山に登られる方であれば、知らない方はないことでありましょうが、深田久弥さんという方が昭和39年に発表した「日本百名山」という本があり、国内の山または山域のうち100座を選び、その山にまつわるあれこれの随筆となっております。
100という数字になにかしら意味合いがあるかというとよくわかりませんが、ほかにもいろいろ百名山があり、しかし単に百名山というと、この深田さんの百名山のことというくらいに親しまれているものです。
この深田さんの書かれた百名山の記述の17番目に「朝日岳」とページがさいてあります。
そのなかの記載によると、朝日と名のつく山は、ふもとから朝日を浴びる姿をして、朝日と名がついたのであろういうことです。
また、山に囲まれた山形県の山のなかでも一番原始的なおもかげを残しているともあり、書かれた時代を考えれば、山形のほかの山では山岳信仰が盛んであったのに対して、朝日連峰では多くの参拝があるというあり方でなく、登山として登る人が少なかったことがあるかもしれません。
朝陽浴びる大朝日、小朝日、鳥原。

山の名前の一覧と項目には「朝日岳」とあるのですが、本文では「朝日連峰」となっており、たしかに地元では「朝日岳」いう呼び方はあまりしません。朝日連峰、または単に「朝日」、またはそれぞれの山の名前を呼ぶのが多いのです。
ほかの蔵王や飯豊もそのようですが、全体を指して「朝日岳」と書かれたようです。
夕暮れの主稜線全体の様子。

名前を入れてみましょう。
「日本百名山」の記載では、「朝日連峰とは、普通、鳥原山、小朝日、大朝日、西朝日、寒江山、以東岳、を指している。」とあり、また、「大朝日岳が最高であるが、鳥海山や岩手山のように、主峰だけが抜きんでているわけではないから、朝日の価値は連峰全体にあると見なしてよいだろう。」とあります。

深田さんの百名山を全部登ろう、というような形で山登りに励んでいる方も多くあるようですが、ネット、またはガイド本の中には、百名山として「大朝日岳」とされているものも散見されます。
深田さんの「日本百名山」に記載の百名山を登るのだということならば、大朝日岳にのみ登ったというのでは、少し足らないかもわかりません。
すしをだけ食べて和食とはなにか語る、みたいなことでしょうか。
山の上から見るとこんなふうです。
以東岳から大朝日方向。
奥にちょこんと尖って見えるのが大朝日岳。小朝日岳も見えますね。

大朝日から以東方向。
以東岳は奥の平に見えるところで、山頂は左端にちょこっと高くなっているあたりです。
こんなふうに、以東から、大朝日から、お互いを眺めることができます。

深田さんの朝日連峰の記載で名の挙っている山の一番南にある鳥原山。
写真では、左の小朝日から右へ進み、ちょっとのっぺりしたのが鳥原山です。
鳥原からは大朝日は見えますが、以東は見えなかったような気がします。

深田さんの上記の記載には、続きがあって
「とは言え、平野から眺めて、連峰の左端に一際高く経っているピラミッド形の大朝日岳は、見まごうことのない顕著な存在である。ちょうど八ヶ岳連峰の赤岳のようなものである。」
ともあります。
登っていても、たしかに顕著な存在感があります。
小朝日岳から見た大朝日岳。

御影森山からの大朝日岳。
朝日の山々のあちこちに登っていても、大朝日岳が見えると、ついつい眺めずにはおられないそんな存在だなあと思います。

それと、季節の違いというのもあるわけです。夏の山にだけ登って、それでその山がわかった、というようなことではないのでないかという気がいたします。白くなればなったで(白い時期のほうが長いわけですが)、もうまるっきり違った山の様子がありますね。

とここまでが、日本百名山に「朝日岳」と載っている山々です。
地元に住んでいるものとしては、「朝日」というと、朝日連峰の主稜線だけでなく、その周囲の山々も「朝日のお山」という感じがします。
これは大朝日岳から見た飯豊連峰方向。
足元に平岩山、次に大玉山、その奥に目だって尖った祝瓶山。実際の山々は、飯豊のほうへずっと続いています。

写真には写っていませんが、祝瓶の左方向に長井葉山という山があり、葉山とは「端山」であり、ほかの山でも葉山と名のつく山が大きな山の近くにあったりして、山岳信仰においては、本山へ行くのがなかなかたいへんなので、その手前の山を端山として詣でる、というようなことがあります。その認知のされ方からしても、長井葉山も朝日のお山、ということがはっきりわかるように思います。
こちらは、石見堂岳から赤見堂岳方向。

赤見堂岳の山頂からは、南へ障子ヶ岳、天狗角力取山、二ッ石を通って三方境で主稜線へ至ります。
赤見堂のある山なみは北へ進むと月山に至ります。
写真で見てもらってわかるとおり、山のエリアが広いのです。

もうちょっと範囲を広げてみると、これは朝日の主稜線から、ふもとの集落をひとつ越えたところにある大頭森山から眺めた大朝日方向。
ここの山までは、車道で朝日連峰の主稜線からは途切れてはいますが、動植物からみたらひとつながりの山である範囲だろうと思います。

そしてうちの裏山のあたりまでこんな様子です。
その山のエリアというのはどこまでなのか?個人的な実感では、その山を源にする川が、ふもとの大きな川、海、あるいは市街地部に近くなり、森が田畑や住宅地に変わるまで、という感じかなと思っています。

「日本百名山」が刊行された昭和39年(1964年)から、来年が50周年となります。
深田さんがこの百名山として選定するにあたり基準としたのは、本人の後記によると、
①山の品格。「誰が見ても立派な山だと感嘆するものでなければならない。高さでは合格しても凡常な山は採らない」とあります。
②山の歴史。「人が朝夕仰いで敬い、その頂に祠を祀るような山はおのずからその資格を持っている。山霊がこもっている。」とあります。これには続いて「ただ、近年の異常な観光業の発達は、古い謂れのある名門の山を通俗化して、もはや山霊の住み所もなくなっている。そういう山を選ぶわけにはいかない。」とあります。
③個性のある山。「個性の顕著なものが注目されるのは芸術作品と同様である。」
それと、付加的条件として、標高1,500m以上ともあります。
「日本百名山」は読んでみると山に行きましたというだけでなく、その山の歴史や習俗、山にまつわる地元の詩歌人の句などが紹介されております。現在行われている百名山めぐりが、そういったことをふまえてなされているか。リストを埋める作業の山行きになってはいないか。そもそも、深田さんの書いた文章そのものを読んでいるのか?そんな気がしております。(実際に大朝日に来た方のなかには、登山口に下山が済むなり「はい、これで朝日岳完了」みたいな方もあります)
特に、基準の二番目の山霊のはなしについては、50年前ですら、「異常な観光業の発達」とあり、「そういう山を選ぶわけにはいかない」とまで書かれています。
山の高いところまでクルマや列車で行くことができ、またはリフトなどが敷設され、山の上でもお財布さえもっていけばなんとかなる、通俗化とはそのようなことでありましょう。
これから考えると、この「日本百名山」に載っている山の多くが、いまや通俗化の極みとでもいうようなことになっており、その通俗化に「日本百名山」がたいへんに貢献してしまっただろうことが皮肉なことでありますが、今度同じ基準で選定したなら、現在観光地として栄えている山は軒並み選ばれないことになるのでないかという気がいたしますね。
実は昨日、朝日山地森林生態系保護地域巡視員会議というものに出席しており、その中で、朝日連峰のすぐ近くの集落に住まう巡視員のおじいちゃんが言っていた「山菜やきのこを採り、うさぎやたぬきは貴重なたんぱく源として、朝日につながる沢の流域ごとに集落ごとのなわばりがあり、山から食べものをもらってくらしてきた」ということが印象的でありました。「森林生態系」の生態系にはヒトももちろん含まれておるのだし、山形はいまでも、山菜ときのこ、あるいは狩猟というものが生活の中にある意味合いを感じたのです。
アルプスという言葉が、アルプ(alp、alpe、高原の放牧場のこと)がいっぱいあるのでアルプス、という成り立ちを鑑みると、アルプとは日本で言うところの里山と似た言葉なのだという感じがいたします。
山に生かされた生活があり、その生の実感の故に、山がありがたいものだと畏敬をもって敬う、それが山霊なのではないかと思うのです。
こういうことを書くと、「おまへは、山に暮らしているのでそういうことを言うけれど、都会に暮らさざるを得ない人にはどうにもならないでないか」という方があるかもしれません。
いえ、そういうことではありませんね。たとえば水であれば、わが家で使っている水道水はどこからやってくるのか、源には山があります。おなじく、晩ごはんのお米や野菜も、どこかの山からの水、土、風に育てられたものでありますね。
同じ山に登るのでも、普段飲んでいる水の源を訪ねるのだと思えば、心持ちなどもかなり違うのでないか、自分や家族が水を飲むのだから山は汚せない、ありがたい山だ、名山だ。ということなのでないかしらんと思うのでした。
100という数字になにかしら意味合いがあるかというとよくわかりませんが、ほかにもいろいろ百名山があり、しかし単に百名山というと、この深田さんの百名山のことというくらいに親しまれているものです。
この深田さんの書かれた百名山の記述の17番目に「朝日岳」とページがさいてあります。
そのなかの記載によると、朝日と名のつく山は、ふもとから朝日を浴びる姿をして、朝日と名がついたのであろういうことです。
また、山に囲まれた山形県の山のなかでも一番原始的なおもかげを残しているともあり、書かれた時代を考えれば、山形のほかの山では山岳信仰が盛んであったのに対して、朝日連峰では多くの参拝があるというあり方でなく、登山として登る人が少なかったことがあるかもしれません。
朝陽浴びる大朝日、小朝日、鳥原。

山の名前の一覧と項目には「朝日岳」とあるのですが、本文では「朝日連峰」となっており、たしかに地元では「朝日岳」いう呼び方はあまりしません。朝日連峰、または単に「朝日」、またはそれぞれの山の名前を呼ぶのが多いのです。
ほかの蔵王や飯豊もそのようですが、全体を指して「朝日岳」と書かれたようです。
夕暮れの主稜線全体の様子。

名前を入れてみましょう。
「日本百名山」の記載では、「朝日連峰とは、普通、鳥原山、小朝日、大朝日、西朝日、寒江山、以東岳、を指している。」とあり、また、「大朝日岳が最高であるが、鳥海山や岩手山のように、主峰だけが抜きんでているわけではないから、朝日の価値は連峰全体にあると見なしてよいだろう。」とあります。

深田さんの百名山を全部登ろう、というような形で山登りに励んでいる方も多くあるようですが、ネット、またはガイド本の中には、百名山として「大朝日岳」とされているものも散見されます。
深田さんの「日本百名山」に記載の百名山を登るのだということならば、大朝日岳にのみ登ったというのでは、少し足らないかもわかりません。
すしをだけ食べて和食とはなにか語る、みたいなことでしょうか。
山の上から見るとこんなふうです。
以東岳から大朝日方向。
奥にちょこんと尖って見えるのが大朝日岳。小朝日岳も見えますね。

大朝日から以東方向。
以東岳は奥の平に見えるところで、山頂は左端にちょこっと高くなっているあたりです。
こんなふうに、以東から、大朝日から、お互いを眺めることができます。

深田さんの朝日連峰の記載で名の挙っている山の一番南にある鳥原山。
写真では、左の小朝日から右へ進み、ちょっとのっぺりしたのが鳥原山です。
鳥原からは大朝日は見えますが、以東は見えなかったような気がします。

深田さんの上記の記載には、続きがあって
「とは言え、平野から眺めて、連峰の左端に一際高く経っているピラミッド形の大朝日岳は、見まごうことのない顕著な存在である。ちょうど八ヶ岳連峰の赤岳のようなものである。」
ともあります。
登っていても、たしかに顕著な存在感があります。
小朝日岳から見た大朝日岳。

御影森山からの大朝日岳。
朝日の山々のあちこちに登っていても、大朝日岳が見えると、ついつい眺めずにはおられないそんな存在だなあと思います。

それと、季節の違いというのもあるわけです。夏の山にだけ登って、それでその山がわかった、というようなことではないのでないかという気がいたします。白くなればなったで(白い時期のほうが長いわけですが)、もうまるっきり違った山の様子がありますね。

とここまでが、日本百名山に「朝日岳」と載っている山々です。
地元に住んでいるものとしては、「朝日」というと、朝日連峰の主稜線だけでなく、その周囲の山々も「朝日のお山」という感じがします。
これは大朝日岳から見た飯豊連峰方向。
足元に平岩山、次に大玉山、その奥に目だって尖った祝瓶山。実際の山々は、飯豊のほうへずっと続いています。

写真には写っていませんが、祝瓶の左方向に長井葉山という山があり、葉山とは「端山」であり、ほかの山でも葉山と名のつく山が大きな山の近くにあったりして、山岳信仰においては、本山へ行くのがなかなかたいへんなので、その手前の山を端山として詣でる、というようなことがあります。その認知のされ方からしても、長井葉山も朝日のお山、ということがはっきりわかるように思います。
こちらは、石見堂岳から赤見堂岳方向。

赤見堂岳の山頂からは、南へ障子ヶ岳、天狗角力取山、二ッ石を通って三方境で主稜線へ至ります。
赤見堂のある山なみは北へ進むと月山に至ります。
写真で見てもらってわかるとおり、山のエリアが広いのです。

もうちょっと範囲を広げてみると、これは朝日の主稜線から、ふもとの集落をひとつ越えたところにある大頭森山から眺めた大朝日方向。
ここの山までは、車道で朝日連峰の主稜線からは途切れてはいますが、動植物からみたらひとつながりの山である範囲だろうと思います。

そしてうちの裏山のあたりまでこんな様子です。
その山のエリアというのはどこまでなのか?個人的な実感では、その山を源にする川が、ふもとの大きな川、海、あるいは市街地部に近くなり、森が田畑や住宅地に変わるまで、という感じかなと思っています。

「日本百名山」が刊行された昭和39年(1964年)から、来年が50周年となります。
深田さんがこの百名山として選定するにあたり基準としたのは、本人の後記によると、
①山の品格。「誰が見ても立派な山だと感嘆するものでなければならない。高さでは合格しても凡常な山は採らない」とあります。
②山の歴史。「人が朝夕仰いで敬い、その頂に祠を祀るような山はおのずからその資格を持っている。山霊がこもっている。」とあります。これには続いて「ただ、近年の異常な観光業の発達は、古い謂れのある名門の山を通俗化して、もはや山霊の住み所もなくなっている。そういう山を選ぶわけにはいかない。」とあります。
③個性のある山。「個性の顕著なものが注目されるのは芸術作品と同様である。」
それと、付加的条件として、標高1,500m以上ともあります。
「日本百名山」は読んでみると山に行きましたというだけでなく、その山の歴史や習俗、山にまつわる地元の詩歌人の句などが紹介されております。現在行われている百名山めぐりが、そういったことをふまえてなされているか。リストを埋める作業の山行きになってはいないか。そもそも、深田さんの書いた文章そのものを読んでいるのか?そんな気がしております。(実際に大朝日に来た方のなかには、登山口に下山が済むなり「はい、これで朝日岳完了」みたいな方もあります)
特に、基準の二番目の山霊のはなしについては、50年前ですら、「異常な観光業の発達」とあり、「そういう山を選ぶわけにはいかない」とまで書かれています。
山の高いところまでクルマや列車で行くことができ、またはリフトなどが敷設され、山の上でもお財布さえもっていけばなんとかなる、通俗化とはそのようなことでありましょう。
これから考えると、この「日本百名山」に載っている山の多くが、いまや通俗化の極みとでもいうようなことになっており、その通俗化に「日本百名山」がたいへんに貢献してしまっただろうことが皮肉なことでありますが、今度同じ基準で選定したなら、現在観光地として栄えている山は軒並み選ばれないことになるのでないかという気がいたしますね。
実は昨日、朝日山地森林生態系保護地域巡視員会議というものに出席しており、その中で、朝日連峰のすぐ近くの集落に住まう巡視員のおじいちゃんが言っていた「山菜やきのこを採り、うさぎやたぬきは貴重なたんぱく源として、朝日につながる沢の流域ごとに集落ごとのなわばりがあり、山から食べものをもらってくらしてきた」ということが印象的でありました。「森林生態系」の生態系にはヒトももちろん含まれておるのだし、山形はいまでも、山菜ときのこ、あるいは狩猟というものが生活の中にある意味合いを感じたのです。
アルプスという言葉が、アルプ(alp、alpe、高原の放牧場のこと)がいっぱいあるのでアルプス、という成り立ちを鑑みると、アルプとは日本で言うところの里山と似た言葉なのだという感じがいたします。
山に生かされた生活があり、その生の実感の故に、山がありがたいものだと畏敬をもって敬う、それが山霊なのではないかと思うのです。
こういうことを書くと、「おまへは、山に暮らしているのでそういうことを言うけれど、都会に暮らさざるを得ない人にはどうにもならないでないか」という方があるかもしれません。
いえ、そういうことではありませんね。たとえば水であれば、わが家で使っている水道水はどこからやってくるのか、源には山があります。おなじく、晩ごはんのお米や野菜も、どこかの山からの水、土、風に育てられたものでありますね。
同じ山に登るのでも、普段飲んでいる水の源を訪ねるのだと思えば、心持ちなどもかなり違うのでないか、自分や家族が水を飲むのだから山は汚せない、ありがたい山だ、名山だ。ということなのでないかしらんと思うのでした。



























