下ってはいけない道は進まずにまた尾根にそって登っていきます。
振り返るシタノカワノカッチ方向。
左のずっと奥がそうですね。思えば遠く来たものです。

その尾根を登りきると、

南に向きを変えて、おんなじような尾根が続いておりました。

もうひとつ登って行って、544mと標高点のあるところ。
そこからの下り。
もうそろそろ大きな道の峠があるはずです。

尾根をそのまま歩いていくと、崖で進めないところについてしまいそうだったので、途中で尾根から下りました。(七転八倒しながら)
で、着いた峠。
ここの道は、何度も通ったことがあります。ようやく安心して下れるところにきました。
ほんとうは、ここからまた60mくらいの標高差を登って、こないだ裏山から来た567ピークに行くつもりでした。

足にこの先に登るのはどうでしょう?と聞くと、断固として却下する。とのこと。

遠くから撮ったここの道の様子です。
道と書いてある上に横切る線が見えるのが道。
その上を登って行く尾根の先に567mピークがあります。

そうですね。
ここで15時30分過ぎ。もうちょっとで予定のルートを辿れるはずなのですが、無理しないで帰ることにしましょう。
道のりとしてはこちらのほうが長いのですが、登らないといけない箇所はありません。

進む道沿いには、雪崩の跡がありました。
この時間帯には、暖かい日に起きる地表から滑るタイプの雪崩は日陰になってしばらく経つので大丈夫でしょう。それでも斜面の下は足を止めずに進まないといけませんけれど。

道の下には沢が見えます。
沢のすぐ上の斜面は急なところが多いですね。

もう少し行くと、下ってはいけない尾根の下部が見えました。
もしあの地点で登るのをいやがってこちらに来ていたらこのあたりを横切り、沢を渡ることになったかも知れません。怖ろしいことでした。

大きくしてみましょう。
ちいさな雪庇にでっぱっているのが見えます。

帰り道を進んで行くと集落に近く、道沿いの雪。
このくらいに積もっていました。ストックは140cmに伸ばしてあります。
沢の斜面に見えていたちいさなでっぱったのもこれくらいの雪なのです。
元気のあるときには、ひとつくらいはスコップで掘りぬいたりして登れるかもしれませんけれど、それをいくつも、しかもできなければずっとそこにいるしかないとなるととても沢を越えるルートは選ばれません。

山に雪が積もると、「どこでも歩ける」というようになります。
ちいさな木が雪で隠れてヤブをかきわけなくても良くなるのでそういうように表現するのですが、「どこでも歩ける」というのはほんとにどこでも歩けるわけではないのです。
「なんでも食べられる」「どこでも眠れる」と言うのが、ほんとうに何でも食べられるわけでも、どこでも眠れるわけでもないのとおんなじです。
なんでも食べられるのは、なにを食べていけないか知っている。どこでも眠れるのは、どこで眠っていけないか知っているといういうことです。それとおんなじにどこを歩いたら危ないのか考えないと歩かれないわけです。夏に登山道があるから、ほかの人のトレースがあるから安全ということはありません。
とぼとぼ歩いていると集落の八幡神社のところについていました。
家に行き着いて17:10ほど。日没は過ぎ、朝に出発して8時間30分ほどが経過しておりました。

この日歩いた範囲のちいさな川の流域は7平方kmほどでした。
直径3kmの円くらいの範囲ですね。
東京の千代田区というのは10平方kmほどだそうです。(千代田区はあまり歩いたことがないので広いのか狭いのかわかりませんが参考まで)
面積で重ねてみるとこのくらいになりました。
歩いた道のりは、まん丸ではないので12kmほどになっていました。

今回歩いた範囲のなかに降った雪や雨が、川に流れて、それを田んぼに使ったり、裏山からは水道の水をいただいたりしているのですね。
また、こういうくらいの範囲というのはほんとうに生活圏という感じがします。
生き物としての人の認識できるひろさというのはおそらくこのくらいなのではないかと思うことがあります。今はクルマや列車や飛行機に乗ってどこまでも行けますが、歩いて一日はこのくらいなのですね。
山は川に削られてこういった谷間を作ります。川を考えてみるには山を考え、山を考えるには川を考えなくてはいけないかなあというように感じていました。
ぼくは考えるのは得意でありませんから、「そりゃあいっぺん、ぐるっとあるってみねげんぱわがんねったな」ということで歩いて見た、そのような山遊びの一日でした。
振り返るシタノカワノカッチ方向。
左のずっと奥がそうですね。思えば遠く来たものです。

その尾根を登りきると、

南に向きを変えて、おんなじような尾根が続いておりました。

もうひとつ登って行って、544mと標高点のあるところ。
そこからの下り。
もうそろそろ大きな道の峠があるはずです。

尾根をそのまま歩いていくと、崖で進めないところについてしまいそうだったので、途中で尾根から下りました。(七転八倒しながら)
で、着いた峠。
ここの道は、何度も通ったことがあります。ようやく安心して下れるところにきました。
ほんとうは、ここからまた60mくらいの標高差を登って、こないだ裏山から来た567ピークに行くつもりでした。

足にこの先に登るのはどうでしょう?と聞くと、断固として却下する。とのこと。

遠くから撮ったここの道の様子です。
道と書いてある上に横切る線が見えるのが道。
その上を登って行く尾根の先に567mピークがあります。

そうですね。
ここで15時30分過ぎ。もうちょっとで予定のルートを辿れるはずなのですが、無理しないで帰ることにしましょう。
道のりとしてはこちらのほうが長いのですが、登らないといけない箇所はありません。

進む道沿いには、雪崩の跡がありました。
この時間帯には、暖かい日に起きる地表から滑るタイプの雪崩は日陰になってしばらく経つので大丈夫でしょう。それでも斜面の下は足を止めずに進まないといけませんけれど。

道の下には沢が見えます。
沢のすぐ上の斜面は急なところが多いですね。

もう少し行くと、下ってはいけない尾根の下部が見えました。
もしあの地点で登るのをいやがってこちらに来ていたらこのあたりを横切り、沢を渡ることになったかも知れません。怖ろしいことでした。

大きくしてみましょう。
ちいさな雪庇にでっぱっているのが見えます。

帰り道を進んで行くと集落に近く、道沿いの雪。
このくらいに積もっていました。ストックは140cmに伸ばしてあります。
沢の斜面に見えていたちいさなでっぱったのもこれくらいの雪なのです。
元気のあるときには、ひとつくらいはスコップで掘りぬいたりして登れるかもしれませんけれど、それをいくつも、しかもできなければずっとそこにいるしかないとなるととても沢を越えるルートは選ばれません。

山に雪が積もると、「どこでも歩ける」というようになります。
ちいさな木が雪で隠れてヤブをかきわけなくても良くなるのでそういうように表現するのですが、「どこでも歩ける」というのはほんとにどこでも歩けるわけではないのです。
「なんでも食べられる」「どこでも眠れる」と言うのが、ほんとうに何でも食べられるわけでも、どこでも眠れるわけでもないのとおんなじです。
なんでも食べられるのは、なにを食べていけないか知っている。どこでも眠れるのは、どこで眠っていけないか知っているといういうことです。それとおんなじにどこを歩いたら危ないのか考えないと歩かれないわけです。夏に登山道があるから、ほかの人のトレースがあるから安全ということはありません。
とぼとぼ歩いていると集落の八幡神社のところについていました。
家に行き着いて17:10ほど。日没は過ぎ、朝に出発して8時間30分ほどが経過しておりました。

この日歩いた範囲のちいさな川の流域は7平方kmほどでした。
直径3kmの円くらいの範囲ですね。
東京の千代田区というのは10平方kmほどだそうです。(千代田区はあまり歩いたことがないので広いのか狭いのかわかりませんが参考まで)
面積で重ねてみるとこのくらいになりました。
歩いた道のりは、まん丸ではないので12kmほどになっていました。

今回歩いた範囲のなかに降った雪や雨が、川に流れて、それを田んぼに使ったり、裏山からは水道の水をいただいたりしているのですね。
また、こういうくらいの範囲というのはほんとうに生活圏という感じがします。
生き物としての人の認識できるひろさというのはおそらくこのくらいなのではないかと思うことがあります。今はクルマや列車や飛行機に乗ってどこまでも行けますが、歩いて一日はこのくらいなのですね。
山は川に削られてこういった谷間を作ります。川を考えてみるには山を考え、山を考えるには川を考えなくてはいけないかなあというように感じていました。
ぼくは考えるのは得意でありませんから、「そりゃあいっぺん、ぐるっとあるってみねげんぱわがんねったな」ということで歩いて見た、そのような山遊びの一日でした。
























