とりあえず頭の中をリセットしたい。撮影も残り2日なのに卓人から今さらカメラマンがゆいで我慢と言われ、分かっていたことだが我慢と言われさすがにへこんだ。きっとその一言が頭に来たんだろう。先生はゆいのことをこいつと言い、なめんじゃねーぞと脅す様な言い回しで説教をした。口が悪いがそこは言われても仕方がない。
今日中断した分、明日に回すことになるが夜まで掛かりそうだ。
ゆいは仕事を上がり、小百合に電話を掛けスタジオを出た。正門の前で待って1分、小百合が走って来たのでゆいは車から降り手を振った。
「走って来なくてもいいのに」
「車から降りなくてもいいのに」
二人してニコニコ顔で言い合い、ハモるように『お疲れさま』。
小百合も車に乗り、いざ不動産屋へ出発。大学からはそこそこの距離があるので、小百合は『食べるぅ~?』と聞いては、かっぱえびせんの袋を開けてゆいの口に放り込んだ。
「お腹空いちゃってさ。待ってる間ドーナツ食べようと思って、ゆいにもちょっと買ったんだけど」
「そうなの?なになに?」
運転しながらドーナツをチラ見。ゆいはお腹が空いているよりもストレスで無性に食べたい。でもせっかく買ってきてくれたもの、家に帰ってからゆっくりと味わいたい。そう話すと心配そうにもう一本かっぱえびせんをゆいの口に入れた。
「やっぱりそうだったの?」
「小百合の勘は当たってた。その女性カメラマンも誰なのか推測だけど純さんが教えてくれた。神崎妖花って人なんだけど、純さんの推測通りだった。でもFIVEの撮影でその人が関わっててね」
ゆいが、最近FIVEの撮影の依頼がないのは、その神崎妖花というカメラマンにシフトチェンジしたらしいということ。超有名人しか撮らないので、新人の卓人は門前払いされたこと諸々伝えた。
さすがに小百合も驚き、ゆいの口に入れながら文句を言う。
「でもさ、ゆいのことバカにしてない?我慢ってどういうこと?そりゃ先生も怒るわ。でもどうしてゆいは怒らなかったの?」
「私より先生が先に怒っちゃったから。私のこと『こいつは』って言ってみたり、なめんじゃねーぞって言ってみたり。本当は怒っちゃいけないんだろうけど、ちょっと嬉しかったっていうかさ」
「ゆいがそれでいいなら私は何も言わないけど」
話は半分も終わってない。しかし不動産屋に到着したので話はとりあえずここまで。
中に入り、担当さんに挨拶。担当さんはたくさんの書類を持って二人の前に座った。
契約のことは全てゆいに任せるが、話だけはしっかりと聞こうと小百合は前のめりで聞いていた。
「今回は立ち退きになりますので・・・」
渡された書類には立ち退き料に引っ越し代金等を含めおよそ80万円。
しかし、その半分は新居のために払う代金に回る。
そして今日が契約日なので、入居日はなるべく引っ越し日近い方がいい。
いろいろと話し合いをして入居日は25日で退去日は28日の日曜日となった。
「小百合はそれでいい?」
「うん、いいよ。その頃にはテストも落ち着くから」
その話を聞いた担当さんは、小百合にちょっとしたアドバイス。おかげで小百合が持ってきた住民票は要らなくなった。
ゆいは書類にサインをし、その場で現金を支払った。
「・・・確かに頂きました。今、領収書お持ちしますね」
「ゆい?ちゃんとあの通帳から出したよね?」
「うん、そうさせてもらった。帰ったら通帳見せるから」
引っ越しが現実味を帯びてきた。今の部屋が好きな小百合はやっぱりちょっと寂しかった。