今日の小百合は、朝からずっとゆいの撮影のことが気になっていた。順調とは言わずも荒波など立ってないだろうかと、ゆいの納得がいく写真が撮れることを願っていた。ゼミが終わり小百合は急いでスタジオへ。あきに言われすぐに現場に向かった。聞こえる声が少しずつ大きくなる。現場に入り最初に聞こえたゆいの声。ポージングをいつも通りにアドバイスしてる声だった。
小百合の存在を知らない他のスタッフたちは小百合をチラ見。ネームプレートを見てこの会社のスタッフだと分かると、すっと視線を逸らし卓人の方へ目を向けた。
「そうそう、この表情が欲しかった。この調子でもう一着撮り直し入ろう」
今のうちにトイレに行こうとカメラを置いたゆいは、やっと小百合の存在に気付く。
「あ~小百合。いつ来たの?」
「さっき。撮影、どんな感じ?」
「随分と良くなってきた。次は2着目の撮り直し分。それが終わったら、やっとメインの衣装になるから。今日は予定通り遅くなるから」
「OK!さちさん、今日は私はどこに就けばいい?」
小百合が指示をもらう声を耳にしながらゆいはトイレへ行った。
メイク室では卓人が2着目の取り直しの衣装に着替えていた。一度乱れた和を戻すのは難しい。卓人がメイクさんたちに話し掛けても空気がどこかよそよそしくなってしまう。
「あの、聞いてもいいっすか?葉山さんのことどう思います?」
いいっすか?反省の色が見えないのは若いからなのか、言葉を知らないからなのか。
「どうって?今までにないタイプの人。これだけスタッフ思いの人はなかなかいない」
後ろで衣装の確認をしていたスタイリストさん、思いっきり首を縦に振り同調。
「常に私たちに相談してくれるもん。そんな人めったにいないよ。それにタレントから別のカメラマンの名前出されてそっちが良かっただなんて、葉山さんのプライドずたずただよ。それでも卓人君に歩み寄る懐の深い人なのよ」
ちなみに、このメイクさんとスタイリストさん、ともに神崎妖花の撮影に携わったことがあるので、どんな人なのかは良く知っていた。しかし、卓人がそんな態度なので神崎妖花の詳細は口にすることはなかった。
撮り直し2着目の衣装で現場に入った卓人。定位置に立ち、ゆいが構えるカメラに視線を向けた。ゆいの合図で撮影を開始。この衣装が終わってからやっと本来の撮影に集中できる。ゆいの頭の中は、今日中に予定の衣装の撮影を終えたい。明日に持ち越したくないゆいは、一生懸命ポージングを教える。しかしこれこそゆいがしたくないことの一つで、男性に対してのポージングは女のゆいには難しいから。身振り手振りで教えるゆいを小百合は後ろでじっと見ていた。
そして製薬会社の担当と話が終わった先生も、この撮影の成り行きが気になっていたのか、小百合の隣に来ては事の次第を見守っていた。
「小百合ちゃん、カメラマンとしてのゆいさんはとても強い人。自分の信念を絶対に曲げない。理不尽なことを言われてもそれで傷ついても逃げたりしない。それが写真に現れてる。たまには発狂してるけどね」
先生は小百合をチラ見してはフフッと笑う。
「ゆいさん、家ではちゃんと話してるんでしょ?撮影の出来事。だから今日入りたいって連絡くれたんじゃない?」
「はい。公私混同してしまってすみません」
「いいのよ。それで」
撮影に区切りがついたのか、先生はゆいに声を掛けた。