愛媛県の大洲に編入したところに小田という町がある
作家の大江健三郎の生家もある
そのあたりの名物に「たらいうどん」という、たらいの小型ようなものに入ったうどんがある
つゆは大豆や昆布やなどの素朴なものだ

検索すると、徳島の山間部でもそれが見受けられる、歴史的に祖谷の奥にはヤマタイ国説があるくらいだから徳島が本家だろう
(うどんはお大師様が支那から持ち帰ったそうだから、大洲あたりに伝播してもおかしくない)
さて、その小田で生まれたのがダーリンの母親、私は義母が作ってくれたこの素朴なおつゆが大好きだった。
松山に帰還してから、小田に耕作地を借りたり、住居を探したりして、懐かしのたらいうどんを食べる機会が多かった
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しかし、義母が作ってくれたあのおつゆはどこにもない。
添加物や、醤油や、しいたけの質もさながら、伝統の味付けは後回しで観光客に受けるおつゆにしてしまったきらいがある
つまり、誰にでも「うける」普通の味、
それは郷土料理とは言えないのでは・・・・
地方により、家庭により、季節により変化するものが自然でありたいものだ
経済至上主義の破綻が迫っている。
400年という白人社会の圧迫
さらに言えば2000年に及ぶ「強いものの天下」はバチカンの大変化を見ても明らかだ
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わが日本の誇るブドウも一般化されておかしなことになった柔道
なんとかスポーツになる一歩手前で踏みとどまっている剣道
道と呼ばれるものに個性がないとは一体どういうことだろう
そういった文脈から外れたものは矮小化されてきた
いま、埒外に出された「個性」が帰還の時を待っている
一般化された様々な意匠の復活が始まるだろう
松山武衞會で、今夜も稽古が行われた、特殊な(笑)伝統に寄り添い師伝を墨守する一般化されていない居合
ああ たのしい、面白い、心が躍動する稽古だった