3時間の透析のあと、看護師さんに車椅子に乗せて連れてこられたのは、四人部屋で窓側のベッドだった。窓側というのはうれしい配慮である。まあ私以外に同部屋の人が一人しかいないのでそんなものだとは思うが。
早速消灯台やら衣類ケースやらに持ち物を納めて、血圧やら脈拍といったバイタルを測定され、入院時の心得や説明も適当に聞き流すと、着替えて早速横になった。この病院だけでなく、入院生活は慣れていると思っていたし、なにより透析後は頭痛や立ちくらみなんかがくると聞いていたが、まさにその通りであろう頭痛が透析後から襲ってきているのだ。それも次第に厳しくなってくる。
頭は痛いが納得はいくこともある。悪寒と吐き気が止まっているからだ。心のどこかで透析療法に対してどこまで効果があるのか疑問を持っていたが、スッキリしている自分の体に満足を覚えた。
もっとも主治医の先生にありのままの状況を伝えたら、
「おかしいなぁ、そんなに早く(効果が)きくはずないのになぁ」
と笑って答えられたが。 でも、きいてるんだから。とは言わずに、気のせいなのか個人差があるのだろうということにしておいた。こればかりは自分の体のことは他人にはわからないものだろうから。
そのあとも何人かの看護師さんが訪室してきてなにやら説明しようとしたが、頭が痛そうなので、落ち着いてからまた来ますと言い残して部屋を出ていった。明日にしてくれればいいが、また来るだろうな、と予想していたら30分後に来た。
そんなにすぐすぐ良くなるはずないだろう、と思いながらも、あまり美人ではないが若くて優しそうな看護師さんだったので、聞いてあげることにした。前後に紹介があったが自分の担当だということだった。
そんなことがあって一先ず寝てしまったが夜中まで頭痛が続き、看護師さんが出してくれた頭痛薬をのんでその日は寝てしまった。
2時間ぼんやりと天井やら周囲の様子やら観察していて気が付いたことに、看護師さんは3人いて、マスクをした目の大きな看護師さんは美人だということだ。 見えるのがその看護師さんでないのが少し残念には思うが、まあどうでもよいことだった。
そういえば、針の刺さっている右足の付け根が、ドクンドクンと脈拍打っていて変な感じがしていることに気が付いた。動脈に針を刺しているからだろう。あと2時間、さっきより3分ほど進んだみたいだから1時間57分くらいか。まあそこは我慢できることだろう。右手の肘の内側にも同じ針が刺さっているが、こちらは静脈に刺さっている。
足の付け根の動脈に刺さっている針にはチューブがついてチューブの中は耳元で規則正しく動いているダイアライザーという電子機器が制御する通りに血液が、ぶら下がっている空の状態だとビニール製かシリコン製だかの透明だった、試験管みたいな容器や、筒状の中が透けて見えるよくみると光ファイバーのような細い透明な糸状のものが筒と平行に何本も走っていて、糸状の中だか外だかを伝い、またチューブを通って右手の挿した針から静脈に戻るというような状態である。少しくらい大きな声を出して訴えたところで、妥当な気はする。
人工透析という治療方法で体のいらなくなった老廃物を機械でこすらしいのだが、初めてのことである。事前にある程度説明を受けたり母親が看護師だったので見たり聞いたりしたことを教えてくれていたのだが、実際行ってみると、こんなものかという感じだ。もっと苦痛をイメージしていたのだが。 もっとも、透析を行う前は体に溜まった老廃物のせいで、昼と言わず夜と言わず襲って来ていた吐き気や悪寒からぬけだせるのなら、多少のことは我慢出来るつもりだ。生半可ではあるがあんな苦痛が続き、酷くなるのなら別の選択をしていたかもしれない、等と考えるのは不謹慎だろうか。
見上げる天井は白かったが、あちこち染みがあって真っ白ではないことに気が付いてから1時間という時間がたっている。
かれこれ2時間は同じ格好でいるがなにもせずにじっとしているのに飽きてしまい、目に入るものの中から目新しく映るものを探して時間が過ぎるのを、ただじっと堪えているのだ。
耳元では規則正しくスースーという擦れたような音がして機械が動いているが、特に耳障りではない。
頭の上の窓が開いているのかさっきから肌寒さを覚えている。いや肌寒さというかはっきり寒いと感じて体幹が振るえだした。
思わず掛かっている毛布を上に引き上げようとするが、左手だけでは思うように上がらない。おまけに毛布が足先に引っ掛かっているようでそれ以上は上がらないようだ。まあ、我慢しよう。
それよりも、さっきから左足の踵が痛い。ずっと同じ体制でいるからベッドに集中して押し当てている部位が圧迫されて痛いのだが、特に左足の踵が痛くてこれ以上我慢できそうにない。
周りに誰かいないか、白い部屋を首だけ起こして見回したが、生憎視界には誰も入って来ない。
仕方ない、動かしてみるか。
左足を動かすなんてのは普段何気なくやっていることだ。特別なことをやろうというのではないのだから。
いやいや、下手に動かして右足の付け根に刺さっている針が抜けたらまずいか。変な所に刺さって血管から突き破って出てしまかも、などと大袈裟な想像をしてしみたりする。射し治しになってまた痛い思いをするのは得策ではないだろう。
ここはチャンスを待つことにした。
部屋には、遠くに白衣を着た看護師さんがみえる。しかし、声を掛けるのには遠くて大きめの声を出すのは恥ずかしくないか。
やはりもうしばらく待つことにした。