「なりたい」自分になるんじゃなくて



もう自分に還りましょうよ



なりたい自分って
私もかつては
結構途轍(とてつ)もないことを考えてました



理想の自分像は

今まで誰かに言われたり
そうだったら良いなー、の他人像だったり
こうあるべき!と考えてるイメージだったり


経験の中でどんどん膨らんでしまっているから


もし実際に
その全部の条件を備えた人物が居たとすると

ものすごいやり手のコアラとか
セクシーで営業能力バリバリの広瀬すずとか


何言ってるか
良く分からなくなってきたのだけれど


とにかく
正反対の性質だろうがなんだろうが
良いと思うものを全部詰め込みすぎで
そんなのが実際いたら化け物だろー!みたいな
あり得ない感じに肥大してしまっているのです


1番気づくべき点は


「なりたい自分」って言ってる時点で
今の自分じゃダメざんす
と思ってるってこと


その考え方はもう
すっぱり捨てたほうが良いざます




私たちはもう
これ以上何かを付け足すのではなくて
余計なものを削いで行く時期に入っています


聖書には
神は自分に似せて人間を造った
と書いてあるのだけれど


それは正しくて間違い


神様が人間に似た姿で絵画に描かれているのは
人間の姿を真似て描いたから


つまり、絵画の表現上は
人間が神に似ているのではなくて
神が人間に似せられている


なぜ、キリンやパンダみたいに描いていないかというと
人間と神様は同じものだから


創世記に
「神は土地のチリで人形を作り、命の息を吹きこまれた」と書いてあるのだけれど、目にも見えず科学で唯一証明仕切れず、IPS細胞でも作り出せない、その「息」が神様そのもので


だから
一人一人の人間には神が宿っているのよね


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人間と神様は同じものだから



物心ついてから
私たちは、
何者かになるように努力してきたけれど


これからは
もう既に自分である
という前提が当たり前になっていくと思う


植物が実をつけるためには
ミツバチが必要なように


海の生物の栄養を
森が育むように


私たちには一人一人に凸凹があって
必ずどこかに、はまる場所がある


その凸凹はほとんどが初めから持っていたものだから
素直に凸凹のままでいれば良かったのに
今までは、一生懸命平らにならそうとしてきた


平らにして
摩擦をなくして
みんな同じで
すごーい欠点も
すごーい得意もなければ


神様は褒めてくれるはずだった


でも、神様は泣いている
私は人を神と同じに創ったのに
なぜ違うものになろうとする?と嘆いてる


神様を喜ばせるためには
自分を喜ばせれば良い


カーンタン!


楽チン過ぎてバチが当たりそうだ
と考えてしまったあなたは


気づいた今から先は
もう良いことしか起こらないと安心して大丈夫



だからもう
イメージの中にあるなりたい自分なんて目指さないで


もう既に自分だった
自分は神様と同じだった
凸凹なままで神様だった


と気づいてしまえばいい


認めることができなくても
気づいているだけでブラボーだから



自分の外側に神様がいると考えると
神様に見られている、嫌われる、怒られる、見捨てられる、罰せられる、許されないと思う


でも、自分が神様だったら
見張っているのも、嫌っているのも、怒っているのも、見捨てているのも、罰しているのも、許さないのも



ぜーんぶ
自分自身だったとわかる


そしたら今度は
見張らず、嫌わず、見捨てず…
と、一つ一つして行った先に
どんな自分が出てくるかを楽しめばいい





この世界は
今まで習ってきたよりずっとシンプルで
楽チンにできているらしい


宇宙の秘密も
世界の秘密も
実はどんどん開示されてきてるから


後は素直になって情報を選ぶだけで
もれなく幸せにしかならないようになってる

私たちは実は
ものすごく良い時代に生まれたのだと思う



ダイヤモンド心のおしゃべりを静めて、今本当に必要なことがわかるようになる

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