ナチュミンジャパンの社長、車つとむ が、若者の悩みに親身に答えます!就職の悩み、婚活の悩みなどなんでも相談に乗ります。 -5ページ目

「不安」に耐える力の大きさが「自由」を守る



「不安」に耐える力が弱い人は、何か(誰か)一時的でも安心感を与えてくれそうなコト(ヒト)に自分の考えや行動を任せてしまいがちです。
幼少の時に親や長上の者に依存するのは自然ですが、青年期を過ぎても他者に「安心感」の拠り所を求めるのは、社会的には危険です。宗教的な狂信や政治の独裁は、そのような「安心感」を強く求める大衆が産んできたことは、歴史が証明しています。
狂信や独裁による他の価値観の排除は、不条理な暴力的な抑圧を社会に蔓延させます。すなわち、自由が奪われます。今の中国は典型です。中国共産党の独裁に従えば、飯は食わせる。だが、汚職や格差や差別や侵略をとやかく批判する者は、徹底的に弾圧されます。戦前の日本も似たようなものでした。
この例は、極端に感じるかもしれませんが、マスコミやネット情報を鵜のみにする人も、無意識に狂信と独裁への道を馴らしています。
どの場合も、「自分が空っぽ過ぎる」のです。
そんな社会が嫌ならば、私たちは、「自由であることの不安に耐える力」を養う必要があります。
「自分と他者が自由であること」を最高の価値観にして、それを人生の拠り所にして生き抜くこと。相互扶助は、「自由な者どうしの互恵的な助け合い~困った時はお互い様」として、対等な立場で行われ、依存関係の固定化を避けます。
そのためには、自分自身で考え、自分の善悪・幸せの価値基準を明確に持ち、イエスもノーもハッキリ言い、群れたり、付和雷同をしない行動習慣を身に付ける必要があります。
要は、生き方の根本の選択です。

朝日新聞は「堕落した左翼」の典型



朝日新聞の記事の捏造とその後処理を観ていると、あの会社の本質は、「堕落した左翼」にあると感じます。
本来、朝日新聞が国民から期待されている「リベラル左派」の立場を堅持するならば、記事の捏造などという事実に反する報道を意図的に行うなどということは、恥ずかしくて出来ません。また、誤りに気付いても放置、隠蔽し、謝罪もしないで開き直るという官僚主義は、リベラル左派がやることではありません。
結局、朝日新聞には、戦後日本の左翼の堕落した体質、すなわち権謀術数主義と官僚主義が、見事に染み込んでいるのです。
リベラル左派気取りだが、実は、醜く堕落した左翼の残骸、が今の朝日新聞です。
真のリベラル左派の言論機関が、これからの日本には、ぜかひでも必要です。朝日新聞という汚物を乗り越える新しい言論機関が。

「4人に1人が65歳以上」の現実



総務省が9月15日現在の高齢者の人口推計を発表しました。65歳以上の「高齢者」人口が3296万人(総人口の25・9%)となり、4人に1人が65歳以上の「高齢者」です。
電車に乗ると、隅の一角に「思いやりゾーン」なるものがあり、高齢者などの優先座席とされていますが、現実の人口比に座席比が追いついていません。
これは一例で、日本中で、高齢者向けに事業の内容の再構築が必要ですし、さらには、高齢者になっても社会に貢献する価値を産める仕事や活動をたくさん開発する必要があります。
年金は正当な権利ですが、制度実態として破綻しており、今のような金額ではもらえなくなっていきます。「高齢者」が、「余裕を持って稼げる仕事」を開発し、提供できる事業体がたくさん出現することが求められます。
私も頑張りたいと思います。

「記事捏造が常態化する朝日」に思う



朝日新聞には、組織体質として、記事の捏造を放置し、それを隠す体質があることが明らかになりました。
慰安婦証言、福島原発撤退に関する記事の捏造に加え、今度は、インタビューをしていない任天堂社長のインタビュー記事を捏造し、2年も放置していたことが暴露されました。
朝日新聞の言論機関としての腐敗ぶりは、悪臭を放ち、深刻です。
しかし、大局的に観ると、この「記事の捏造と放置」は、多かれ少なかれ、日本のメディア全般に起きていることです。テレビ番組での「やらせ」などは、頻繁に問題発覚します。
「大事なことより大衆うけを狙う」大衆迎合主義、「他社を出し抜く」特ダネ追求主義、「自社の政治的な立場を固定させる」思い込み主義などが、日本のメディアには昔からあり、これに記者や経営管理層の正義感や能力の劣化が合わさり、日本のメディアは、非常に質の悪い、粗悪な情報を撒き散らす機関に堕しています。
これを変えるには、市民が連携して、インターネットなどで常に記事や情報を監視し、批判する活動を大規模に展開して、質の悪い情報を流すメディアを経営危機に追い込むぐらいの力を持つようにするしかないでしょう。
彼らに自浄能力は期待できません。あれば、とっくによくなっているはずですから。

「役割」が人を成長させる


人間の能力や人格が成長する契機は様々ですが、集団や社会の中での明確な「役割」を得て、それを真摯に演じることは、人間の成長に大変有効です。
「役割」は、人に「役割」に相応しい能力や人格を要求します。
例えば、親の「役割」は、子を守り、子の人間的な自立に向けた成長を促すように、親として振る舞うことが必要です。また、例えば、組織のリーダーの「役割」は、組織の向かうべきビジョンと価値観と目標を示し、それに向けた体制を構築し、動きを促進することです。
「役割」を自分に同化することで、人は自分の人格や能力の幅や深みを増していくのです。
最悪なのは、「役割」を自覚しないまま、外見だけ、その「役割」に就いている人です。
例えば、子の世話を面倒くさがり、子を放置する「自称親」。
ビジョンを描けない、「自称リーダー」など。
何かに取り組む時、その時の自分の役割~期待される組織的な機能~をよく考えて、徹底的にやることが大事です。

中国の「上位者の専制と庇護」の価値観に抗して



中国は共産党政権ですが、その社会に浸透する中心規範は、儒教色が強い「上位者の専制と庇護」で、韓国も同様です。
かつて中国がベトナムの国境を犯して侵略した戦争~中国はベトナムにこてんぱんに負けるのですが~の根拠を中国は、「生意気なベトナムを制裁するため」としました。これなどは、自らを「上位者」と決めつける典型的な思考です。
彼らの信念では、「上位者」は、下位者を前提にし、その上下関係を決めるのは「力の大小」とされます。また、「上位者」は、「下位者」を庇護する責任はあるが、「上位者」が何を言い、何をするかは勝手で、嘘や暴力も方便であり、「下位者」には逆らう権利などない、とされます。だから、中国では、中国共産党に批判的な人々は虐待されますが、中国共産党に賄賂や利権を与え、また中国共産党のために労する人々は、庇護されてきました。正義や公正さではなく、「上位者」の機嫌とりが、「下位者」の生き残り原理です。
中国は、日本と日本人を中国の「下位者」と見なしているのですが、日本があれこれ逆らうのが許しがたいわけです。韓国は、長年「下位者」の生き方に慣れているので、口先では尊大なことを言いながら、行動では中国の庇護を求める卑屈な生き方が特徴です。
日本は、明治維新以降、特に第二次大戦の敗戦後、中途半端で矛盾も多いですが、西洋近代の「個人の人格対等と自由の原理」を受け容れ、尊重する社会になってきましたので、中国の「上位者の専制と庇護の原理」は受け容れることは困難でしょう。
ところが、日本の一部財界の馬鹿どもは、中国に媚を売り、日本と中国の相互依存を強めるようにしています。こいつらには、「上位者の専制」は肌に合うのでしょう。こんな連中は近代的な経営者とは言えません。そういえば、この連中の中に、有名なブラック企業の会長もいます。
私たちが、中国と距離をとるべきなのは、私たちが、「個人の人格対等と自由」を人間関係の基本を置くことを譲れないからです。
中国との闘いは、社会形成の基本的な価値観の闘いなのです。

日本人は第二次大戦を恥じるべき


安倍政権になってから、第二次大戦における日本の開戦を「自衛のため仕方なかった」という風潮を強める知識人たちの言論活動が活発です。
確かに、アメリカのルーズベルトは日本に先に手を出させるように仕向けました。また、中国共産党は、国民党潰しに日本を利用しました。それは事実です。
しかし、それらは、当時の日本の為政者と戦争指導者の愚かさを示しているに過ぎません。
国際的に観れば、日本は「一人前に信用できない卑怯なウソつき」といわれることに反論できません。
日本は、1929年の「パリ不戦条約」を批准していました。この条約は、「自衛戦争以外はしない」と誓うものでした。なのに、日本は中国になし崩し的に侵攻し、また、真珠湾を奇襲しました。これは明らかな条約破りです。日本はウソつきだったのです。
この惨めな恥をしっかり記憶し、繰り返し反省し、「決して国際的な約束は破らない、もう決して騙さない」と世界を安心させなければ、今の「集団的自衛権」の議論も、海外から「日本は、また侵略戦争をするかもしれない」と疑われる余地が残り続けるでしょう。
要は、日本人は、戦争の悲惨さは語りましたが、あの戦争の開戦の卑怯さと、敗戦の無能さを厳しく総括し、反省し、再発防止の国民教育を怠ってきたのではないかと思います。為政者と戦争指導者から大衆まで~弾圧された、ほんの少数の反戦活動家を除き~蔓延していた倫理観の低さと、合理的な思考の欠如が、あの無惨な戦争の原因でした。
日本が、本当にしっかりした防衛体制を確立したいのならば、世界から認められ、敬意を抱かれる倫理観と合理的な思考を身に付ける必要があるのです。

中国ではなく、インド+東南アジアと経済依存を


日本の一部の愚かな政治家や財界人は、中国の消費規模の巨大さを根拠に、中国への経済支援や投資を積極的に推進してきました。しかし、その結果は、中国の軍事大国化であり、独裁政治の徹底であり、地球規模の環境破壊でした。
しっかり事実を観察すると、実は、中国の消費市場の規模よりもインド+東南アジアのほうが大きく、しかも中国のように高齢化が始まっておらず、若々しい人口がまだまだ増える地域だと気づきます。さらに、中国のような覇権主義でなく、また、親日国家ばかりです。
工場の賃金も中国より安く、経済的にはいいことずくめです。
日本の政治家や財界人は、経済の損得が心配で、中国の人権問題や覇権主義に遠慮がちに触れてきました。そんな正義のない卑屈な真似をせずに、中国を捨てたらよいのです。勇気があるかないかだけが問題です。

「宗教」を暴力から切り離すイスラエルからの提案


先日、イスラエルの前首相で、ノーベル平和賞受賞者のペレス氏とローマ・カトリック教会のフランシスコ法王が、会談をしました。
その中で、ペレス氏から、宗教団体版の国連とも言える「国際宗教連合」の創設しようとの提案がありました。法王も好意的に受け止めました。
これにより、「信仰の名を語るテロリスト」を「ニセモノの宗教者」として浮き立たせたい意図が見えます。
確かに、宗教を利用した暴力的な政治支配や戦争行為は、いわば「宗教全体主義」であり、政治や戦争を不合理で独善的なものにします。ですから、宗教と暴力や戦争を截然と切り離す国際規範をいわば踏み絵にして、「本当の宗教」と「ニセモノの宗教」を仕分ける着想は、魅力的で、賛成したいと思います。
大概の宗教には、本来的に、現世の損得を超越して、宗教の教えに身を捧げるという志向があり、それが暴力や戦争になることは論理的な必然でした。この面に本質的に斬り込むわけですから、「宗教とは何か?」という大テーマを正面から再定義しなければならず、諸宗教団体の中コンセンサスを形成するのは、意外と難しいかもしれません。

父の最期に思う

9月7日に、父が亡くなりました。私は独りっ子で、母は10年前に亡くしています。
93歳。夕食を食べて、テレビを観ながら、車椅子の上で眠るように静かに息絶えていました。
肌が染みなくスベスベと綺麗なままで~肌は父の自慢で他人によく誉めらるので、「ポーレン飲んでるおかげだね」とよく言っていました~、あたかも、ちょっと居眠りをしたような姿でした。私が「オヤジ、起きなよ。風邪引くよ!」と何度も声をかけましたが、応えてくれませんでした。
当日の午後に顔を合わせた時に、「さすがに93歳にもなると、身体中ボロボロ壊れて来ていて、心臓ももうすぐ止まるよ」と言っていましたが、まさかその日のうちに心臓が止まってしまうとは。古時計が突然に音を刻まなくなったような、終焉でした。医師の説明では、苦しみや恐怖の少ない最期だったようです。常々、孫たちの成長ぶりを喜んでいました。また、介護士や看護士に、「僕の息子は希にみる孝行息子」と誇らしげに自慢していたそうです。総体として、落胆の少ない気分で最期を迎えたのかなと思います。
また、私が理事をしている(一般社団)マインド・アーキテクチャ協会の事業である「人生を声で残す図書館」を父にも参加してもらい、先日来、父の一生の楽しかったり、自慢したかったり、印象深い思い出を語ってもらい、録音しました。
私以外にも「聴き役」がいることに元気が出て、嬉しそうに話してくれました。
お金持ちのポンボンが大志を抱いて中国に渡り、大きな歴史の波に飲まれて言語に絶する大変な経験をしながら、それを悲観せずに生きて来た波瀾万丈の人生。それをユーモラスに語ってくれました。私の子供たち~すなわち、父の孫たち~に、価値ある無形の遺産になりました。
あの戦争の時代に、人を一人も殺傷しないで生きてこれたことは奇跡です。また、中国に渡りながら、差別心や強欲さのない人柄を貫いて来たのも、驚きです。
家庭でも、短気で頑固だけれど優しい人で、特に私は、幼少の頃から今日まで、手をあげられたことも、乱暴な言葉を投げつけられたことも、一度も度もありませんでした。
休みの日は、よく私を自転車に乗せて、「ミニ・ビクニック」に連れて行ってくれました。今思うと、キツイ仕事をしながら、マメに私を世話してくれた父でした。
仕事の関係もあり、時事的な本を読むのが好きで、政治・経済に関しては、なかなか博識な人でした。
そう遠くない日に、別れの時は来る。そう覚悟をしていたのに、動かない父の姿を前に、私は寂しさに胸が苦しくなりました。
どうしようない喪失感。「もっとああしてあげれば良かった、こう言えば良かった」というこみ上げる悔恨の念。
大切な人を失うということは、自分が生きる空間自体が大きく変質していくような感覚になります。父の死を境に、この世が大きく変わってしまった、そう感じるのです。
今強く願うのは、いずれ私が死んだら、父と~そして既に亡くなっている、母や親しい友人や愛犬と~再会したいということです。
それまでは、私は仲間たちと力を合わせて、私なりのやり方で、この世を少しでも美しくするために、力を尽くすのみです。
寂しさは、消せませんが。