お久し振りです。そして、あけましておめでとうございます。もう1年の12分の1が終わってしまいましたね。早い!

 先日、旅行で訪れた下関の赤間神社でおみくじを引きました。中に鍵の形をしたチャームが入っていて、おみくじには「学業成就」と書いてありました。今年はケンブリッジ英検(CPE)を受けるつもりでいるので応援されているような気持ちになりました。今の意気込みを忘れないよう、おみくじと小さなチャームは大切に保管しています。

 

 さて。今回はThe Guardianに掲載された作家のフィリップ・プルマン氏による記事を一緒に読んでいくスタイルのブログを書いてみたいと思います。一緒にというより一方的な実況中継なのですが。

 ご存知の方も多いと思いますが、フィリップ・プルマン氏はHis Dark Materialsというファンタジー小説の作者として有名な方です。この記事では、アシュモレアン博物館で開催されたSpellboundという特別展を切り口に、プルマン氏が「なぜ人は魔法を信じるのか」という問いに迫ります。

 

下の画像から記事の原文へ飛べます。

 

 

※1

これは英文を読むときの自分の思考回路をなるべくありのままの状態で文字に起こしてみようという試みです。(もちろん、意識の流れ的な「ありのまま」を載せると支離滅裂な記事になってしまうのでかなり編集が加わっていますが。笑)なので、(正解の読み方というものが存在するとすれば)この読みが必ずしも正解ではありません。断定調で偉そうに解説しているようなところもあると思いますが、それはいちいち「…という解釈もできる」なんて言い方をするのが面倒だからです。


※2

もしこのブログに迷い込んでしまった方がおられましたら、この記事だけを読んでも???ですのでご注意ください。記事の原文を読んでみて面白そうと思ったら、このブログを読んで時間をキルしちゃってください!


では、参りましょう。



 

 

 

●1段落目(‘A new exhibition…’)

  ‘poppet’とか‘ectoplasm’とか、知らない単語がけっこうあります。とりあえず奇妙なオブジェクトが展示してあって、それらについて「合理的思考の自分が言うのも妙だが、オカルトや迷信といった精神活動も人間には不可欠だ」とプルマン氏が感想を述べています。1段落目は、論全体に関わる主題や問題定義が必ずといっていいほど出てくるので、それらを探すつもりで読んでいきます。すると最後のほうで「このような精神活動は何故人間にとって大切なのか」と問題提起をしています。

 ここで一旦、この記事を読むにあたってのアプローチについて書いておきたいと思います。(ご興味なければこの段落全体を飛ばしちゃってください!)一読したとき、「内容がちょっと抽象的で難しいな?」と感じたので、脳内で似た意味のキーワードをグループ分けし、ざっくりとしたアイデア群を作りました。キーワードは直感的にマークしていますが、形容詞(eg. rational)やその名詞形(eg. rationality)のように、「意味をもつ」単語が多いです。意味が似ていて何度も違う単語に姿を変えて登場するワードとか。この記事の場合、rationalityやreasonに対するキーワードとして、dark, nonsense, superstition, mentalといったキーワードが登場します。ここでは前者を【rational系】、後者を【mental系】としてみました。こうすることで構造的に文章を捉えられるので、慣れないテーマの文章でも論旨が掴みやすくなります。ただし、「これは二項対立構造の議論に違いない!」といった思い込みに陥りやすくなるので注意も必要です。あるいは読みすすめていくうちに、このキーワードはこの群からは外れるな、というケースも勿論あります。自分で組み立てた構造を時々クリティカルに見直すのが理想です。

 

●2段落目(‘I’ll start with William James…’)

 2段落目ではウィリアム・ジェイムズという人が著した本が紹介されています。(有名な学者のようですが私は存じ上げておりません…。)どうやら信仰に関わる体験談や証言が記録された本のようです。信仰という体験が人々の内面や人生の選択にどう作用するのか、そこに着目しているところが面白いと言っています。

 

●3段落目(‘And of course…’)

 3段落目は2段落目の続き。butが来たら構えます。論の展開に関わる要点が続く可能性が高いからです。‘could there be a Varieties of Magical Experience?’とあります。気づきましたか?本の題Varieties of Religious Experienceのreligiousがmagicalになっていることに。私はこれを見落としていて同じ段落を何度も読み返しました。直訳すると、「Varieties of Magical Experience(という本)は存在しうるのか?」。続いて‘Could the mental universe … be rich enough to sustain an examination of that sort?’と、親切に質問を言い直してくれています。‘the mental universe’は抽象的な言葉ですが、「‘witch bottles and sigil, and grimoires, and the whole idea of magic itself’を生み出した」という補足情報があるので、魔法全般に関する精神体系といったところでしょうか。とりあえず【mental系】を包括する言葉として認識しておきます。もう一度質問を読み直すと、「その精神体系は、‘varieties’があって、‘rich enough’なのか?」ですね(varieties≒rich。厳密には意味が違いますが、「十分にある」というざっくりとした意味の同義語として捉えます)。ここのenoughが地味に重要。To be adj. enough to do sthで「~するに足るほど…だ」といった意味。前段落で、信仰というものが1冊の本になるほど、多くの人に経験され、しかもその体験談も多様性に富んだものであることを確認しました。そこから、3段落目では、‘magical’な体験を生み出す精神体系については、(信仰の場合と)同じことが言えるのか?という問いに繋がっています。

 引用等は、通常目的をもってされるものなので、引用内容そのものの理解以上に、それが論全体の中でどのように機能するのかが大切です。(ここだけの話、引用が理解の妨げになると感じたらけっこう飛ばすことも多いです…。)この記事の場合、2段落目の本の紹介は、3段落への質問への導入のようなものだと思います。この質問がどう機能するのかは、もう少し読み進めてから考えたいと思います。

 

続きも書いているのですが長くなるので今日はここまで。疲れました…。おやすみなさい。