『幼い頃の教育』についての番組内容だったので、『内藤vs亀田』のボクシングを観た後からだったがチャンネルを回した。

小学校受験のための塾(名前を見そびれた…)での最新の学習方法が紹介されていたのだが、ただただ「素晴らしい!」の一言だった。

私もいつか子供に恵まれた時は、子供をあの塾へ通わせたい!というより私が「あの先生に子育てのイロハを教えて頂きたい(笑)!」と思った。


あの先生のおっしゃっているように、普通は家庭で学ばなくてはならないことが出来ていないため、あの塾を通して、『お受験』というきっかけによって、親自身が『子育て』『教育』というものの本質を学ぶことに意味があるのだと思う。


私は周りの友達のように幼稚園のお受験勉強などしたこともなく、両親にもコレといったお受験の知識があった訳ではないのに、両親の『一人娘だから良い教育を受けさせてあげたい』という一心で、何校かの私立幼稚園を受験した。

特に有名でも何でもない幼稚園だったのだが、『大学までエスカレーター式に進学出来る』という安心感があったからだろうか、倍率は15~6倍は下らなかったらしい。今の私のオ・ツ・ムでは、到底受かりっこない倍率である(笑)

だからといって、幼少時代の私が頭が良かったのか?と言われると、答えは『NO!』(笑)。
お受験中は落ち着きもなく、家族面接の時でさえジッとしていられず椅子で遊んでいたらしい。

当時、母も「なぜうちの子が受かったのだろう?」と疑問だったらしいのだが、入園した後に園長先生に尋ねたところ、

「健やかで伸び伸びとしているところが我が校風に合っているし、入園したら色々な変化を期待できるお子さんだと思った」

などと微笑みながら言われ、母は恥ずかしくて赤面したそうな。

しかし心の広い園長や両親のお陰で、私は幼い頃から良い教育を受けさせて頂いたと思っている。
(現在の私を見ると…?!だが(大汗))

私立でも様々な学校があるが、その中でもさほど有名ではなかった学校にしては、お金持ちのお子さんがとても多かった。

そのせいか、やはり地元の公立幼稚園へ通う友達とは何かが違ったし、必然的に距離が出来てしまった。
番組内で中嶋アナが、

「地元に幼馴染みがいないことが悲しい」

と言っていたが、幼い頃から私立校に通う一番のデメリットは『地元の友達ができにくい』ことだと思う。

私は幼稚園から中学校までを同じ私立校で過ごしたので、地元の幼馴染みが全く居ない。そのため中嶋アナの「地元のお祭りとかは辛かった」的な発言はとても共感できるものだった。


私立校の場合は皆色々な所から通学してくるため、近所の友達といっても電車に乗らなければなかなか会えないことが多かった。

キリスト教の学校だった私は日曜日に教会へ行くことを義務付けられていたので、地元に友達のいない私には、そこで毎週末学校の友達と会えて遊べることがとても救いとなっていた。



番組内で様々なお受験問題が出題されていて、「こんなことも幼稚園児にさせるの?!」とビックリするようなものもあったが、塾の先生の理屈を聞くと納得できることばかりで、ふと、自分の幼稚園児時代はどうだったか思い出してしまった。

「あなたは一人っ子で、両親も特に良い学校を出ているわけではないということがプレッシャーだった。」
と、母は私が大人になってから話すようになった。
昔は「何でこんなにうちは厳しいんだろう!」と幼心に感じていたのだが、それも今となっては『良い思い出』どころか感謝しなければならないと感じている。
番組内で『巧緻性』を養うために、あずきを漆塗りの箸でより早く摘まませたり、紐を自力で結べるようにといった学習があったが、母はそれら全てを幼い私にさせていたのだ。

箸の持ち方は人一倍厳しくしつけられ、幼稚園にあがる頃にはほぼパーフェクトで先生に良く誉められていた。(ただ食い意地が張っていただけ?!)

紐を結ぶことも未だに覚えているのだが、幼稚園の年中の頃には

「お弁当袋の紐をリボン結びに出来なければ幼稚園に連れていってあげない!」とか、
「靴の紐を綺麗に結べなければ幼稚園に連れていってあげない!」

と、よく叱られて、幼稚園に行きたいがために大泣きをしながら紐の結び方を練習したものだった。

ある時は幼稚園へ行く前に母と大喧嘩をし、

「もう今日は幼稚園に連れていってあげない!行きたければ勝手に行けば!」

と言われ、私もムキになって
「じゃあ一人でいったるわ!」

と、家を飛び出し、いつもは母が自転車で幼稚園まで送ってくれていたところを、幼稚園児までは電車賃がタダなことを知っていて、ちゃっかり京浜東北線、山手線を使って一人で幼稚園まで行ったのだ。

山手線内で友達のお母さん方に会って、「お母さんは?」と聞かれた時に、「今日は1人なの。」と答えてしまったことから幼稚園の先生にもその話が耳に入り、先生から直接質問された時も、どのように幼稚園まで来たのか、また何故1人なのかを事細かに説明したらしい(笑)

てっきり泣きべそをかいて家へ戻ってくると思っていた母は、いくら待てど家を出ていったまま私が帰ってこないことに驚き、いつも自転車で行く道を爆走したらしいのだが、いくら行けども私が見つからず、とうとう幼稚園に着いてしまったところで先生方に「もうお子さんは来ていますよ」と、その日のことをこっぴどく注意されたらしい。

どこか変なところがしっかりしていて、頑固な性格なのは昔から変わっていないらしい。
むしろ、昔ほどに意地が張れてムキになれるくらいの『何か』があって欲しいくらいだと思った。

よくしつけられたこともあるが、自分でも反省する部分や、未来の我が子にしてあげたい接し方など、私の知らない現代の教育事情を沢山学ぶことができて良い番組だった。

未来の我が子は小学校までは公立でも良いかなぁ~?と思っていたこともあったけれど、やはり「早いうちからしっかりした教育方針のある私立校に入園させてあげたいなぁ」とつくずく感じた。

最近、N○Kやら政治やら世界情勢やら教育やらに興味が湧いたり、いつの間にか見たいTV番組も父の好むようなお堅い番組になってきて、

「お前も歳をとったんだなぁ~」

なんて父に言わた日にゃ、嬉しい反面、ちょいと寂しい気持ちになって、何だか複雑だった。

『TVのご意見ババァ』にならぬよう、気を付けよう…。
私は長旅(フライト時間)が苦手だ。
狭い場所は嫌いではないけれど、飛行機内は別。
気にしすぎかもしれないが、せっかくお金を払って長い時間を過ごすのだから『ガッカリ』する時間の過ごし方をしたくないのだ。

そのため、快適な時間を過ごす色々を、常に用意して搭乗するようにしている。
とはいっても、成田空港に着いてから「あれが必要だった!」「これがなくちゃ!」と気付くことが結構ある。
空港のショップで購入したりするのはバカバカしいし、せっかく整理してきた手持ちの荷物もグチャグチャになったり、けっこうな忘れん坊なためにいつもイタタな思いをする。

特に私は、フライト時間の過ごし方にこだわりがある。
映画を観たり雑誌を読んだり食事(アルコールも)をとること意外にすること。私が飛行機に乗る時は大体早朝なので、空港までノーメイクで行くため必要最低限のメイク道具は機内へ持って行くようにしている。

もちろん液体物は透明なミニポーチに移しておくのだが、機内へ持ち込める液体の容量制限があるため、大活躍するのが化粧品の試供品である。

あまり頂くことのない下地やリキッドファンデーションは小さい容器に移し変えるとして、「いざ!」と言うとき便利なものが『オルビス』の洗顔料・化粧水・保湿液の試供品。
オルビスで何かを購入すると試供品が頂けるので、その時は必ず上記のセット&『メイク落としジェル』を頂いている。

私はちょっと変わっているのかもしれないが、家から成田空港まで片道2時間は余裕でかかるため、朝洗顔してサッパリしていた顔も、空港に着く頃には少々テカり気味になり、フライト時刻くらいになるともう一度顔を洗いたい衝動に駆られる。

私の肌質(混合肌)から考えて、朝家から化粧をしていくと、

片道2時間+空港に着いてからフライトまでの約2時間+8時間の搭乗時間=約12時間
多少のてこ入れをするにせよ、それだけ放置をすると肌荒れの原因になりかねない。

そこで私のフライト一部始終を再現(笑)すると、
?まず自分の座席と飛行機の混雑具合を確認する(もしガラガラの場合は、なるべくトイレが近くて人目につかない窓際を選ぶ)

?搭乗するまでに洗顔・保湿までしておく。そしてマスク着用(これは素っぴん隠し&保湿効果がある)

機内に持ち込む重要な物は・化粧品(パック込み)
・歯ブラシセット
・鏡
・タオル地のハンカチ大2 枚(手&顔用に。)
・ウェットティッシュ&ティッシュ
・拭くだけコットン (手についたファンデなどをふくため)
・化粧の上からサッパリシート(テカリ防止)
・小さなビニール袋(ゴミ入れ)
・髪どめ
・綿棒

・胃薬(長時間同じ姿勢でいるため、この胃薬は膨満感用がベター)
・目薬(乾燥した機内には必ず必要)

その他、フライト時間を快適に過ごすためのグッズ↓
・タブレット菓子(シンガポールはガムが法律上禁止な上に、日本にあるような美味しいタブレットが明治屋にしか無いため何個か持って行くと良い。)

・メディキュット(かなりお気に入りの浮腫み取り靴下)

・空気で膨らますクッション(背もたれ・足置き場にもなるため便利)

・イヤホン(機内で配給されるが、やはり自分の耳にフィットするイヤホンだと気持ちが良い)


当たり前に必要なものは、・はおりもの(小さくないもの)
・ボールペン(入国カードを記入するため。意外と忘れがち)

・電子辞書(音声がでるものがよい)

といったところである。

何故初めに混雑具合を確かめたのかというと、周りの方に迷惑がかからないよう行動しなければならないからだ。

ガラガラに空いている機内で隣の席に誰も居ない場合は、その場でパック&化粧をしてしまう。
少しお下品だが、CAの方がまわってこない時間帯を見計らってコッソリと。

ANA機の場合、朝成田を出て、シンガポールに着く1時間前くらいにアイスの配給があるので、その配給の前にここまでの工程は済ませておきたい。

アイスが配給される時間がメイク開始時間に丁度よい&アイスがいつもカチンコチン(笑)なため、放置して溶かしている間にささっとメイクしてしまうと、離陸30分前にはサッパリとした自分が出来上がる&アイスも丁度食べ頃を頂ける(笑)

混雑してる場合、こちらは先日ブログにも書いたように、搭乗直後にトイレでたせるだけの用をたしておく(笑)

両隣に人がいる場合、なかなか立ち上がることが出来ない&食後、着陸前はやたらとトイレが混むため、昼食後~アイスの配給30分前くらいに一度だけトイレに立ち、歯磨き&5分以内で出来る化粧をする。
やはり両隣に人がいる場合は周りに迷惑がかかるため、近場での化粧は避けるべきである。

5分以内で化粧が終わらなかった場合、シンガポールへ着陸し、まずは入国手続きに急いで、手続きがすべて済んだらトランクを受けとるベルトコンベア-の近くに化粧室があるのでそちらで最後の仕上げ&用をたすと、入国手続きにもたつくこともなく、トランクが流れてくる時間も有効に使え、一石二鳥なのだ。

ちなみに付け加えると、年中気温の暑い国へ出向く時は、すぐに夏服になれるよう、重ね着の下はTシャツなどを着ていると、これまたコトの流れ的に気持ちが良い。


余談だが、私は成田空港でいつも寄り道してしまうところがある。
チェックインが済むと必ず立ち寄るところ、『UNIQLO』だ。
今大人気のヒートテックも成田空港で衝動買いをしてしまった(暑い国へ向かうくせに(笑))。
意外といつも混雑している成田空港内の『UNIQLO』、皆さんも衝動買いをしてしまうことはないだろうか?
海外のUNIQLOは日本のUNIQLOよりもややお高いため、同じものを購入するのなら日本が断然お得!
ちなみに、海外に住んでいる方に『UNIQLO買ってきて!』と頼まれることも多い。



そうそう、何故化粧うんぬんにこんなにもこだわるのか?

それはやっぱり、せっかくの旅行だから。
よい思い出にしたいし、写真も沢山撮りたいから(撮れたらいいな…)。

限られた時間の中で旅を満喫するためには、計画や準備ってとても大切だと思う。
アタフタする旅も楽しいけれど、出来る限りの準備はしていきたいものね。
紅葉が楽しめる季節もあと少し。


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日光東照宮の近く。綺麗です。出来ることならこの三連休、ひょいと鉄道に乗り込み紅葉狩りでも行きたかった。

が、まだ安静の身。
埼玉近郊で紅葉を楽しめる場所はあるのかしら?



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一番身近な場所にあったことを忘れていた私。


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そう、叔母の家の盆栽・植木達はこの時期が一番みどころなのだ。

私のひいおじぃは生前、盆栽職人だったため、未だに売り物だった植木や盆栽が叔母の家の庭にウン百も存在している。


そのウン百の盆栽の殆どを枯らすことなく、一人で大事に育てている叔父↓


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縁側で日向ぼっこしながら足の爪を切っていた(笑)


「おじちゃん、この植木や盆栽達は大体何歳くらいなの?」

「そうだな~、20年はくだらねぇんでねぇか?一番古い植木は俺が二十代の時のもんだから、40年以上生きてるよ。」


植木・盆栽の話しになると叔父はいつも得意気になる。そして、庭にある様々な植物の説明を一生懸命してくれるのだ。

「俺には子供みてぇなもんだ!長く放っておくと根っこが死んじまうから数年ごとに植え直したり、水のやり方も色々あんだべ?手のかかる子供なんだぁ~」


未だ結婚経験のない独り身の叔父にとって、植木と盆栽は子供や孫のような存在らしい。

「おいちゃんのおっとさんが盆栽屋だったんだけど、早くに死んじまったから売り物だった盆栽がそのまんまなんだ。俺は昔、墓石屋だったけれど、おいちゃんのおっとさんの背中を見てたからよ、育て方くらい知ってたのさ。捨てるのは勿体ねぇし、今やおいちゃんの趣味みたいなもんだよ」



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「見て見て!これは上出来よね~」

と、叔母も一緒になって携帯で写真を撮っていた紅葉。
勤労感謝の日の今日は気持ちのよい秋晴れで、庭いっぱいの植物達がいつも以上に輝いて見えた。

「こ~れは40年ものの古い紅葉の木だ。」


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西陽を浴びてキラキラと光る、しだれ花火にも似た珍しいこの紅葉が、私はとても気に入った。

庭の中央に聳えるとびきり美しいその姿に酔いしれながら、日本に生まれ、美しい季節の移り変わりをこんなにも容易く目の当たりにできることに感謝した。


叔母が耕すミニ畑の近くにあった植物↓


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夏には緑の葉っぱしか生えていなかったこの盆栽の名は『まゆみ』というらしい。


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このように、秋~冬にかけて赤やピンク色をしたボンボリのような可愛らしい花を咲かす『まゆみ』は、冬の厳しい気候にも強い植物として有名らしく、昔は

「女の子の名前を『まゆみ』とつけると植物のまゆみのように、強くてたくましい娘に育つ」

と言われていたのだとか。

「あみちゃんも一文字違いで『まゆみ』って名前だったら病気もしない元気な娘だったかもね~」


今回の私の病を一通り知っている叔母は、笑いながらおふざけを言った。


そういえば、幼い頃

「私の名前はどうやって決まったの?」

と父に質問した時、

「お父さんの独断で、名前を『あゆみ』か『まゆみ』で悩んでいたんだけれど、生まれたばかりのお前の顔がパンパンで、『あんぽんたんだ!』=『あゆみだ!』って閃いたんだよ。」


…とまあ、よく解らない名前の由来を聞かされたのだが、父が『まゆみ』という植物の生態を知っていたかどうかはさて置き、『まゆみ』という名前が事実、私の命名時の選択肢にあったらしいのだ。


もし、『まゆみ』という名前になっていたら体が丈夫だった??云々は関係ないとして、理由はともあれ私は「自分の名前が『あゆみ』で良かったな」と思える。

理由は『あいうえお表の一番始めの文字が頭につく』からだ。

私の『あ』のイメージは、
『始まり・開ける・力強い・NO.1(笑)』

と明るい表現が多く、ポジティブな感じがするからだ。
(後から聞いた話だが、本当のところ、父は女優の『石田あゆみ』さんが好きで彼女の名前をそっくりそのまま私に命名したらしい(笑))



話を戻そう。
そう、その可愛らしい『まゆみ』の奥には叔母が精魂込めて耕したミニ畑あり、今の時期だと『長ネギ』『小松菜』『水菜』『大根』『里芋』と、『白菜』↓


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が収穫可能とのことで、用意周到にもエコバッグを持参していたので、思う存分収穫させて頂いた。

「こんな弱い袋じゃなくて~、リュック背負ってくるんだよ、リュック!」


叔父と叔母の「リュック背負ってこい!」という言葉をかれこれ20年近く聞いているのに、未だリュックを背負って伺ったためしがない。

「リュックならばいっぺぇ旨いもん入れてあげんのによ~」

田舎の人は本当に愉快で優しくて、心が和む。


紅葉狩りもそうだけれど、今回お宅に伺った本当の目的は叔父と叔母の顔を見たかったからだ。

チャリで15分と近場に住んでいながらも、帰国後一度も顔を見に行っていなかったのだ。


私が話している横からすぐ口を出す母とは違い、私の歳の三倍以上生きている元キャリアウーマンの独身の叔母は、私の話を聞くのが上手い。

母よりも話の『うま』の合う叔母は、尊敬するお姉さんと言っても過言ではないくらい、私のような孫の世代の話を理解してくれるのだ。

母と口論になった話でも、いざ叔母に話をすると私の意見や気持ちを尊重して理解してくれる、頼もしい姉御なのだ。

「昨日りんご狩りに行ってきたから、取りたてのやつをあげるよ」

一ヶ月の間、予定が入っていない日がないくらい、叔母はとっくに退職しているにも関わらず、今も現役なのではないかと思うほどタフで行動力がある人なのだ。


帰りはエコバッグに入りきらないほどの野菜とりんごをたらふく頂いて、前カゴに嬉しい重みを感じながら、自転車をゆっくり漕いで帰宅した。

家からチャリで15分、紅葉狩りや秋の味覚までゲットでき、三連休をほぼ家で過ごさなければならなかた私にとってはプチ行楽気分を味わえた1日であった。


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明日から、また頑張ろう。