スピンオフ編~東京都墨田区錦糸町・公園の片隅にある町の守護神『千種稲荷神社』 | Love Beef Cutlet? Eternal Traveler~生涯旅人

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ビーフカツを求め全国各地を彷徨う超変人の超マニアックなブログです。今回はスピンオフ編。ビーフカツやその他の食べ物からは離れ、これまでの国内外の旅などで印象に残っているスポットなどをご紹介します。

 

今日は

東京都墨田区錦糸町の

『千種稲荷神社』です。

 

最寄駅は

JR総武線、東京メトロ半蔵門線

『錦糸町』。

 

駅から徒歩2分

『錦糸公園』の中にある

小さな神社です。

 

創建年は不祥ですが

この地が柳島村と呼ばれていた17世紀頃から

村の守護神として

祀られていたと伝えられています。

 

江戸時代

この地には武家屋敷がありましたが

明治維新とともに解体され

農耕地に変りました。

 

周囲の環境変化にもかかわらず

この神社は郷土の守護神として残ります。

 

その後、政府は

この地に陸軍糧秣廠本所倉庫を建設し

陸軍省は『千種稲荷神社』を取り払いました。

 

ところが

倉庫並びに周辺に再三火災が発生し

苦慮した陸軍省が

取り払った神社を元の位置に再建したところ

その後、火災の発生は全くなくなりました。

 

不思議なのは

関東大震災により

この地一帯が多大な被害を受けたにも関わらず

『千種稲荷神社』だけは

少しの被害も受けなかったことです。

 

1928(昭和3)年

復興局により『錦糸公園』が開園し

神社は撤去されます。

 

同時期に

神田から製菓業者が周辺に集団移転し

営業を始めたところ火災が多発し

町民が不安に苦しみます。

 

ある時

静岡からやって来た行者が

公園建設に際し園内のどこかに放置された

神社の祟りだと告げます。

 

この言葉を受け

町内有志が放置された神社を探し出し

復興局の許可を得た上で

『千種稲荷神社』を旧位置に祀ったところ

その後は火災がなくなりました。

 

また

1945(昭和20)年3月の

東京大空襲でも全く被害を受けませんでした。

 

第二次世界大戦終了後

一時期荒廃しましたが

1954(昭和29)年に

千種講世話人が整備計画を建て

鳥居、石燈籠、本殿の増改築等を進めました。

 

1955(昭和30)年5月

東京都の申し出により

建物及び建造物の一切を都に寄贈し

保存と管理が千種講に委託されました。

 

参道には

石の鳥居が1基

朱塗りの木製の鳥居4基が並び

いずれも明神鳥居です。

 

参道の中ほどで

対の神狐が本殿を護っていますが

いずれも老朽化しているため

金網で保護されています。

 

向かって右側の神狐は

宝蔵の鍵を持っています。

 

左側の神狐は

稲の霊魂とされる

玉を持っています。

 

拝殿の向拝には

対の白狐が彫られています。

 

本殿内には

陶器製の対の白狐。

 

右の神狐は

玉を咥えています。

 

左側は巻物を咥えています。

 

手水舎は一見ごく普通ですが

よく見るとなんだか変です。

 

手水鉢自体には

別段不思議なところはありません。

 

手水舎を囲う石垣に

奇妙なものが置かれています。

 

稲荷神社ですので

神狐が置かれるのは

不思議ではありませんが

手水舎に置かれているのは

初めて見ました。

 

左右に1尾ずつ

後に2尾配されています。

 

左側のものは劣化が激しく

ほとんど原形を残していません。

 

参道脇に置かれた

桃のような形の石

大明神と彫られています。

 

忘れ去られたように

ぽつんと置かれた石燈籠

・・・でも素晴らしい形です。

 

公園の片隅に鎮座し

来園者の参拝も多いようです。

 

千種稲荷神社

東京都墨田区錦糸4-15-60

 

次回は、本日15:00にオンストリート編。過去の旅などで脳裡に焼き付いている街角の光景をご紹介します。テーマは、東京都台東区谷中です。