紅葉が楽しめる季節もあと少し。

日光東照宮の近く。綺麗です。出来ることならこの三連休、ひょいと鉄道に乗り込み紅葉狩りでも行きたかった。
が、まだ安静の身。
埼玉近郊で紅葉を楽しめる場所はあるのかしら?

一番身近な場所にあったことを忘れていた私。

そう、叔母の家の盆栽・植木達はこの時期が一番みどころなのだ。
私のひいおじぃは生前、盆栽職人だったため、未だに売り物だった植木や盆栽が叔母の家の庭にウン百も存在している。
そのウン百の盆栽の殆どを枯らすことなく、一人で大事に育てている叔父↓

縁側で日向ぼっこしながら足の爪を切っていた(笑)
「おじちゃん、この植木や盆栽達は大体何歳くらいなの?」
「そうだな~、20年はくだらねぇんでねぇか?一番古い植木は俺が二十代の時のもんだから、40年以上生きてるよ。」
植木・盆栽の話しになると叔父はいつも得意気になる。そして、庭にある様々な植物の説明を一生懸命してくれるのだ。
「俺には子供みてぇなもんだ!長く放っておくと根っこが死んじまうから数年ごとに植え直したり、水のやり方も色々あんだべ?手のかかる子供なんだぁ~」
未だ結婚経験のない独り身の叔父にとって、植木と盆栽は子供や孫のような存在らしい。
「おいちゃんのおっとさんが盆栽屋だったんだけど、早くに死んじまったから売り物だった盆栽がそのまんまなんだ。俺は昔、墓石屋だったけれど、おいちゃんのおっとさんの背中を見てたからよ、育て方くらい知ってたのさ。捨てるのは勿体ねぇし、今やおいちゃんの趣味みたいなもんだよ」

「見て見て!これは上出来よね~」
と、叔母も一緒になって携帯で写真を撮っていた紅葉。
勤労感謝の日の今日は気持ちのよい秋晴れで、庭いっぱいの植物達がいつも以上に輝いて見えた。
「こ~れは40年ものの古い紅葉の木だ。」

西陽を浴びてキラキラと光る、しだれ花火にも似た珍しいこの紅葉が、私はとても気に入った。
庭の中央に聳えるとびきり美しいその姿に酔いしれながら、日本に生まれ、美しい季節の移り変わりをこんなにも容易く目の当たりにできることに感謝した。
叔母が耕すミニ畑の近くにあった植物↓

夏には緑の葉っぱしか生えていなかったこの盆栽の名は『まゆみ』というらしい。

このように、秋~冬にかけて赤やピンク色をしたボンボリのような可愛らしい花を咲かす『まゆみ』は、冬の厳しい気候にも強い植物として有名らしく、昔は
「女の子の名前を『まゆみ』とつけると植物のまゆみのように、強くてたくましい娘に育つ」
と言われていたのだとか。
「あみちゃんも一文字違いで『まゆみ』って名前だったら病気もしない元気な娘だったかもね~」
今回の私の病を一通り知っている叔母は、笑いながらおふざけを言った。
そういえば、幼い頃
「私の名前はどうやって決まったの?」
と父に質問した時、
「お父さんの独断で、名前を『あゆみ』か『まゆみ』で悩んでいたんだけれど、生まれたばかりのお前の顔がパンパンで、『あんぽんたんだ!』=『あゆみだ!』って閃いたんだよ。」
…とまあ、よく解らない名前の由来を聞かされたのだが、父が『まゆみ』という植物の生態を知っていたかどうかはさて置き、『まゆみ』という名前が事実、私の命名時の選択肢にあったらしいのだ。
もし、『まゆみ』という名前になっていたら体が丈夫だった??云々は関係ないとして、理由はともあれ私は「自分の名前が『あゆみ』で良かったな」と思える。
理由は『あいうえお表の一番始めの文字が頭につく』からだ。
私の『あ』のイメージは、
『始まり・開ける・力強い・NO.1(笑)』
と明るい表現が多く、ポジティブな感じがするからだ。
(後から聞いた話だが、本当のところ、父は女優の『石田あゆみ』さんが好きで彼女の名前をそっくりそのまま私に命名したらしい(笑))
話を戻そう。
そう、その可愛らしい『まゆみ』の奥には叔母が精魂込めて耕したミニ畑あり、今の時期だと『長ネギ』『小松菜』『水菜』『大根』『里芋』と、『白菜』↓

が収穫可能とのことで、用意周到にもエコバッグを持参していたので、思う存分収穫させて頂いた。
「こんな弱い袋じゃなくて~、リュック背負ってくるんだよ、リュック!」
叔父と叔母の「リュック背負ってこい!」という言葉をかれこれ20年近く聞いているのに、未だリュックを背負って伺ったためしがない。
「リュックならばいっぺぇ旨いもん入れてあげんのによ~」
田舎の人は本当に愉快で優しくて、心が和む。
紅葉狩りもそうだけれど、今回お宅に伺った本当の目的は叔父と叔母の顔を見たかったからだ。
チャリで15分と近場に住んでいながらも、帰国後一度も顔を見に行っていなかったのだ。
私が話している横からすぐ口を出す母とは違い、私の歳の三倍以上生きている元キャリアウーマンの独身の叔母は、私の話を聞くのが上手い。
母よりも話の『うま』の合う叔母は、尊敬するお姉さんと言っても過言ではないくらい、私のような孫の世代の話を理解してくれるのだ。
母と口論になった話でも、いざ叔母に話をすると私の意見や気持ちを尊重して理解してくれる、頼もしい姉御なのだ。
「昨日りんご狩りに行ってきたから、取りたてのやつをあげるよ」
一ヶ月の間、予定が入っていない日がないくらい、叔母はとっくに退職しているにも関わらず、今も現役なのではないかと思うほどタフで行動力がある人なのだ。
帰りはエコバッグに入りきらないほどの野菜とりんごをたらふく頂いて、前カゴに嬉しい重みを感じながら、自転車をゆっくり漕いで帰宅した。
家からチャリで15分、紅葉狩りや秋の味覚までゲットでき、三連休をほぼ家で過ごさなければならなかた私にとってはプチ行楽気分を味わえた1日であった。

明日から、また頑張ろう。

日光東照宮の近く。綺麗です。出来ることならこの三連休、ひょいと鉄道に乗り込み紅葉狩りでも行きたかった。
が、まだ安静の身。
埼玉近郊で紅葉を楽しめる場所はあるのかしら?

一番身近な場所にあったことを忘れていた私。

そう、叔母の家の盆栽・植木達はこの時期が一番みどころなのだ。
私のひいおじぃは生前、盆栽職人だったため、未だに売り物だった植木や盆栽が叔母の家の庭にウン百も存在している。
そのウン百の盆栽の殆どを枯らすことなく、一人で大事に育てている叔父↓

縁側で日向ぼっこしながら足の爪を切っていた(笑)
「おじちゃん、この植木や盆栽達は大体何歳くらいなの?」
「そうだな~、20年はくだらねぇんでねぇか?一番古い植木は俺が二十代の時のもんだから、40年以上生きてるよ。」
植木・盆栽の話しになると叔父はいつも得意気になる。そして、庭にある様々な植物の説明を一生懸命してくれるのだ。
「俺には子供みてぇなもんだ!長く放っておくと根っこが死んじまうから数年ごとに植え直したり、水のやり方も色々あんだべ?手のかかる子供なんだぁ~」
未だ結婚経験のない独り身の叔父にとって、植木と盆栽は子供や孫のような存在らしい。
「おいちゃんのおっとさんが盆栽屋だったんだけど、早くに死んじまったから売り物だった盆栽がそのまんまなんだ。俺は昔、墓石屋だったけれど、おいちゃんのおっとさんの背中を見てたからよ、育て方くらい知ってたのさ。捨てるのは勿体ねぇし、今やおいちゃんの趣味みたいなもんだよ」

「見て見て!これは上出来よね~」
と、叔母も一緒になって携帯で写真を撮っていた紅葉。
勤労感謝の日の今日は気持ちのよい秋晴れで、庭いっぱいの植物達がいつも以上に輝いて見えた。
「こ~れは40年ものの古い紅葉の木だ。」

西陽を浴びてキラキラと光る、しだれ花火にも似た珍しいこの紅葉が、私はとても気に入った。
庭の中央に聳えるとびきり美しいその姿に酔いしれながら、日本に生まれ、美しい季節の移り変わりをこんなにも容易く目の当たりにできることに感謝した。
叔母が耕すミニ畑の近くにあった植物↓

夏には緑の葉っぱしか生えていなかったこの盆栽の名は『まゆみ』というらしい。

このように、秋~冬にかけて赤やピンク色をしたボンボリのような可愛らしい花を咲かす『まゆみ』は、冬の厳しい気候にも強い植物として有名らしく、昔は
「女の子の名前を『まゆみ』とつけると植物のまゆみのように、強くてたくましい娘に育つ」
と言われていたのだとか。
「あみちゃんも一文字違いで『まゆみ』って名前だったら病気もしない元気な娘だったかもね~」
今回の私の病を一通り知っている叔母は、笑いながらおふざけを言った。
そういえば、幼い頃
「私の名前はどうやって決まったの?」
と父に質問した時、
「お父さんの独断で、名前を『あゆみ』か『まゆみ』で悩んでいたんだけれど、生まれたばかりのお前の顔がパンパンで、『あんぽんたんだ!』=『あゆみだ!』って閃いたんだよ。」
…とまあ、よく解らない名前の由来を聞かされたのだが、父が『まゆみ』という植物の生態を知っていたかどうかはさて置き、『まゆみ』という名前が事実、私の命名時の選択肢にあったらしいのだ。
もし、『まゆみ』という名前になっていたら体が丈夫だった??云々は関係ないとして、理由はともあれ私は「自分の名前が『あゆみ』で良かったな」と思える。
理由は『あいうえお表の一番始めの文字が頭につく』からだ。
私の『あ』のイメージは、
『始まり・開ける・力強い・NO.1(笑)』
と明るい表現が多く、ポジティブな感じがするからだ。
(後から聞いた話だが、本当のところ、父は女優の『石田あゆみ』さんが好きで彼女の名前をそっくりそのまま私に命名したらしい(笑))
話を戻そう。
そう、その可愛らしい『まゆみ』の奥には叔母が精魂込めて耕したミニ畑あり、今の時期だと『長ネギ』『小松菜』『水菜』『大根』『里芋』と、『白菜』↓

が収穫可能とのことで、用意周到にもエコバッグを持参していたので、思う存分収穫させて頂いた。
「こんな弱い袋じゃなくて~、リュック背負ってくるんだよ、リュック!」
叔父と叔母の「リュック背負ってこい!」という言葉をかれこれ20年近く聞いているのに、未だリュックを背負って伺ったためしがない。
「リュックならばいっぺぇ旨いもん入れてあげんのによ~」
田舎の人は本当に愉快で優しくて、心が和む。
紅葉狩りもそうだけれど、今回お宅に伺った本当の目的は叔父と叔母の顔を見たかったからだ。
チャリで15分と近場に住んでいながらも、帰国後一度も顔を見に行っていなかったのだ。
私が話している横からすぐ口を出す母とは違い、私の歳の三倍以上生きている元キャリアウーマンの独身の叔母は、私の話を聞くのが上手い。
母よりも話の『うま』の合う叔母は、尊敬するお姉さんと言っても過言ではないくらい、私のような孫の世代の話を理解してくれるのだ。
母と口論になった話でも、いざ叔母に話をすると私の意見や気持ちを尊重して理解してくれる、頼もしい姉御なのだ。
「昨日りんご狩りに行ってきたから、取りたてのやつをあげるよ」
一ヶ月の間、予定が入っていない日がないくらい、叔母はとっくに退職しているにも関わらず、今も現役なのではないかと思うほどタフで行動力がある人なのだ。
帰りはエコバッグに入りきらないほどの野菜とりんごをたらふく頂いて、前カゴに嬉しい重みを感じながら、自転車をゆっくり漕いで帰宅した。
家からチャリで15分、紅葉狩りや秋の味覚までゲットでき、三連休をほぼ家で過ごさなければならなかた私にとってはプチ行楽気分を味わえた1日であった。

明日から、また頑張ろう。