すべて私が悪いのですね | ひとりっこの両親在宅介護ブログ

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娘に迷惑をかけまいと、老老・認認介護で限界まで二人暮らしを頑張った両親。でも、遂に限界突破。仕方なく実家に戻ってきて始めた在宅介護。一人っ子のため否応なくやらざる負えない。
平成27年4月じーじは旅立ちました。でも、残されたばーばの介護は続きます。


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昨日、久しぶりにばーばを耳鼻科に連れて行きました。

以前にも増して、聞こえが悪くなっており、デイでも隣の人と会話が成り立たなかったり、歌を歌う時もズレていたりしていたので、せめて耳掃除だけでもと思い受診しました。

以前受診した時に、
「認知がある人には補聴器は無意味」
と言われ、あまり印象が良くなかった病院。

でも、家から近いし、耳掃除だけだからと思い連れて行ったものの、やはり疑問を感じる結果になりました。

聴力検査をしたものの、聴力が測れなかったとのこと。

「認知症が進んでいるので、聴力が測れませんでした。」

いやいや、私としては、聞こえが悪くなっているので、聴力検査の指示が理解できなかったと思うのですが。

悶々とした気持ちのまま、今朝デイサービスに送って行った時、いつも受け入れてくださる職員さんに、耳鼻科でのことを話すと
「認知が進んでいるなんてことは、無いですよ。」
「確かに聞こえは悪くなっていますが、耳元でゆっくり話せば理解してくださいますし、ちゃんといろいろ理解されてますよ。」
とのこと。

その言葉に安心し、一日仕事ができました。

娘だから、どうしても贔屓目にみてしまうことはありますが、父と違い、病的な認知症とはどうしても思えません。

帰宅後、ダイニングテーブルにノートパソコンが置かれているのを見て
「◯◯ちゃんは、今日ははよ帰って来たんだね。」
と言いました。

◯◯ちゃんは、うちの旦那の名前。

今日旦那は、一度家に帰って、少し仕事をしてから、名古屋ドームにお客さんと一緒に野球観戦に行っています。

パソコンがある。

それは、旦那のもの。

それがダイニングテーブルにあるということは、旦那が家にいるということ。

それだけ理解できていれば、充分だと私は思います。

普段から、ばーばと接していない病院の先生は、一般的な図式に当てはめて判断されるのでしょうね。

確かに、早めに補聴器を使用しなかったことがいけないのだと思います。

それは、介護している私の責任ですか?

糖尿病が悪くなれば、同居で介護している娘のせい。

早めに補聴器を使用させなかったのも、実の娘の私のせい。

早めに人口関節の置換手術をしなかったのも、実の娘の私のせい。

なんだか病院を受診するたびに、責められているように感じてしまいます。

私は、自分にできることを、できる範囲で充分やっていると思っていますが、どれだけやれば認めてもらえるのでしょう?

実の娘は、自分の人生を生きることなく、親の介護のために、すべてを捧げなくてはいけないのでしょうか?

もう、病院に連れて行く気になりません。

こういうと、虐待・ネグレクトと言われます。

高齢者専門の病院、すべての診療科に精通している医師、常に家族の味方になってくれる医療従事者はいないのでしょうか?










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