先週の土曜日のことです。
朝の2時に投網の師匠と待ち合わせをして海へ向かいました。
塩釜へ

着いた5時ころには、港に船たちが灯りをつけて並んでおりました。
港
ここは宮城県の塩釜という港でした。
釣りをするのに乗せてもらえる釣り船のお店ががいくつかあり、地震の以前には、ぼくも年に何度か船の乗るのを楽しみに通っておったのです。
当時のテレビの映像でも出ていたとおり、津波が押し寄せてたいへんなことであったそうです。テレビの映像は、山形の内陸部は停電していたのと、仕事や消防団の活動などでテレビなどみておられなかったので、後日に見て、「ああ、ここはぼくも何度も行っていたあの場所のあたりだ」と信じられない気持ちになったものでした。
かつて一緒に何度も釣り船に乗っていた方たちと、地震の前は釣り船に通っていたお客さんの中でも、すっかり足が遠くなっているというはなしになり、では久しぶりに行ってみなくっちゃ、ということになったのでした。
港は、前とはちょっと様子の違ったところもあり、新しくなった建物も目立つ感じはありましたが、おおむね以前の通りとなっておったようでした。

大きな船。
大きな船

明るくなっているのは、イカを釣りに出ていた漁船が戻ってきたところなのでしょうか?
船たち出発の準備

この日は、うちの隣の集落のぼくの投網の師匠と、街のほうに住んでいる消防団などの先輩お二人との計4名での船遊びでした。

5時30分ごろ、ぼくらの乗せてもらう船は、港に並んでいたのよりも小ぶりなもので、それに乗って港を出発しました。後ろのほうの別なパーティのお客さんたちは、竿の準備も済んでおるようでした。
移動の際は、船の中の部屋にも入れるのですが、この日は風もそんなには冷たくなく、遠ざかる陸地やちいさな島を眺めておりました。
港を出る

ぼくは釣りは全般に好きなのですが、船に乗せてもらっての釣りの場合には、周りの島々や海の色合い、鳥たちを、揺られながら眺めるのがとても好きなのです。
ちいさな島を抜けて

大きな台のような船の右側にちいさな船がくっついてひっぱるようにして進んでいるお隣を通過しました。これがタグボートというものでしょうか?子どものころに、絵本の中で「タグボート」というのを見て、それ以来、「タグボート」という言葉の響きが頭のなかに残っております。
台のような船

釣り場に近くなり、船頭さんが、まきえを配布してくれました。
これを糸の先につけた小さな容器に入れ、海の中へどーんと沈めて魚を寄せるのだそうです。
こませ
※ぼくは実は釣りの中では、まきえを使う釣りはあまり好みません。海が汚れますし、魚に対してアンフェアな感じを持っているのです。
川ならルアーやフライを好み、海ならルアーに加えて、現地で採集した貝などを使っての落とし込み釣りなどが好みなのでした。ですが、乗り合いの船の場合には、ほかのみなさんと同じ重さの同じ仕掛けで釣らないと糸がこんがらがるので仕方ありません。

ぼくの釣竿。
数年ぶりに小屋から出しましたが、以前に使った折に、きちんと水洗いして保管していたようで、サビたりはしておりませんでした。リールは借り物です。
釣竿

海鳥が時折、船の近くにやってきます。なんと美しい姿だろうかとついつい眺めてしまいます。
かもめ

今回の釣りのポイントは、金華山という島の近くの海域でした。遠くにその島影らしきものが見えておりました。
海の向こうに金華山

釣るのは、この金華山付近で育った金華サバというサバでした。サバもいろいろありますが、金華山付近のものは、たいへん味が良いそうで、買うとなると結構なお値段になるんだそうですよ。
写真は、隣で釣っている投網の師匠さんの釣ったところ。
さば

まだブリという名前にならないブリの子も時折釣れていました。(残念ながらぼくの竿にはこれはかかりませんでした。)子と言っても、川の魚のサイズから考えたらたいへんな大物です。
あおこ

どんぶらこと波に揺られながら、船の上の時間は過ぎていきました。
すっかり寒くなってきましたね。
夏の気配を残した秋の始まりから、収穫の秋を過ぎ、今は冬を待つ晩秋のころと言うべきなのでしょうか。
10月27日の夕方、月の前には冬を思わせる低い雲が漂っておりました。
1027月

陽射しがあるのにぱらぱらと冷たい雨が降るのが雪の季節の近くなった秋の空です。
冷たい雨がしっかり降るとも止むともなく落ちてきます。
雨模様

低い雲。
低い雲

西の朝日連峰へは山を覆うように雪の雲がさらに西の海から押し寄せているようでした。
西の山へかかる雪雲

雲の切れ間からうっすらと白くなった小朝日岳が見えました。
新雪の小朝日

秋の天候は周期的に経過して、気持ちよい晴れの日は、窓が額縁のようです。
とある建物を訪問した際、窓の外のサクラの紅葉と広い窓が印象的で思わずシャッターを押しました。
額縁のような窓

その外には、秋の山あいのなかを、煌くクモの糸が舞っていました。
雪迎え クモの糸

これが雪迎えと呼ばれる現象でしょうか。秋の風に乗ってちいさなクモが旅に出るのだそうです。おそらくはたいへんな数のクモの子たちが旅立ったのでしょう。
まもなく、里にも雪が降りそうです。
ハナイバナです。スギナについた水滴が秋の朝の陽射しにきらめいて背景にアクセントを与えてくれておりました。
ハナイバナは可憐

ハナイバナは花の期間が長いですね。夏前から今の時期まであちこちで咲いているのを見かけています。
ハナイバナ

先週の日曜のことです。しばらく体調がすぐれずにぐへ~っという感じで過ごしておりましたが、外は晴れ。
庭にはお隣のおうちのちびっこたちが遊びに来ていて、家にいるのを見つかり、一緒に散歩しました。
これはなあに?と聞かれ、見てみるとミチヤナギのようでした。
ミチヤナギ

オオイヌノフグリの咲いているのがありました。
冬もずっと葉をつけたまま雪の下で春を待ちます。気の早いつぼみは花を咲かせていました。
草たちの一年の暮らしぶりのイメージでは、夏に元気で、冬は寒くってかれているという感じがありますが、実は夏の暑さが苦手な草もかなりあるのです。オオイヌノフグリなどもそのような暮らしぶりですね。初夏までは元気なんですが、真夏には枯れていたりします。
オオイヌノフグリ

こちらは真夏の草のイメージのオオイタドリ。葉は落ち、かさかさっと音のしそうな実がぶらさがっておりました。
オオイタドリの実

ちびっこたちを散歩をしたら、思いのほか体調がよろしくなってきたようだったので、午後からは実の落ちる時期の終わったクリの林へ。

今年はあまり実のつきがよろしくありませんで、あまり出荷できませんでした。
木の若かったころの最盛期に比べて収量はかなり落ちてきています。
以前に生食用に出荷していたころには、手間はかかるのに値崩れがひどく、1kgが50円とか、あるいは出荷したのに売れなかったとしなびたのを返品されることもあり、10年以上育つまま放置してしまったのでした。
そんな具合で周りの農家もクリを生産することがなくなってしまいました。
ところが数年前、近くの集落の加工場から加工用に出荷してほしいと声がかかり、値段を聞いてみると生食で出荷するよりも何倍も良い値段になるとのことで、また出荷するようになったのでした。

そんなわけで、育ちすぎた枝を整理して木のリフレッシュを図りたい、というのが父とぼくのちょっとした課題なのでした。
(実はふたりとも剪定などはよくわかっていません。果樹の剪定の学校などあったら学びに行ってみたいものです。)
いずれにしても、このまま冬を迎えると枝がばきばき折られてしまうので、伸びすぎ雪が積もりやすそうな枝は切ることにしました。

ハシゴをかけて、あるいは木登りをしてちいさなノコギリでこりこりと枝を落とし、落とした枝をチェンソで運べる大きさにしてまとめていきました。

これが、
クリの木1の1

こう。
クリの木1の2

こっちが、
クリの木2の1

こう。
クリの木2の2

・・・わかりにくいですね。
上に上に育っているので、なるべく背丈を小さく戻したいのですが、上の枝を落として、下の小さな枝が育つのを待ってだんだんと詰めていく、ということを考えておりました。
ところがハシゴを使っても、高すぎて届きません。
あとは雪の積もるのを待つことにしました。雪がたっぷり積もれば、木から落っこちてもケガしませんし。

半日ほど作業したのでしたが、不慣れなのでなかなかうまいこと進みませんでした。
落とした枝は結構な量になり、うちに薪ストーブなどあればよい焚きつけになりそうだなあという感じでした。薪ストーブのある暮らし、あこがれますね。木はたくさんあるのだけれど。
切った枝

そんなことをしているうちに日が暮れました。
薄暗くなるまで作業をしていたら、家からじいさまが歩いて迎えにやってきました。
夕暮れ

しかし、体を動かすのは気持ちがよいものです。体を動かすのがメインの仕事につけばよかったかもしれないと思うこのごろです。