ewing  -3ページ目

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ついこの間で49日

あっというま?
長かった?

わかんないや。

ただ、必死で自分を保つ日々で。

どこかで出しちゃったら
きっと戻れなくなるのがわかるから



でもね、
おとーさんがいて
ソウがいて。

それがどんなに幸せなことかって

毎日の生活に追われる中で
見過ごしそうになってたとこを

もういっかい想い返せた


あの子には
「ごめんね。」のコトバのほうが
いっぱい聞かせちゃったけれど

今は
「ありがとう。」のコトバが
いっぱいになったんだ

それを伝えようと思うと
どしても泣きそうになるから

また弱いとこばっか見せちゃいそうだけど

いつかちゃんと・・・ね。

毎朝、毎晩
少しの時間ができると
エコー写真を見る


寂しくないように
周りの装飾いっぱいで
かわいい かわいい
写真たてを買って

寂しくないように
みんなが一番集まるバショに飾った

それでも
まだしてあげられなかったことが
たくさん出てくる

ソウがお昼寝するのが
ひとりだけの時間が

今は怖い

考えないようにしようと思うわけではなくって
忘れたいわけでももちろんなくって

何かしてないと
アタマを稼動させてないと
手も足もココロも全部止まりそう

変わらない外側

私が落ち込んだままいれば
周りをも暗くしてしまう

そんなことしてられないから
「いつも」のように過ごしてるだけ

忘れられるわけもなく
悔しいのと悲しいのとを
どうにかするだけで
ほんとは精一杯

それが
「元気」に見えるなら
それでいい

むしろ
そう思ってくれてたほうがいい
ココロの中で。


でも それが
今までとおなじ
ホントウの
「元気」
とは程遠い


そのことくらい
私の家族も 
友達も
よくわかってくれてる


いつもどうりの電話で
いつもどうりのメールの
「ワタシ」と遭遇しても


「元気そう」

なんてコトバを
誰ひとりとして
言わないでくれる


それがすごく助かるんだ

何言っていいかわかんない
だから・・・って
そっとしててくれる人たちの
そのキモチも助かる


だって
その
コトバと遭遇したら
今の私は流せない


誰もそんなこと言わないよ
ダイジョウブだよって思うのに

もしも・・・の、悪気がないことさえも
流せないほどに
余裕がない


人の気持ちを
考えることが
思い遣る余裕が
どこにもない


これ以上、
ズキズキするのが怖くて
気にしないでいればいいことも
そういられない今だから


成長記録で
メール代わりのブログに
手がつけられないまま

自分が弱すぎて
周りを大事にできない

余談続き

「二人目できたんだって?」

直接はあまりやりとりすることのない、
伝えたはずのないところからの
メールだった


悪気はもちろんない

メールをくれた本人は
何もしらない

それを伝えたヒトも
悪気はまったくない

嬉しくて話したんだって
わかるから



安定期に入るまで
本来なら親族にも
言わないでいようと思った

それが帰札と重なり
言わざるを得なくなったから

伝えた


安定期にも入らないのに
それを他人に話す

私には
考えてもないことだった

そこまで言わなきゃダメだった?



手術直前、
無理やりどうにか
心を鎮めてた
私には

「赤ちゃんだめだったんだ」
と返すメールが

一瞬にして
見えなくなった

どうにかなってたハズの
どうにもならない心が
限界越えて溢れた


見えないから
手探りで絵文字入れて

「気遣わせてごめんねぇ」
「大丈夫だよ、気にしないでね~」

って返す作業



今回の中で
いちばん辛い瞬間が
手術の直前に
くるなんて

想いもしなかった。

余談

手術まで
家に居る間は
泣かずに過ごした

泣いたのは
診断を受けたときに
信頼してる婦長さんと
目を合わせた瞬間

その1度だけだった


私が落ち込めば
どうしようもなく家は暗くなる

ソウがいるのに
そんなことは出来ない

いや、
ソウがいてくれるから
しないで済んだ


でも本当は
お腹にいる赤ちゃんが
いなくなるなんて
怖くて悲しくて
どうしようもなかった

それを呑み込んで
過ごして

手術の日。

入院前に
子宮口を広げる処置

イタイ

でも赤ちゃんはもっと
頑張ってたはず

次は私が頑張る番だ
って言い聞かせて
処置が終わって。

急に現実味が沸いた

その直後に
途中の階段で倒れて
病室まで担ぎ込まれた


そこから手術まで
3時間半

テレビをつけても
目には入らない

でも無音よりいい

陣痛室にいたから
壁には新生児の
赤ちゃんのハナシ

逃げたいけど
逃げれるわけもなくて

悪阻中から
たくさん手伝ってくれて
楽しみにしてた
お父さんにも申し訳なくて

ひとりで逝かせてしまった
赤ちゃんに
いっぱいいっぱい
話しかけて

でも、
泣かなかった

まだ
泣いちゃいけなかった

泣いたら
お腹にいる赤ちゃんに
伝わるもんね。


そうやって
人の前で
平静を装えていたワタシが

手術室に入る20分前
1通のメールで
崩壊


迎えにきた看護婦さんが
相当慌ててたのだけは
今でもよく覚えてる

空から見てるかなぁ

たった2センチの
赤ちゃんは

私に
最小限の辛さしか
与えずに

こっそり
お空へ帰っていった


母子手帳もらった後だったら・・・
もっと辛かったはず。

お腹が痛かったら、
出血があったら・・・
すごく不安で怖がってたはず。


たった2センチの
赤ちゃんは

すごく親孝行な子だった


そして
誕生するということが

どれほど奇跡的で
命がけなことか

そのちっちゃな命で
私に教えてくれた

わかっていたつもりで
わかっていなかった私に

残酷なほど
わかり易く
教えてくれた


飛行機乗ってごめんね。
ソウ抱っこしたときも辛かったね。
大事にしてあげられないでごめんね。
気づいてあげられなくてごめんね。

謝ることばっかりだね

でも、
お腹にいるって
わかったとき
すごく嬉しかった

来てくれてありがとう

8週と6日

ちっちゃなちっちゃな
赤ちゃん

ソウの弟妹

ちっちゃな心臓が
一生懸命動いているのを
自分の目で
初めて見たのは
10月4日

次は2週間後。

漠然ともってた不安感
ソウのときにはなかった不安

出したら現実になる気がして
しまいこんだ

10月18日

モニターにうつった赤ちゃんは
もう動いていなかった

腹痛も出血も
なんの音沙汰もないままに

赤ちゃんは
たったひとりで
戻っていった

私にひとつの
苦痛も与えずに。


ひとりだけで頑張ってたんだと思うと
気づけなかった自分が
情けなくて
どうしようもなくて

それでも
ちっちゃな赤ちゃんが
戻ることはない現実

それに勝てるくらいの
強さが私についたら

また戻ってきてくれるだろうか

なんでだろ

なんでだろ

そんなつもりないのに


髪が抜けてく

眩暈がする

しまいに
また乳腺炎が
ふつふつしだした


9月?

そんなのヤだな

きっと
寝不足だからだね

ときどき

苛々して



寝付けない


起きる時間まで
あと3時間



ダメだ

育児に悪い



眠くなれ、自分。


苛々の元も
いつもみたいに
忘れてしまえばいい

9月の憂鬱。

私がそこへ帰るのは1年半ぶり

変わったのはソウがいること

会いたい人が 話したい人が
たくさんいてすごく楽しみ


なのにそれを
跡形もなく呑み込んでいるのは

憂鬱さ

たった3泊なのにね・・・。


どうやって

周りの過剰な
「期待」を
「楽しみ」を

角をたてずに
少しずつ抑えて
ソウの負担を減らすか


どうやって

「行く」ということだけで
かかる大きな負担を
理解してもらうか


初めての長距離移動に
飛行機搭乗

理屈の通らない月齢で
本能での動きたい盛りに
じっとしていなければならない苦痛

たった3泊なのに
親の都合で
寝る場所も変わるし

見慣れない人に囲まれ
次々にだっこされることになる


赤ちゃんにとっての環境の変化は
はじめてへの楽しさよりも
ストレスのほうが大きくなる


だけどその環境に
置かざるを得ないのだから


「ソウのペースを
崩さないような生活をすること」

これが譲れない最低限になる


負担のかからない日程と
環境を考えること

それが私にできること。


だけどね、わかるんだ

まだあまり長くない
付き合いだけど

コトあるごとに
ずっとみさせてもらったから


どんなときにどう考えるんだろう?
どういうことを大事にするんだろう?
って。

よく言われた
「結婚は相手よりも親をよくみなさい」


その結果

きっと。。。
いや、絶対にこのままじゃ
あのテンションじゃ

ソウのペースを優先した
日程と環境を言えば

あからさまに
「がっかり」させてしまう


電話口での
「あっそう」はもう聞きたくない


だからそれまでに
なんとかしないと・・・。


それが憂鬱の全貌


これがもしも
どうでもいい相手なら
私はカンタンに
切ってしまうだろうから
憂鬱にもならない


でも、
あの人にとって大事な親族は
私にとっても大事な親族

その人たちと
上手く関係を持たないと
辛い思いをするのは

間にいるあの人だから。


だったら
私がどうにかしなきゃ
と思うんだ



だけど

自分勝手な周りのオトナたちの
「期待」と「楽しみ」で

産まれたばかりの
今年の初めのようなコトには
もう絶対にしたくない


自分が言えないでいて
ソウに負担をかけるのは
もうイヤ


そこだけは
頑固といわれようが
絶対に譲れナイ。