どうも就労移行支援で支援員をしている網川ニールです。

 

DaiGo氏のYouTubeでの発言が炎上している。

 

騒動の経緯

 

今回の彼の炎上経緯、内容を簡単にまとめると以下の通り。

 

①YouTubeで発した発端の発言

 

「自分にとって必要の無い命は僕にとって軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい。いない方が良くない? 邪魔だしさ。プラスになんないしさ、臭いしさ。治安悪くなるしさ。もともと人間は自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きている。犯罪者を殺すのだって同じ」

 

「生活保護の人に食わせる金があるんだったら猫を救ってほしい」「生活保護の人が生きてても僕は別に得しない。猫は生きてれば僕は癒やされる」

 

②視聴者が激怒

 

これに対して、視聴者が「人の命を軽視している」、「他者の基本的人権を無視してる」との批判が寄せられ、炎上状態となる

 

③弟で謎解きクリエイターの松丸氏も反応

 

今回の炎上に関して実弟である松丸氏もTwitterで以下の反応を示す。


「今まで兄が炎上しても「また炎上してんな~~」くらいにしか思ってなかったし触れないようにしてたけど、人の命を軽く見る発言だけはさすがにダメです。それだけは絶対に許されない」

 

「今度会ったら絶対に論破するまで怒り続けます。今回ばかりは兄がおかしい」

 

④DaiGo氏さらに動画を投稿

 

一連の流れを受けて、DaiGo氏はYouTube上にさらに動画を投稿。

その動画の以下の発言で視聴者さらに激怒します。

 

「社会に浸透させようと思ってやっているなら問題だが個人の感想を言ってるだけ。感想に間違いもクソもない。謝ることでもない」

 

「命の優劣はないと思うが個人から見たら違う。死ねばいいのにと思う人もいるでしょう?」

 

「じゃあ聞きますけど、ホームレスとか生活保護の人たちに炊き出しとか定期的にやったりしてるんですか?(批判している人より)はるかに税金を払っているので僕の方が助けている」

 

⑤一転謝罪

 

その後、彼はYouTubeの生放送でこれまでの発言を一転させて謝罪を行う。

しかし活動自粛などは行わずに、今後は生活保護受給者が何故、受給者になったのかの経緯等を勉強するとい趣旨を話す。

 

実際の言葉としては以下。

 

「これで謝罪して活動自粛するのでもいいんですけど、それよりかはちゃんと勉強して、プロの人に聞いてみようかなと思いまして」

 

⑥その後さらに謝罪を行う


前回の謝罪に対して


「僕が勝手に反省しているだけに過ぎず、謝罪になっていませんでした」


とコメントし、


「もし自分の母親が生活保護を受けていたら、自分の母を傷つけてしまった、それぐらいの感覚で考え直しました」


と更なる謝罪を行った。

 

併せてこの時、DaiGo氏は自身がいじめの被害者であったことも語っている。

 

以上が炎上のざっくりしたまとめである。

 

母親の話

 

一連の流れを見ていると、DaiGo氏は最初は「いつも通りの炎上」くらいに思っていたのが「これは大ごとだ」と焦り、「強気な謝罪を行う」もそれでも世間の反発は止まず「本気の謝罪を行った」という感じだ。

 

まずは発言の内容はさておき、私は最後にお母さんの話を持ち出して、謝罪を行ったのは少し残念に思った。

 

DaiGo氏のお母さんは癌と闘病しながら、4人の息子さんを育てた立派な人だ。

 

彼の母の話を聞かされると、世間は途端に怒りの矛を収めて、彼を許さざるを得なくなる。

 

いや、彼を許すわけではなく、癌と闘病して子育てを行った、DaiGo氏の母を許すのだ。

 

「そんなに苦労して育てた母親がいるなら、彼をこれ以上責めるのはよそう」と。

 

ある意味それは、DaiGo氏が最初に「ホームレス」や「生活保護受給者」を批判した暴力的な言葉と同じくらいの破壊力を持っている。

 

思考が一気に「DaiGoさんが、かわいそう」にシフトしてしまう。

 

しかもDaiGo氏の場合、そこら辺の作用もしっかりと認識はしているだろうから考えさせられる。

 

だから、今回の件で母親のことを持ち出すのはいささかズルいと感じてしまう。


同様の理由でいじめの被害者だったと口にしたことにもズルさを感じてしまう。

 

さて話が少し本筋とズレてしまった。

 

イコールではない

 

私が今回の騒動を通して考えたいのは、DaiGo氏の発言の発言の本質的な問題点は何なのだろうか?


彼はいったい何を間違えてあのような発言をしたのだろうか? ということである。

 

DaiGo氏、個人の人間性などではなく、彼の発言の何がいけなかったのか、あの発言は何故生まれてしまったのかを一人の福祉屋として真剣に考えたい。

 

まず「自分にとって必要の無い命は僕にとって軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい。いない方が良くない? 邪魔だしさ」という発言についてだ。

 

これに関しては、前半部と後半部を分けて考える必要があると思う。

 

基本的に命の価値は平等であるが、自身の愛する人と赤の他人の命を平等に扱える人は少ない。

 

だから他人の命が自分にとっては「軽い」という部分、感覚は否定はできない。

 

しかし「軽い」ということと「どうでもよい」、「いない方が良い」ということはイコールではない。

 

彼の論法だと「自分にとって関わりのない人間はいない方が良い」ということになってしまう。

 

いてもいなくても良いと、いない方が良いでは天と地ほどの差がある。

 

ましてや邪魔などという権利は誰にもない。

 

そもそも人間なんて常に誰かにとって「他人」であり、「軽い命の対象」である。


今回の発言をしたDaiGo氏も誰かにとっては「どうでもい人」だし、心の中では「邪魔だし」と思われているのかもしれな。

 

むろん私もそうだ。

 

だからと言って、DaiGo氏も私も他人から命の価値をとやかく言われる筋合いはないわけだ。

 

まあDaiGo氏はそんなことを言われれば、いつもの調子で「僕の方が税金払ってるんで、あなたの方が消えてください」なんて言いそうだが、そういう問題ではない。

 

多様性を無視している

 

またDaiGo氏は

 

「もともと人間は自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きている。犯罪者を殺すのだって同じ」

 

とも発言している。

 

これに関しては多様性を認める、現代の風潮から乖離した考え方だと思う。


DaiGo氏の言うように、人間は歴史的に異物を排除しようとしてきた歴史がある。

 

しかし人類の歴史の本質は、異物を排除しようとする反応との戦いである。

 

なんとなく嫌いだと理由で、他者を罰せられないように、法という枠組みを作り他者の権利を保障し認める。

 

法で追いつかない部分を、倫理や道徳といったモノで埋めていく。

 

ややもすると暴走し、DaiGo氏が言ったように


「自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑」

 

してしまいそうになる流れを止めようと、いつの時代も試行錯誤している。

 

もちろん、それは完ぺきではないから、結果として排除する理論が勝つことがある。

というか実際には、そういったケースの方が歴史的には多かったとは思う。


しかし、それに対する抵抗はいつの時代にも確かにあったのだ。

 

また仮に「自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑」することが人間の本質ならば、今回DaiGo氏にもその罰が下ってしまうことになる。

 

何故なら今回の騒動を通して、DaiGo氏は「群れ全体の利益にそぐわない人間」と世間からみなされてしまったからだ。

 

まあ、当の本人は発言をした時点、あるいは炎上の初期段階でも、犯罪者を殺すのと同じ理屈で自分が抹殺される可能性を考えてはいなかっただろうが。

 

それは途中の

「社会に浸透させようと思ってやっているなら問題だが個人の感想を言ってるだけ。感想に間違いもクソもない。謝ることでもない」

 

という発言にも表れている。

 

最終的には、涙を浮かべて謝罪したDaiGo氏だが今の自分の状況をどう持っているのかは気になるところだ。

 

生活保護受給者に関して

 

就労移行に通っている人の中には生活保護受給者も少なくはない。

 

だからこそ、DaiGo氏の生活保護受給者の命よりも猫の命の方が上だという趣旨の発言には考えさせられるものがあった。

 

就労移行の支援員をしていると「生活保護受給者の怠惰」を目にすることも多い。

 

・就労支援員に言われたから移行に来てます。

・移行に来てれば就職早くしろってせっつかれないから来てます。

・そもそも保護で暮らしていけるから働きたくない。

 

そんな言葉を平気で口にする人もいる。

 

こういった言葉を耳にすると、心に思うことがあるのも事実だ。

 

しかし我々が取るべき行動は、「生活保護の人に食わせる金があるんだったら猫を救ってほしい」などと思って、彼らへの援助を打ち切ることではない。

 

彼らを社会に参加させ、就職してもらい、労働をしてもらうことが大切なのだ。

 

日本は職種、業種によっては人的資源が不足している。

 

彼らが労働力として社会に参加してくれることは、人的資源が乏しい業界にとっては極めてありがたいことである。

 

したがって我々は積極的に生活保護受給者へ必要な支援(金銭的な支援だけではなく技術的な支援も含む)をしていくべきなのだ。

 

 

税金に関して

 

DaiGo氏は今回の騒動の前から、度々動画で「税金を多く払っている自分は払っていない人間よりも偉い」というニュアンスの言葉を口にしている。

 

これに関しても考えさせられるものがある。

 

果たして税金を多く払っている人間は偉いのだろうか?


他者を動画等で悪く言える程度には特権を持っていると言えるのだろうか?

 

税金を多く払っている人間が日本社会に於いて、貢献しているのかと聞かれれば、それは間違いない。

 

しかし、それは税金という尺度で見た時の話だ。

 

この国に貢献する手段は別に納税だけではない。

 

医療従事者はDaiGo氏よりも税金を払えていないだろう。

 

だがその貢献度は計り知れない。

 

わかりやすく医療従事者を出したが、どのような職業だって相応に日本に貢献している。

 

むしろ、ある種の尺度ではDaiGo氏のようなエンターテイナーは貢献度が低いと言われることもある。

(DaiGo氏は実際はエンターテイナーだけではなく、経営者という面もあるがそれは於いておく。また私、自身はエンターテイメントはなくてはならない仕事だと心の底から思っているがそれも於いておこう……)

 

結局、どういう尺度で見るかによって人の価値など変わるのだ。

 

だからそれを元に他者を批判するべきではない。


物差しが変われば結果も変わるものだ。

 

 

最後に

 

さてここまでダラダラと書いてきたが結局、

DaiGo氏は何を間違えてこのような状態になってしまったのだろうか?


彼の大きな過ちは先に書いた通り

「自分にとって関わりの少ないもの」=「不要なもの」と思い込んでしまったことにある。


関わりが少ないことと不要なことは別問題である。


そしてもう一つの大きな失敗は


「自分を支えてくれている人の中にも多様な人がいる」


というを認識持てなかったことにある。


もし自分出資してくれている人間の中に「幼少期生活保護を受給している人がいたら」、「ファンの中に元ホームレスの人がいたら」などということを一欠片でも思えばきっとあのような発言は出なかっただろう。


実際、DaiGo氏をCMに起用していた、某企業は長らくホームレスの支援活動をしていたわけで、結局彼はCMを降板することになる。


陳腐な言い方だが、現代はスマホ一つで世界と繋がれる時代だ。


優秀なコンテンツを生産できれば、相手の顔を見ずとも出資者を得ることができる。


しかし、モニターの向こうの人間がどんな姿形で、どんな経験をしてきたのかは頗る見えにくい。


見えにくいから結果、疎かになる。


そして現代は自身に関わりのないもや異物を排除しやすい時代でもある。


ボタン一つで反対意見を消したり、ブロックしたり。


その人のことを心配して発したメッセージも嗜められていると感じれば「このコメントアンチじゃない?」の一言で一蹴できてしまう。


そういった行為の繰り返しで他者を消す経験を積みやすい時代だ。


その繰り返しの中で、他者を想像することもしなくなり、相手を排除することに慣れていく。


そして気がつけば今回のDaiGo氏のような騒動が起きてしまう。


彼の失敗は誰しもに起こり得ることだ。


こんな時代だからこそ、光る板の向こうにいる誰かの姿形、過去について考える必要がある。


自分に向けられたメッセージをただ排除してしまうのではなく真剣に受け止めてみる必要がある。


取り止めもなく書き綴ってしまったが、今回の騒動を通して、一人の福祉屋としてそんなことを思った。

 

 

 


どうも就労移行で支援員をしている綱川ニールです。

突然ですが、皆さんはお笑い芸人は好きですか?

私は大好きです。

本当にお笑い大好き。

私は人生の要所要所でお笑いに救われてきました。

今日まで無事呼吸ができているのはお笑い芸人の皆さんのおかげです。

いやマジで!


そんな私だから、「お笑いってこういうもの」って言う妙な基準が頭の中にあったりします。

時折、テレビやYouTubeを見て「これは芸人じゃない!」なんて思ったりもしていました。

何がクリティカルヒットだ…!!!!

とかね思ったりもしたわけです。

果たして面白いのかコレ!!!

とかね、本当に!

でも最近思ったんですよね。

今、芸人に求められてるのって面白さじゃないんじゃないのかなって。

自分たちが子ども頃のお笑い芸人さんが求められてたのって第一は「面白さ」だったんですよね。

ダウンタウンなんてもう、腹を抱えて笑うとかの次元じゃなかった。

喉が引きちぎれるくらい笑えた!

夜中に見たガキ使のフリートークで笑いすぎて、親から五月蝿いとビンタされたこともありました。

引くほど痛かったし、涙も出たけどガキ使のトークが面白くてまた笑ってしまう。そしてまたビンタ……無限ループ!
※ちなみに私が住んでいる地域では当時ガキ使は深夜1時ごろやっていました。

でも最近の芸人さんが求めれてるのって違うんですよ。

いや最近でもないかな……エンタ後半ぐらいからかな?

てことは10年位前か……
いやだ、エンタって最近のイメージあるけどもうそんな前なの?

時の流れが怖い……

話がそれました。

ともかくですね、それくらいからお笑い芸人さんに求められるものが「面白さ」ではなく「楽しさ」になってきたと思うんです。

見ていて腹を抱えて笑うわけではない。

でも見ていて、楽しい気分になる。

すごくライトな気分で見れて、音やリズムで気分が緩やかに上がる。

そんなお笑いが現代には求めれているのかって思います。

今までのお笑いとは確実に違うし、今までのお笑いが好きな人間は違和感を感じてしまう笑い。

でそれは決して悪くないのかなって思います。

お笑い芸人さんの役割っていつの時代も「見る人を生き延びさせること」だと思うんですよね。

新型鬱などが流行っている昨今、ライトに楽しい気分にさせてくれる芸人さんはその役割をしっかり果たしてくれていると思います。
※プロの芸人さんにすこぶる生意気なことを言っている自覚はあります……ごめんなさい。

TikTokとかを見ても
「どこに流行る要素が?」と思うこともしばしばですが、それを真似て踊っている若い人たちを見てると、なんかこれでいいんだろうな〜って思います。

てなことを最近、思った綱川ニールでした。
みんなもお笑い芸人さんを見て楽しい気分になりましょう!

さーて私はガキの使いのDVDでも見て、また生きながらえますかね

ではでは〜






どうも就労移行で支援員をしている網川ニールです。

 

皆さんは障害をオープンにして働く場合と、クローズ(障害を隠して働くこと)の場合の一番の違いは何だと思います?

 

一番の違いは働く側の都合としては

「合理的配慮」があることです。

 

ここは大きい!

 

企業から特性に合ったサポートがあるどうかは、仕事が長続きするかに直結していきます。

 

クローズで働くには色々と乗り越えなければならいハードルがあるんですよ・・・・・・

まあ、その話は別の機会にします。

 

ともかくですね、オープンで働くことのメリットは「配慮」なのです。

 

しかし時折その配慮に関して、思い違いをしている人がいます。

 

配慮=自分が楽になる手段

 

だと。

 

これは半分正解で半分不正解です。

 

配慮とは本来、障害を持たれた方々が、楽になるためにあるのではありません。

 

障害者雇用における配慮は、

 

障害がある人が企業で”仕事”をするために必要なサポート

 

を指します。

 

いやまて網川よ、それって結局、当事者が楽になることと同じことじゃないか?

 

と思われたそこのあなた。

 

違います!


両者は、似て非なるもんです。

 

実際の例をもとに両者の違いを考えていきましょう。

 

移行支援をしていると配慮としてよく上がってくるのが、

 

「電話応対をしたくない」

 

というもの。

 

理由は、人によって大きく異なりますが、本当にこの配慮事項を挙げてくる人は多いです。

 

もちろんこの配慮を求めることは可能です。


しかしこの配慮を求め良い職場と、求めてはいけない職場があります。

 

例えば以下のような求人があったとします。

 

・10名ほどの人数の営業所での事務。

・事務の人間は、先輩社員が1名、あとは全員営業マン。

・営業マンは日中は外出しており、ほとんどの時間は先輩社員と二人きりになります。

 

この求人に応募す際に「電話応対はできないので配慮してください」というのは、


ハッキリ言って無理です。

 

 

先ほども言ったように、配慮とはあくまで

「その職場で仕事をするため」

に行うものです。

 

上の条件の職場では「電話に出ること」はマストの業務だと思います。

 

間違いなく企業がこの職場で人員として欲しいのは「電話に出れる、事務能力のある人」です。

 

日中、二人しかいないのに、片方電話は出れません、でもパソコン入力の仕事はできますは通用しません。

 

先輩社員がトイレに行ったときに電話が鳴ったらどうするのって話です。


鳴ってるけど無視!!

って ちょっとできないじゃないですか汗


ですから電話応対に配慮が必要だという人はこういった仕事にはそもそも応募しない方が良いでしょう。


それが職場と自分のためです。

 

仮にこの職場で電話に関する配慮が求められるとしたら「電話に出るために必要な配慮」です。

 

例えば、「電話に出た後、すぐに先輩に代わっていい」とか・・・

 

障害者雇用でも一般雇用であっても求められるのは「必要な労働力を提供できる力」だということです。

 

その労働力を提供するために必要であれば企業は配慮を行ってくれます。

 

ここを意識できないまま、ただただ自分にしかメリットのない配慮を求め続ける人は、なかなか就職までたどり着けなかったり、仮に就職できたとしても同僚との間に軋轢が生まれたりします。

 

さっきの例で言えば

「いやトイレ行ってるときくらい電話出てよ!」

とか思われたりするわけですよ。


この状態は企業にとっても、ご本人にとっても得がない状態です。




以上配慮に関してでした!


障害者雇用における「合理的配慮」とはお互いにとって合理的でなければなりません。


片方だけに有利な配慮はややもすると、企業や同僚から甘えと捉えられてしまいます。


これから障害者雇用で働きたいという人は、自身が求める配慮と企業に提供できる仕事をしっかりと結びつけて提示できるようにしましょう。


 

 



どうも就労移行支援事業所で支援員をしている網川ニールです。

 

最近になり「在宅で訓練したいんです」って問い合わせが増えています。

 

こんな時代ですからね皆さん在宅訓練や在宅就労に興味を持たれるのは無理からぬことかと思います。

 

でもね~

でもですよ~

正直、在宅訓練や在宅就労にはいろいろと


難しいことがあるんですよ。

 

今回は私が在宅訓練や在宅就労に関して思うことを書いていきます。

 

在宅の仕事が少ない

 

就労移行も、最近「在宅訓練やってます!」ってホームページやパンフレットで謳っている所が増えました。

 

家にいながら訓練が受けられる。

それって一見すると魅力的ですよね。

 

でもですね、世の中的には在宅の仕事ってあんまりないんですよ。

 

だから在宅で働けるスキルをいくら身に付けても活かす場がないんです。

 

もちろん在宅訓練をうたっている就労移行だって、そんなことはわかっています。


わかった上で在宅訓練をうたっているのは、最終的には在宅から通所訓練に切り替える方針か、在宅就労として紹介できる企業、仕事をいくつか持っているのかのどっちかです。


でも紹介できる求人だって限りがありますからね……


 

そもそも在宅で出来る仕事って「SE・PG」とか「デザイナー」、「単純な入力作業」とか限られたものだけなんですよね。

 

ですから在宅訓練をする場合は「将来的にどんな仕事をしたいのか」をしっかりと見据える必要があります。

 

職業選択の幅を広げるなら、通所をして訓練をするのも一つの手です。


自制心がないとできない




在宅訓練、在宅就労は基本的には自制心がない人には務まりません。


周りに同僚や上長、職員の目がなくても仕事や訓練を一定の水準でこなし続けるスキルがマストです。


でもこれってやっぱり難しいんですよ!


誰も見てないと人ってだらけるんですよ!

しかも障害者雇用の在宅就労って単純な入力作業とか多かったりするんですよ。


これはもうね、途中でだらけますよ!

飽きるし!!


まあ、周りに人がいない方が仕事が捗るって人もいますけどね汗


ともかく在宅で仕事をする人は自制心がマストです。


聞けない


自制心プラス必要になってくるのは、

自分で解決する力です。


というのも、在宅の場合基本周りに人はいません。

ですから、わからないことがあった場合、チャットやzoomを使って質問をすることになります。


しかしこれらのツールは基本的にレスポンスが良くありません。


チャットを送ってもすぐに返事が返ってくるわけじゃないんですよね。


zoomだって繋ぎっぱなしってわけじゃない。


隣の席の先輩に「これ、教えてもらっていいですか?」と聞くように、気軽に質問はできません。


実は在宅で就労する際は、そこが一番困るゾーンだったりします。


聞ける、相談できる環境というのは障害者雇用ではマストだと思います。


妙な気疲れがある



精神の方で特に鬱傾向が強い方からよく聞くお悩みの一つに「在宅をやっているとなんか会社よりも疲れる」というものがあります。


・誰にも見られていないのに、何か誰かに監視されている気がする。


・息抜きにコーヒーを淹れたいのに、今もしチャットが来たらと思うとパソコンの前を動けない。


・何かの表紙にzoom中に、自分の部屋の変な物が映ったらどうしよう……


などなど様々な考えが頭を巡り、定時を過ぎる頃にはドッと疲れが出てしまうなんてことになったりします。


いくら自制心があっても、これでは心が持ちません。


在宅就労を行うには「自制心」

だけではなく「緩慢」さも必要です。


在宅の幻想が強すぎる


在宅就労や訓練をしたい方の多くが「在宅の方が楽そう」と言われます。


しかしですね!


ここまで書いてきたように決してそんなことはないんですよ。


ですからやって行くなかで

「え、大変じゃん在宅」

と気付く人も少なくありません。


そして数ヶ月で辞めてしまうなんてことも……


結局、在宅訓練、在宅就労は楽なわけではなく、通所、出社時に発生する苦労とは違う苦労があるだけなのです。


どちらの苦労が良いのかという話です。


 

さてさて、以上在宅に関して私が思うことをつらつらと書きました。


結論から言って、在宅就労ってまだまだ環境が整ってなくて障害を持たれている方が働くのは大変な状況なのかと思います。


ですから移行での訓練も在宅よりは通所をした方が得られるメリットは多いです。


あくまで今のところは、ですけどね。









 

どうも就労移行で支援員をしている網川ニールです。

 

就労移行を決めるために大切なのは「見学」、「体験」をしっかりと行うことです。

 

いいですか、大切なのでもう一度言いますよ?

 

見学体験をしっかりと行いましょう!

 

特に体験!!

 

就労移行を見学だけで「いいじゃん!」って決めた人の多くは3か月以内に通所が不安定になり辞めます。

 

酷いときは一週間で通所で来なくなります。

 

これはですね、お互いにとってもったいない!!

だから体験しましょう!

 

最低3日程度ね!

 

そこで今回は見学体験の際に見るべきポイントについて書いていきたいと思います。

 

①支援員のビジネスマナー

 

就労移行は一般就労をするためのスキルを身に付ける場です。

ですからそこに勤めている支援員は基本的なビジネスマナーができていなければなりません。

 

敬語すらまともにできていない職員からビジネスマナーを学びたいと思いますか?

って話です。

 

私なら絶対に嫌です。

 

普段からタメ口、不遜に見える態度の人に

 

「敬語は基本的なマナーです」

 

なんて言われたら。

 

お前が言うな!

 

って思いますもん

 

ですから見学の時は、その職員が基本的になビジネスマナーがあるかを見てください。

特に敬語はわかりやすい部分かもしれませんね。

 

もちろん相手の障害特性に合わせて、あえて回りくどい敬語表現ではなくストレートな言い方をすることはあります。

 

お茶を出したとき「召し上がってください」ではなく「飲んで良いですよ」と伝えるなど。

 

しかし、それでも前提として「丁寧な言葉遣い」は崩してはいけません。

 

お茶を出しながら「いいよいいよ、お茶飲みな」なんて言う人がいる移行はNGかと思います。

 

いま、そんな職員がいる就労移行はないと思ったでしょ?

でもね本当にそんな言葉づかいをする職員、いるんですよ・・・・・・

特に年配の職員ね・・・・・・

 

②何をやるかではなく

 どうやるのかを見る!

 

正直、言いますね?

移行支援のプログラムって結局、大別するとどこも似た感じになります。

 

これ言うと怒られるんですけど、本当に大体似てます。

 

というのも世の中で必要とされる知識って大体一緒なんですよね。

 

では移行支援に通ったことがある方、あるいは見学に行ったことがある方に質問です。

 

その移行で行なっているプログラムを頭に想像してみてください。

 

そうですね。

今あなたが想像したのは・・・

 

・パソコン訓練

・コミニュケーション訓練

・ストレスマネージメント訓練

・ビジネスマナー訓練

 

のうちのどれかですね?

 

そうこれが

メンタリズムです。

 

冗談です。

 

でも、どこもこういった訓練を行っています。

だって世の中でこういった知識が必要とされているから!

 

もし特別、変わったことをやっている移行があるなら、それは世の中で広く必要とはされてはいないけど特色を出すためにやっているだけです。

極論ですけどね・・・

 

だからぶっちゃけ内容とかはどうでもいい!

あくまで極論ですけどね。

 

 

 

見るべきポイントは〜

 

それらのプログラムを、どういった方法で提供するのかということです。

 

大別すると移行の訓練は以下の二つのパターンで提供されます。

 

①ある程度パッケージが決まってて共通で同じカリキュラムを行う移行

 

②自由にカリキュラムが組める移行

 

両者にはそれぞれメリット・デメリットがあります。

 

①は決まったカリキュラムがある分、将来的な就職のイメージがしやすいです。反面、将来の目標に関係ないプログラムも学ぶ必要が出てきます。

 

②は自由にカリキュラムが組めるので、将来の目標にあったオーダーメイドの訓練を受けることができます。そのため、「目標も決まっていないので、とりあえずみんなと一緒に訓練を受けたい」という人には不向きです。プログラムを毎週組むストレスもあるかもしれません。

 

どちらが良い悪いというわけではなく、結局これは自分に合うか合わないかです。

 

ですから見学に行った際は、プログラムの内容だけではなく、それがどのようにして行われるのかについて聞いてみてください。

 

③就職実績

 

就労移行の本文は「訓練を通して一般就労をする手助けをする」ことです。

 

ですからどこまで行っても就職実績は大切です。

具体的には見学の際は、以下を聞いてみてください。

 

1:年間の就職者数

どんなに良いプログラム、訓練を提供していても一年で一、二名しか就職者出していません、という移行は通うべきとは言えません。

 

※そうは言っても最近はコロナの影響で就職者が減っているので、まあこれから見学に行く人は、大体で年間どれくらいの人が就職しているかを聞いてみてください。

 

2:就職先にどんな企業があるか

正直、同じ地域にある移行は就職先がどこも似たり寄ったりになりがちです。

まあこれも「世に出てる求人が一緒なんで、応募先も一緒」ってな具合です。

 

でも移行ごとにつながりが強い企業があるのも事実です。

すでに何名も就職者を送り込んでいるので、先方の担当者と仲が良いなど。

 

見学の際は、そういった企業について聞いてみてください。

 

もちろん就職先はアセスメント結果をもとに、職員と話し合いながら決めるべきなので、ここで紹介された企業に必ず入れる、あるいは入らなくてならない、という話ではありません。

 

あくまで一つの基準として聞いてみてください。

 

3:定着率

就職はあくまで通過点です。

本当のゴールは「働き続けて自分が望む生活を行うこと」です。

 

ですからいくら就職者数が多くても、半年程度で辞めてしまう人が多い就労移行は良い事業所とは言えません。

 

ぶっちゃけ就労移行は実績作りの為に半年間は何とか就職を継続させようとします。

それによって来年度の加算が変わるからです。

 

酷いところになると、本人が「もう辞めたい!」と言ってるのに無理やり半年間は働かせて、半年過ぎた瞬間に「もう辞めよう」と支援員から提案する事業所もあります。

 

だから卒業生が年単位で長く働けている事業所かどうかは大切です。

 

年間15名の就職者が出ているけど、年単位で働けている人は7人という事業所と

年間9名の就職だけど、皆さん年単位で働けていますという事業所なら・・・・・・

 

行くべきは後者です。

 

④相性

 

体験の際は「職員の伝え方が自分に合っているのか」、「事業所まで通うルートは負担にならないか」、「男女比はどうか」などなど、自分の行きたいと思う事業所の条件に合っているのかを判断してください。

 

もちろん、すべての条件を満たす移行支援はありません。

 

というより、すべて自分に合っている事業所は事業所は、居心地が良すぎて逆に就職する気がなくなったり、就職した後の「事業所と違う!」というギャップに悩まされる可能性があります。※嘘みたいな話ですけど本当です。

 

でも自分の中で譲れないポイントを一つくらい決めておいて、そこが満たされているのかを判断するのは必要です。

 

ちなみにですが事業所選びの際に「フィーリング」、「なんとなく良いと思った」という理由で決めた人は「イメージと違った」って理由で辞めていきます。

 

事業所選びに感覚は禁物です。

 

 

 

 

以上、見学体験時に見るべきポイントでした。

他にもいっぱい見るべきポイントはあるのですが、ひとまずはこのポイントは押さえておいて欲しいかなと思います。

 

就労移行は2年間しか使えないサービスです。

ですから途中で「事業所が合わないから」と辞めてしまうのはあまりにももったいないです。

 

今回ご紹介したポイントなども踏まえて、自分に合った就労移行を選んでくださいね!