カツラもだめですよね。
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「今日も素敵なお召し物ですね」
梅沢夫人は玄関に膝をつきながら、夫の被る『帽子』を褒めた。
「うむ、行ってくる」
梅沢茂夫は靴べらを使って足を靴に滑り込ませてからドアノブをつかんだ。『帽子』を褒められたことで彼は上機嫌だった。
「行ってらっしゃいませ」
夫人は両手を膝の上に重ねて軽やかに見送りをした。
爽やかな春の出来事であった
◇
時は西暦二〇XX年、日本国国会に置いてとある一つの法案が提出され世間の話題をさらった。
“国会内でのかつらの着用を禁止する“
その法案が提出された経緯には時の首相森村誠一が議場にかつらをかぶって登場した事にある。その日は自衛隊の海外派遣についての白熱した議論が交わされていた。そして与党と野党が一進一退の攻防を繰り広げる中で一人の野党議員が飛ばしたヤジが問題となった。
「うるせえ、このかつら野郎!」
これに敏感に反論したのは首相の取り巻きの議員たちだった。
「かつら野郎とは何だ! かつら野郎とは! 謝れ!」
「かつらだからかつらっつたんだよ!」
議場はもめにもめ与党議員が身を乗り出して野党側の席に詰め寄るまでに至った。
「えーっ、静粛に静粛に」
議長が仲裁するように声を上げる。しかし、騒ぎは収まる気配を見せない。
「かつらの何が悪いってんだこの野郎!」
首相も身を乗り出し野党席に詰め寄っている。日本国の首相の品性が問われる事態である。そして、国会議員一年目の新米議員立石新(あらた)の発した言葉が物議をかもした。
「国会じゃ被り物禁止だってんだよこの野郎!」
衆議院規則第213条と参議院規則第209条に“議場又は委員会議室に入る者は、帽子、外とう、襟巻、傘、つえの類を着用し又は携帯してはならない“とある。確かに国会では議員を始め政府参考人、証人、傍聴人、国会職員、記者等、皆帽子の着用を禁止されている。
ここである一つの疑問が浮かぶ。
それではかつらは帽子なのか…?
無理やりに騒ぎを収め後日野党から嫌がらせまがいに提出された法案は“国会内でのかつら着用を禁止する“であった。このことは世間の注目を一心に集めた。