久しぶりに訪れた小百合の実家。疎遠になればなるほど入りにくい。ゆいがチャイムを鳴らしドアを開けると、まどかが出迎える。小百合は自分が住んでた家なのに『お邪魔します』と言って玄関を上がった。
リビングへ行くと、食卓にはやっぱりすき焼きの仕度がしてあった。
圭吾は奮発したのか今の暮らしでは絶対に食べられないようなピンクの黒毛和牛のお肉がテーブルに鎮座していた。
テリヤキバーガーが胃に残っているが、これは別腹。小百合は台所にいる圭吾に声を掛けた。
「お父さん、来たよ。あっ、ちらしじゃん♪」
「良かったら持って帰りなさい」
「やった♪ありがと」
リビングでは申込書を渡されたまどかが、保証人の欄に必要事項を記入していた。ゆいは近況としてCMの話が来たことを話すと、案の定驚きペンを止めた。
「ゆい、このままタレントになるの?」
タレントと言われ、ゆいは大きく首を振る。今は仕事がもらえるが将来どうなるか分からない。正当な手段で稼げる方法があるなら乗っかりたい。それだけだと言った。
「そう。それが賢明だわね。じゃ、今は仕事は順調なんだ?」
「うん。明日から写真集の撮影が入るのと、今はコラムの挿絵とエッセイが2本。後は由美ちゃんの撮影の専属カメラマンをさせてもらってる。大変だけど今が一番充実してるかな」
ゆいはそう言いながら小百合の背中を目で追っていた。もちろん、その前提には小百合の存在が大きく、大袈裟な言い方じゃなく、小百合がいるから頑張れるし、自分を鼓舞する気持ちになる。
「はい。これでいい?」
「うん。ありがとう。出来れば今月末の日曜日に引っ越したいと思ってるんだけど」
「当日手伝いに行こうか?」
「ありがとう。予定がなかったらお願い」
「ゆい、お母さん、仕度できたよ」
良い匂いがしてきた時、小百合に呼ばれたゆいは書類をカバンにしまい、テーブルに座った。
小百合もすき焼きは作ってくれるが、こんな見るからに柔らかそうなお肉は入っていない。いただきますをすると二人してお肉に箸を伸ばす。
いったいどこで買ってきたのかと聞きたいくらいお肉が柔らかい。肉が美味しいので一緒に入ってる野菜も美味しい。
「もぉ~どんだけ振りって感じ」
「なんだ小百合。家では食わんのか?」
「お肉奮発するけどここまでは出せない。これでもちゃんと自炊してるよ」
「ならいいけど。引っ越しの費用は足りるのか?」
「そこは大丈夫。そんな時のために一生懸命が頑張って貯めたから」
日頃、店のバイトを上がる時間が遅くなった時には折りを作ってくれるが、圭吾が作った温かい晩ご飯を食べるのは一体どれだけ振りなんだろうか。
食べるのが久しぶりなら、こんなにも美味しいと思えたのも久しぶり。
お肉でお腹がふくれ、〆のうどんは少しだけでごちそうさま。
「そうだ、小百合。前に表紙になったって言った雑誌、お父さん買ったぞ。って言ってもまどかさんに買ってきてもらったけど。凄いなぁ、雑誌の表紙だなんて」
「買ってくれたの?でももう最後だから。大学生活のいい思い出ってことで」
今回は縁があって2誌表紙を飾ったが、小百合の仕事は裏方。ゆいのサポートをするのが役目。と体裁のいことを思ったが、本当は恥ずかしくてもうゴメンなのだ。何が恥ずかしいって、ゆいの前で作り笑いするのが顔から火が出るほど恥ずかしい。ただ、ゆいが撮ってくれたということだけは自慢したい。
何だか感じたゆいの視線は『またお願いしたらやってくれるよね?』みたいに訴えている目だった。
もちろんその視線に小百合は小刻みに首を振りそっと視線を逸らした。