんな気持ちで

生きてくださっていたのか。



そしていつも


その思いを


支えて下さる


人たちの 存在が


あったんだ。




ありがとう。


ありがとう。


ありがとう。



思いを持ち続けること。


いつもいつも どんな時も


思いを持ち続けること。


そして できることを し続けること。



その日々の尊さ。



その日々を


この子たちも


そして


私たち自身も



生きていたんだ。



これからも



生きていくんだ。




いつも


周りには


仲間が


支えあえる命が


ある。


必ず。


どんなときも


必ず。



だからね




安心して


生きていこう。


いつも。


いつも。



今日も。



明日も。



みんなと一緒だよ。



☆くっくま孤児院は メイクザヘブンカンボジアプロジェクトが支援しています。
メイクザヘブンカンボジアプロジェクトは この秋新しい団体に生まれ変わります。
これからもみなさん 応援よろしくお願いします。

ある幸せな一日。

13年前

一番最初に

私がカンボジアでしたこと。

スラム街の子どもたちと遊ぶ。

子どもたちの夢を聞く。

子どもたちが学校に通えるように

日本のみんなに応援してもらう。

毎日バサックスラムと呼ばれるスラム街に通って

一緒にご飯を食べて

遊んで

話して…

今回3年ぶりに

バサックスラムのみんなに会えた。

そこで孤児院をしている ソカァママとパパに再会。

ここに

ここで

ちゃんと 生きていてくれた。

ちゃんと 生きていてくれた。

離れていても

流れていた

お互いの時間。




元気でいてくれて

ありがとう。




夕方からは

私が 13年前 カンボジアに通う きっかけをくれた女の子

ガルナと会う機会を

このスタディーツアーを企画運営している

メイクザヘヴンカンボジアスタッフの

えりこが作ってくれた。

ガルナは

ソカァママの所で 孤児として暮らしてた。

その頃

兄弟のように一緒に 暮らしていた

ホンちゃんや ラッケナーも来てくれた。

ガルナはずっと美容師になりたくて

今美容師になって

自分の店をオープン。

ずっとずっと 応援しているよ。

何があっても

どんなガルナも。

そしてガルナたちと別れる直前

13年前通訳をしてくれていた

サンちゃん家族とばったり!

ガルナもサンちゃんも

私が初めてカンボジアに来た日に 出逢ったんだ。

何の約束もしていないのに

みんなで集合。


いつも

いつも

この世界は

完璧なタイミングで

すべてが流れているんだ。


そのことを

垣間見れた

そのときだけでなく

いつも

いつも。


そのことに

気がつく

プレゼント。

神様の計らいに感謝。

ありがとう。

そうだ!やっぱりカンボジアに行こう!

まだ子どももいなかった

学生あがりの私は

きれいな服を着るのが好きだったし

夢を叶えるために勉強するのが好きだったし

お誕生日をお祝してもらうのが好きだった。

それは今も 好きなのだけど

だれかに なにかを してあげられたときの 喜びを

教えてくれてのも カンボジアだった。

片道3時間かけて 川まで歩き

バケツに2つの水を汲みに行く 子どもたち。

その家の庭に井戸を掘った時の

あの歓喜の表情。

ボランティアって 良いことをしてるとか

良いことをしてると 思ってることをするのはかっこ悪いとか

色んな見方があるのかもしれないけれど

そんなこと どっちでも 良いのだよ。

かっこよくても かっこ悪くても。

ただ自分が良いと思えることをして

喜んでいる人のその顔を

見せて頂ける喜び。

いつも頂くのは わたしだった。

親になって思う。

してもらえた時の喜びと

してあげられた時の喜び。

してあげられたと思えた時の満足感が

自分が 生きることへの 意欲を

より強くするのだと 思う。

そしたらね

してもらえたときの 気持ちも

なんだか変わってくる。

あぁしたいと思ってくれたんだね。

そこに喜びを感じてくれているんだね。

ってその心が嬉しくなる。

お母さん!

子どもたちをカンボジアへ

送り込んでください~

小学生から一人で参加できますよー!

現在参加人数25名。

子どもたち11名。

最終締め切り7月10日
残り2席。

スタディーツアーの詳細はこちら
maketheheaven.com/cambodia/study

そうだ。

カンボジアへ行こう。

私がカンボジアと出会ったのは

25歳の時。

22歳で大学を卒業し

小学校の教員になって

24歳で教員を辞めて日本の旅。

そこでの出会いの中でカンボジアへ。

カンボジアのスラム街で出会った

キラキラの子どもたち。

なんであんなにキラキラしているのか

彼らとぐちゃぐちゃに

どろどろになりながら

毎日遊んで

カンボジアを発つ空港に向かうため

スラムにお別れ。

そのとき

ひとりの女の子が

私のTシャツの裾を引っ張って

こう言った。

「私のお姉ちゃんになって」

それからわたしは

気がつくとその年

11回カンボジアに通ってた。

がルナに会うため。

いつの間にか

私にとってカンボジアは

実家よりも近い場所になっていた。

カンボジアという

日本でない

その国に

大切な人がいるということ。

その想いが

この地球の

だれかとの

つながりを教えてくれた。

ここではない

そこにもまた

だれかの

大切な人がいる。

地球がとても

小さく見える

愛しく感じられるできごと。

きっと

世界平和の第一歩は

そんなに難しいことではないのかもしれない。

大切な人が

あの国にもいる。

その気持ち。

そうだ

カンボジアへ行こう。

7月30日~8月7日まで

今回3年ぶりに

メイクザヘヴンのスタディーツアーに

同行させてもらって

カンボジアへ行きます。

一緒に行こう。

世界平和

ここに♪

スタディーツアーの詳細はこちら
maketheheaven.com/cambodia/study

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『妙心さま』

奥社の鳥居の前に

座らせて頂いていると

おひとりの

腰の曲がられた

ご婦人が

私の前を

通り過ぎ

ふっとこちらを

振り返られた。


目が合い

すっと私の前に

座られる。


「妙心と申します。

 高野山の尼です。 

 84になります。

 一枚お願い致します。」


彼女の瞳を見て驚いた。

それはまぎれもなく


仏様だった。



小さなお色紙に

お名前を書かせて頂いて

後に続けて

言葉を書き入れようとすると

お名前を間違えていることに

気がついた。


「妙子」


わたしは

そう

書いてしまっていたのだ。



「ごめんなさい。 

 お名前を間違えて

 書いてしまいましたので 

 もう一度書かせて頂きます。」


すると彼女は

おっしゃった。


「いいんですよ。 

 妙心でも 

 妙子でも 

 別に 

 どちらでも 

 構わないのですから。」


そのお返事には

ほんの少しのうそも

隠されてはいなかった。



わたしは

「妙心」

と書きなおして

もう一度

彼女の瞳を見た。


やっぱりそこには

お釈迦さまが

いらっしゃった。


わたしは

手が震えて

続く言葉を

うまく書きあげることが

できなかった。


妙心さまは

私の書いた下手なお色紙を

受け取られると

立ちあがろうとして

よろめかれた。



「大丈夫です。 

 次の方がお待ちです。」



私は次の方の

お名前を尋ねた。


お客様が途切れると

わたしは立ちあがって

妙心さまを探した。


走りながら

涙が止まらなかった。


せめて

よろめかれた

体を

お支え申し上げたかった。


「今日は 

 仏様に 

 会った。」


妙心様が

立ち去られるときに

言い残された

その言葉に


わたしが妙心さまなのか

妙心さまがわたしなのか


わからなくなった。



守ってくださっている。

守られている。


いつも

いつも

いつも

いつも

変わらず


守られている。


それはわたしが

幼かったころに

母に抱いていた

あの安心感。



わたしが

この子たちの

仏様で

あれますように。






画像 わきたけいこさんの作品 http://www.kibori.biz/