店の常連さんたちから孝之とのことをからかわれ、小百合は『彼氏』がいると事ある度に言ってきた。しかしその度にゆいのことを『彼氏』と例えてしまうことの罪悪感が半端ないくらいに苦しく感じていた。
圭吾に表の看板を片付けてと言われ、ちょっとだけ解放されたい気持ちで外に出た。
看板のプラグを抜くと、駐車場を見てはゆいの車を探す。
「まだ時間じゃないもん。今、来てくれる途中かも」
ゆいが来てくれることを待ちわびながら店に戻った。
店にまだ来ないゆいは、明日の朝の仕込みが終わり一息ついていた。そしてそろそろ迎えに行こうと車のカギを掴んだ。
本当なら今日はバスで迎えに行くつもりだった。まだ寒くない今ならと。
ゆいだって時々は小百合と手を繋いで歩きたい。でもどこに行くにも車、なかなか機会がない。引っ越した後、夜のお迎えはどうなるか分からない。それに小百合が同じ職場に就職したら100%車通勤。
「そんなの日曜しかないじゃん。だったら明日!でも早く帰って小百合に課題やってもらいたいし。やっぱりダメか」
一生手を繋げないわけじゃない。でも堂々と繋げる時は夜道しかない。
自分の思いが堂々巡りで一人勝手に落ち込む。
そんな気持ちなどこれっぽっちも知らない小百合は、最後の客が帰り洗い場を掃除中。
「小百合、今日は仕込みの手伝いはいいから。ゆいちゃん来たら上がれ」
「うん。あっ金曜日はゆい来ないから」
「分かった」
店の駐車場に着いたゆいは、明かりが消えた看板を見て急いで階段を上がった。
「こんばんは」
ちょうど小百合が今月分のお給料をもらっている時だった。小百合は何か言いたそうな笑顔でゆいの声に振り返った。
ゆいは金曜日には来られないことを話すと、圭吾は横山さんに送らせると言った。安心と言えば安心だが、あまりいい気はしない。
小百合が何か言いたそうな表情をしたのはそれを言われたからなのか?
店を出た小百合は、階段を降りると駐車場までの距離をずっとゆいの腕をギュっと掴んだまま歩いた。
「ん?どしたの?小百合」
「ううん。今から見に行くんでしょ」
「行くけどさ。お腹空いてるでしょ?」
「ゆいもじゃん。気にしないの」
ゆいはナビに入れた地図を頼りに現地まで走る。お互い話したいことがたくさんあるが、長くなりそうで二人して無言になってしまう。
「小百合、久しぶりのバイトで疲れたでしょ?立ちっぱなしだったから」
「ちょっとだけ」
そう言いながら大きなあくびをした。
そろそろ見えてきた、目的のアパート。周りの街灯でかなり明るい。
「ここだね」
空いてる駐車場に止めさせてもらい、アパートを見上げた。
「アパートっていうよりマンションだね。エレベーターもあるし。小百合はどう?」
「うん。でも家賃がさ。確か12万でしょ?一年半頑張れば私もお給料から出せるし」
ただ、決めるのはまだ先。ゆいは内見の流れを説明し、今すぐは出来ないことを話した。
「菜々ちゃんから聞いた。韓国語の課題のこと」
「うん・・・あっ!ちょっと待って!」
小百合はユイから来る絵本の返事を思い出し、ゆいの前で確認した。
「ゆい、帰っていい?ユイちゃんに返事送りたいんだ」
「うん。帰ろう」
帰りの車の中で、小百合はユイが絵本を見つけてくれたお礼の返事を送った。
協力してくれた菜々にも報告のLINEを送り、カバンにしまうとやっと自分の話を始めた。
「何から話していいのか困るくらい、今日はいろいろあったんだ。その度にゆいに話したいって」
「そんなにいっぱいあったの?聞くよ。教えて教えて」
小百合の楽しそうな声に、ゆいはこのままドライブしながら小百合の話を聞きたい気持ち。でも家までもうすぐ。
「今見てきたとこ、いいね」
今のアパートに近い距離。それだけで小百合は気に入ったようだ。