昨日、用事があって夕方に山形市のほうにでかけました。

昼に時間があったら鳥を撮りましょうと思って、久しぶりにカメラに取り付ける望遠鏡(2012年12月22日「BORG77EDⅡ お月様が待ち遠しい」を持ち出していました。
残念ながら小鳥たちは撮れなかったのですが、山を撮ってみようと思い立ちました。

さて、これは雁戸山(がんどさん)。雁戸山には昨年に登りました。今年も冬には行けませんでした。
若干トリミングしてあるのですが、この望遠鏡での画角(写真に写る範囲)は77EDⅡで520mm×1.4倍テレコン×1.5(APSサイズを35mm相当に)で1070mmほどになります。
地図で確認すると撮ったところから山までは18kmほどの距離がありました。
山の草とか花とか虫とか-雁戸山遠景

こちらは蔵王の様子。
スキー場のゲレンデが見えました。
山の草とか花とか虫とか-蔵王のスキー場

夕日は西に傾き、雁戸山はだんだんと手前の山の陰になっていきます。
山の草とか花とか虫とか-雁戸山1

だんだんと暗く。
山の草とか花とか虫とか-雁戸山3

だんだんと・・・。でもわかりにくくなっちゃった。
山の草とか花とか虫とか-雁戸山2
山の雪の様子も観察することができました。
なかなかに興味深いです。
奥羽山脈のほうは、日本海に近い朝日連峰や飯豊連峰に比べてずいぶんと雪が少なく見えました。

また、自分が登ったことのある山を眺めるのは時間が経っても、まだ登っていない山と違うような気持ちがあります。
なんでしょう。
たしかにあそこにいたのだ、という自分の一部にでもなったような気持ちで山を眺めることができます。

標準のレンズにするとこのような感じになります。
雁戸山は、シルエットのようになり、ちいさくでっぱっています。
山の草とか花とか虫とか-暮れた雁戸山

西の空は、雲も色づいてドラマティックな雰囲気になりました。
山の草とか花とか虫とか-西の空 夕空

まだ明るい、でも夕暮れ近い濃くなりつつある空には白く浮かぶ月。
山の草とか花とか虫とか-20120401の月

そういえば月には夢のなかで行ったことがありました。
宇宙服を着て、でも思いのほか普通の建物から玄関を開けるようにして、月面を歩きました。
陽射しは暖かで、そのうちに、宇宙服のヘルメットを取ってしまい、そうしたらなぜだか普通に息が出来るのでした。(この夢は数度見ました)

なるほど、月が昇っているのを眺めるたびに、この夢のなかのことを思い浮かべているのかもしれません。
たしかに(たしかじゃないけど)あそこにいたのだ、という気持ち(気持ちだけね)になります。
曜日の感覚もなくぱたぱたと忙しく日々を送っていたら、庭先のキャラの木のしたにフクジュソウが咲いていました。
(忙しいという語は、心を亡くすと書くので好きませんが自戒の念をこめてこう書きましょう)
ああ、なんてこった。庭先に春が来たというのに気がつきもしませんでした。
こういうのは良くないですね~。うむ、たいへんによくないぞ。
昨年はちいさな開きかけのフクジュソウは3月の末ころに、おなじ場所の開いたのはやはり4月1日に見ていました。今年は寒い日が続くなあと思っていても、花の咲くのはおなじなんてやはり植物はたいしたものです。
山の草とか花とか虫とか-フクジュソウ

まわりにはヤブカンゾウも芽を出していました。これの花の咲くのはずっとあとの夏の盛りのころです。
山の草とか花とか虫とか-ヤブカンゾウ

ぱたぱたと仕事に出かけた先で、タネツケバナ(たぶんミチタネツケバナ)もちいさな葉っぱをひろげ、つぼみもついているのを見つけました。
数日前に見たときにはまだつぼみは見えませんでしたが、さささっと作るのかな。それとも根元に隠していたのでしょうか。
ちいさな葉っぱはなんとなくダイコンのようで、たしかに仲間(どちらもアブナラ科)という感じがしました。
山の草とか花とか虫とか-タネツケバナ

もうちょっと周りを探してみると、咲いているのもあります。
山の草とか花とか虫とか-タネツケバナの咲いたの

う~ん、ちっこいちっこい。
ちいさい秋み~つけた、という歌がありますが、これはちいさい春でしょうか。

ブログというのは便利なもので、昨年の4月5月のころを読み返してみると、昨年は4月はまだまだ雪の中、5月のなかごろになっても山のあいだの陽の当たりにくいところなどでは雪が残っていました。

さあて、これから草を見るのもいそがしくなるぞ~、という感じがします。
仕事であまりにせわしないのは好きませんが、草を見るのにぱたぱたとするのは、さあ!こい!よっしゃこい!というものでございます。

Plant×50

フクジュソウ、ヤブカンゾウ、タネツケバナ(ミチタネツケバナ?)・・・3種×50=150円

4月1日から累計150円 

2011年9月~2012年3月:16,700円
2011年4~8月:18,150円
あらまあ。もう一昨日に書いたことになってしまいましたがばくだんのおじさんのいたところの隣の建物ではお雛様が飾られていて、春の今の時期にはみんなが見られるようになっていました。(入場料は100円でした)
山の草とか花とか虫とか-会場全景

山の草とか花とか虫とか-お雛様

お内裏様とお雛様の並んだ様子。
山の草とか花とか虫とか-お雛様2

また、庄内のほうでは昔からあるようなのですが、最近のうちの近所のちょっとした流行のつり雛だそうです。大根とかニンジンとか、蛸とかがぶらさがっていました。
山の草とか花とか虫とか-つりびな

なかなか興味深く懐かしいのは、こういうちいさな人形たちでした。
これはいぬ、ですね。
山の草とか花とか虫とか-いぬ

うちの集落にはかつて、子ども会で集落の家々のお雛様の飾られたのを「お雛様みせでけらっしゃ~い」とみんなでまわる行事がありました。
そこでおやつをもらったりして、それを決まった家でわけっこするのです。

今になって思うと、子どものいない家でもお雛様を飾る機会になるし、冬の間にじっと家にいたのを、お雛様を飾るのに家のなかや押入れを整理して季節のはじまりの行事だったのだという気がします。
またいつだったかに書いた、地蔵様遊ばせという行事とおなじく、各家庭をこうやって子どものうちからまわることで集落の家々の間取りだとかそういうものも知るようになるのですね。(これは消防団の活動などに、何十年か後に役に立つわけです)

そうそう、はなしを戻して。
ちいさなお雛様には子どもの姿や。
山の草とか花とか虫とか-こどもたち

お稲荷様もおりました。
山の草とか花とか虫とか-おいなりさま

このほかにも、うちで飾っていたのにはなぜだか太陽の塔の模型や、ウルトラマンや怪獣がありました。(ようするに人形の類はなんでも飾る)

うちの町などのやまあいの地域では、かつて繊維の生産が行われました。
これはアオソ(青苧、からむし、ちょま、とも)から作った麻の糸です。
アオソについては2011年9月13日「わたとアオソ 繊維をとるもの
山の草とか花とか虫とか-あおそ糸

糸の様子を大きく見てみましょう。
触るとはりがあって、ごわごわっとした風合いでまさに麻という感じです。
山の草とか花とか虫とか-あおそ糸アップ

山形ではかつて、最上川の舟運が盛んでした。山形の特産品というと、ベニバナですがベニバナは最上川沿いのひらけたところに多く、アオソはそういう開けた風の強いところでは幹同士がぶつかり合ってふしくれだってしまうから山の間の谷のところ(ぼくの住んでるようなところ)で栽培されました。

アオソの糸は、船に乗って最上川を下り、京都など関西へ出荷されたそうです。
そして都へ行った船が帰り道には、こういうお雛様や都会の文物を載せて帰ってきたのです。
ここの会場だけでなく、町内でひな祭りをしているのですが、その帰ってきた船でやってきたお雛様や人形はひな市というような市がたって(今年は3月29日におこなわれました)、そこに山の集落からお雛様を買いに行ったのですね。
でも、立派なのを買えるひとばかりではないから、一年にひとつ、お稲荷様だとか子どもの人形だとか、そういうちいさいのを求めたりしたのです。

都市と農村は、対比的な構図で描かれますが、ほんとうはこういうように、農村の産物があってそれが集まる場所が都市で、そこから文化が生まれ農村に還流するというひとつの流れがあったのでしょう。
あっちとこっち、ではなくわっかのようになっていたのですね。くるくる。

この建物は、以前にも一度星空とともに登場しましたが、自分で載せたのにすっかりいつの記事だか忘れてしまいました。
これは昔、山の奥にあった集落から移築をしたものです。
山の草とか花とか虫とか-資料館

これがありし日の姿です。
昭和53年にここに移築され、その前後にこの集落はみんな町へと引っ越しました。
この建物の持ち主だった家は、庄屋さんでアオソや絹の生産で財をなしたそうです。
昔はかやぶきだったのですが、移築のさいにかやぶきからトタンの屋根になりました。
かやぶきは、集落ごとのつながりのなかで出来るものなので、移築をしたらトタンになってしまうのも仕方ないかなあ、でももったいないなあ、なんて気もします。(かやぶきにしていたら維持できなくて、もう崩れていたかもしれません)
山の草とか花とか虫とか-昔のこの建物

ここは、歴史民俗資料館となっていて、今はあまり資料も残っていないようですが、ちょっとだけ民具のようなものもありました。
山の草とか花とか虫とか-なわない機
これはなわないの機械です。たしか足踏み式だったと思います。
右のふたつにわかれたところからわらを入れてやると、左の丸いところに縄が出来る・・・という。
この機械は、うちにも小屋に昔あって、小学生のころにまだ雪のある今の時期に手伝いをさせられたような記憶があります。(今はもうない)

昨日に、知り合いから「年をとるごとに、地元の歴史だとかそういうのが気になってきたのですよね」というようなことを聞きました。
「地元」というのは不思議なもので、これは「国」というのが共同の幻想であるのとおなじく、「町」もそのようなものですね。「わたしは○○町民(市民、国民)です」と名乗るものが集まっているのが町や市や国のことでしょうか。
幻想というのはヒトの頭のなかにあるもので、この幻想をつなげていくのが歴史というものだろうかと思うのでした。
(ついでにもひとつたとえると、お盆には先祖が帰ってきて・・・ということがありますが、ほんとうは帰ってくるのはその家出身の子孫です。その家にかかわるヒトが集まって、「うちのご先祖は」というものがたりをするから「イエ」が立ち上がるのでしょう)

さて、数日前から歯が痛くなりました。ばたばたとせわしなくしていたら腫れてきてしまいました。
こういうややこしいことを考えるときというのは、ぼくの場合はなにかしら体調のよろしくないときだったりします。町には歯医者さんがありますから助かります。日本全国がほんとうに田舎ばかりだったらお医者さんに行かれません。