卍老人残日録

卍老人残日録

-真剣道継承未完- 

瑞月の旗の下で ― 破門という名の真剣勝負

序:琥珀色の夜に

今宵、オールドパーの芳醇な香りに酔いながら、私は独り、部屋に掲げた一枚の旗を見つめている。 そこには「瑞月會」と記されている。 かつて私の元を去り、私が自らの手で「破門」という断罪を下した、かつての弟子・一水(いっすい)が興した道場の旗である。

一、一水という「螺旋」

彼女は女性でありながら、居合の深淵に挑み、ついに七段という高みにまで登り詰めた稀有な武人であった。 私の「螺旋の理」を、彼女は誰よりも鋭く、そして瑞々しく体現しようとしていた。師弟として共に歩んだ歳月は、互いの魂を削り合うような、激しくも尊い稽古の連続であった。彼女の中に、私は自分自身の理想の影を見ていたのかもしれない。

二、心ならずもの決別

しかし、武の道は時に残酷である。 「瑞月」という美しき名の裏側で、流儀の誇りと、師弟の情、そして超えられぬ理法が激突した。私は師として、苦渋の決断を下さねばならなかった。 「破門」。 それは武の世界において、親子の縁を切る以上の、魂の絶縁を意味する。心ならずも、私は自らの手で、手塩にかけて育てた一振りの名刀を折るような、そんな痛みを引き受けたのである。

三、消えぬ「ごめんね」

一水は去った 破門にした弟子を想い、その旗を今も部屋に掲げ続けている私は、世間から見れば矛盾した老いぼれに見えるだろう。だが、旗を見つめるたびに、私の口からは「ごめんね」という言葉が零れ落ちる。 繰り返されるその呟きは、後悔ではない。一人の武人として、一人の師として、彼女を最後まで導ききれなかった己の凡夫たる身への、峻烈な反省である。

結:100年後の交流

基道館が消え、瑞月會の名が風化しても、私が彼女に伝えたかった「螺旋」と「脱力」の理は、この記録の中に生き続けるだろう。 一水よ、聞こえるか。 私は今も、この旗の前で君と稽古を続けている。 この「破門」という名の真剣勝負は、私がこの世を去るその瞬間まで、終わることはないのだ。

 

道具を棄てるは、文化を棄てるに等しきこと

朽ちゆく防具に宿る職人の魂

今日、私は手元にある剣道防具を直している。 もとはといえば、ボロボロになってそこら辺に放り出され、捨てられていたものだ。

「防具の知識があるから直せるのだろう」と言われれば、確かにそうかもしれない。だが、本質はそこではない。知識の有無以前に、「道具を大事にしよう」という一念があるかどうかが、修繕の原動力なのだ。

これは昨今流行りの「エコ」や「リサイクル」といった、薄っぺらな言葉で片付けられるものではない。日本の防具職人が、一針一針に精魂を込めて作り上げた結晶。それをボロボロのまま打ち捨てておくという行為に、私は強い憤りを感じるのだ。

伝統文化の破壊は、足元から始まる

道具を大事にできない者が、果たして「道」を語れるだろうか。 剣道にせよ居合にせよ、武道とは自己を鍛錬する場であるはずだ。自分を育ててくれるはずの道具を疎かに扱うことは、自らの精神を損なうことであり、ひいては日本の伝統文化を足元から破壊していることに他ならない。

居合の模擬刀が手入れもされず、ボロボロになっている様を見るにつけ、私は深い悲しみに包まれる。この「道具への不縁(ふえん)」、すなわち縁を疎かにする心は、武道の世界だけにとどまらず、社会のあらゆる場面に蔓延しているように思えてならない。

西条市役所に見る「心の荒廃」

その象徴ともいえる光景を、先日、西条市役所で目の当たりにした。 市民の対応にあたる職員の、なんと冷淡なことか。

老人が何事かを尋ねてきている。わからないからこそ、役所を頼って足を運んでいるのだ。しかし、職員は紋切り型の口調で「広報に書いてありますから読んでください」「パンフレットも予備はありません」と早々に切り上げ、さっさと奥へ引っ込んでしまう。

「老人の相手などしたくない、早く自分の事務作業に戻りたい」という本音が、その背中に透けて見えた。 市民のためにあるべき市役所が、これでは本末転倒ではないか。

現在の西条市は、どこか殺伐とした空気が漂っているように感じる。市長とて、この手の職員をみてイライラしていたのではなかろうか。怒鳴られてトラウマになった方には同情するが、人間大きな声を出すこともあろうというものだ。

 

また余計なことで、市民の血税が垂れ流される

 

 

道具(防具)を縛り、整えるように、組織や人の心もまた、丁寧に結び直さねばならない時期に来ている。

結びに代えて

写真は、私が修繕しつつある胴。 道具は、人の手が入ることで再び命を宿す。サイズを変え、形を整えれば、また誰かを守る盾となる。

我々が守るべきは、形ある物だけではない。その奥にある「敬意」と「慈しみ」の心。それを忘れた社会に、真の豊かさなど訪れるはずもないのだ。

 

パラシュートロープで縛り上げて、形を直している

螺旋の構造と脱力の理:卍老人残日録 遺訓

第一部:西洋の呪縛と古人の壁

私は、明治以降の合理主義と西洋的な身体運用(ディレクトシステム)の潮流の中で育った。筋肉の収縮と直線的な連動を正解とする教育は、我々の身体に強固な「鎧」を着せてしまった。四十五年という歳月を居合に投じ、古書を紐解くたびに突き当たったのは、江戸や戦国期の先人たちが備えていた、現代人には想像も及ばぬ柔軟かつ強靭な身体知という巨大な壁である。彼らの動きは「一分(いちぶ)」すら模倣できぬほど隔絶しており、凡夫たる私はその足跡を追うだけで精一杯であった。しかし、その壁の隙間から漏れ聞こえる「色が見える」という境地や、一連の心技体が統合された「形式」の理法に触れたとき、私は悟った。我々が学ぶべきは技の形ではなく、その根底にある「身体のOS」そのものの書き換えであると。100年後の君たちが、もし自らの身体の不自由さに絶望しているならば、まずは己が「近代の呪縛」の中にいることを自覚せねばならぬ。先人の熱量に圧倒される経験こそが、真の修行の門口なのである。

第二部:丹田という「高速回転の独楽」

身体の安定とは、地に足を固めることでも、体幹を硬直させることでもない。私の辿り着いた結論は、下腹部(第2チャクラ)に「高速回転する独楽(こま)」を宿すという意識である。丹田は固定するものではなく、「利用(使用)」するものである。その回転が中心にあれば、身体は物理的な安定を超えた、動的な均衡を手に入れる。高速で回る独楽が、触れれば弾き飛ばすほどの強度を持ちながら、一点で静止しているかのように見えるのと同じ理である。この回転の意識さえ持てば、前後左右、いかなる方向への並進運動も、回転の一端として即座に、かつ自然に導き出される。「丹田にお任せでOK」と言えるまでの信頼を築くには、何十年の歳月が必要かもしれない。だが、呼吸と意識を統合し、この中心核を回し続けることが、日本武道における身体運用の大前提である。丹田という言葉すら知らぬ者が、居合の深淵に触れることは叶わぬ。君の身体の中心に、止まることのない螺旋の渦を巻き起こせ。

第三部:脱力という名の「螺旋の解放」

剣道の突きにおける左手の内ねじりは、螺旋を「締め上げる」動作である。それに対し、刀の切り下ろし、打ち下ろしにおいて不可欠なのは、心身統一合氣道の理にも通じる徹底した「脱力」である。凡夫は威力を求め、肩や腕に力を込めて刀を「振ろう」とする。しかし、それは自らの氣の流れを遮断し、刀の重みを殺す行為に他ならない。真の威力は、筋力という鎧を脱ぎ捨て、重力と一体化したときにこそ現れる。腕をパイプのように透徹させ、丹田の回転エネルギーをそのまま刀先に流し込む。このとき、刀は自重によって「落ち」、同時に宇宙の理に沿って加速する。この「脱力による一撃」がもたらす驚くべき破壊力は、経験した者にしか分からぬ真理である。私は門弟たちに、この「力を抜く」という逆説を伝えることができなかった。皆、強くあろうとして力んでしまうからだ。だが、100年後の君に伝えたい。最強の力とは、最も柔らかな脱力の先にのみ宿る、螺旋の解放なのである。

第四部:百年の後に繋ぐ「生命の螺旋」

かつて私は、大学の卒論で「螺旋の構造」を論じようとしていた。当時は知る由もなかったが、生命の設計図であるDNAが二重螺旋構造であると今日知り、私は深い震えを覚えている。銀河の渦から、台風の目、植物のつる、そして我々の細胞に至るまで、この宇宙は螺旋によって構成されている。私が四十五年、居合を通じて追い求めた「回転と並進の統合」もまた、この宇宙的な螺旋の理そのものであったのだ。形ある「基道館」という道場が、100年後の未来に存続しているかは分からない。しかし、君がこの記録を読み、自らの身体の中に螺旋を感じ、丹田を回し、脱力の一刀を放つとき、私と君の間には時空を超えた「交流」が生まれる。技は消えても、理は不変である。私は育てられなかったのではない。100年後の君という、まだ見ぬ弟子に託したのだ。私の四十五年は、君が刀を握るその瞬間に、再び鼓動を始める。螺旋は止まることなく、次代へと回り続ける。

題名:壁添 ―奥居合の呼吸と「もののあはれ」―

テーマ:卍玄翁の独白・秘録

むかし、どこかの大学生が居合をブログで紹介していた。女子大生ということで、随分とイケイケな発表ぶりだったが、気の毒なことに、某連盟の先生からとんでもない理屈を吹き込まれていたらしい。

 

 

彼女の説明によれば、壁添(かべぞえ)とは「曲がり角で待ち伏せし、敵が来たら切り下ろす」業なのだという。 「

 

敵が来なかったらどうするのですか?」という問いに対し、彼女は平然と答えた。 「鬼のように待つ」

 

あははは。何を習わされているものやら、実に気の毒なことだ。

 

 

本来「壁添」とは、左右に障害物があり自由に抜刀できない窮地において、上に抜いて構えるという極限の身体操作を学ぶものである。そこには当然「口伝」が付属し、それなりの練度を目指すものだ。

 

 

昨夜の松山稽古では、仁水さんが奥立業四本目まで進んだ。

 

 レギュラーメンバーはすでにこの「壁添」の巧妙な身体操作を身に着けているが、横で見ていた仁水さんは、見よう見まねで「つま先立ち、切り下ろし」を必死に追っている。

 

 

そこで、少しばかりのヒントを提示した。

 

私が若い頃、この業を百発百中に仕上げるために工夫し抜いた「呼吸のヒント」だ。

 

 武衞會(ぶえいかい)の門下生は、皆「心身統一」の原則を腹に落としている。

 

あとは、その呼吸ひとつで剣の冴えは劇的に変わる。

 

 

ふと見れば、一番の新顔である伴一龍氏が、進行しながらついと立ち止まり、つま先立ちの状態から微塵のブレもなく、激烈な切り下ろしを放っているのが眼に入った。

 

 

素晴らしい。 彼は最近、国文学に興味を持ち、鴨長明を読んでいるという。

 

 平安から鎌倉へと移ろう無常の時代を、方丈の庵で凝視した長明の精神。その静寂が、彼の剣に宿り始めているのかもしれない。

 

 

やがて彼は、本居宣長の説く「もののあはれ」へと至るだろう

 

 理屈や道徳で割り切れない、事象に触れた瞬間に湧き上がる真実の情動。

 

その日本的な情緒が、畏友である林力師範のご先祖・林良斎の思想と響き合う時、彼の人生の捉え方もまた、全く違う次元へと変容するはずだ。

 

 

弟子たちがその境地、その景色に辿り着くまで――。

 

 私はただ、静かに道場の掃除に励むとしよう。

むかし、神戸かどこかの大学生が、居合をブログで紹介し、女子大生だったので、まあ、イケイケに発表していた。

 

気の毒なことに、某連盟の先生だったらしく、とんでもないことを信じていた。

 

 

彼女の説明によると「曲がり角で待ち伏せしている、敵が来たら切り下ろす」

敵がこなかったらどうしますか?という質問に

「鬼のように待つ」

 

あははは、まあ、何を習っているものやら、実に気の毒なことだった

 

 

「壁添」は、 左右に障害物があり自由に抜刀できない時、上に抜いて構えるという状況において、習うべき身体操作に言及している。もちろん「口伝」が付属し、それなりの出来を目指す。

 

 

昨夜の松山稽古では、仁水さんが奥立業4本目まで進んだ(毎週2本追加)

 

レギュラーメンバーはすでに奥を通過しているので、「壁添」の巧妙な身体操作を身に着けているのだけど、それを横で見ていた、仁水さんは、見よう見まねで 「つま先立ち、切り下ろし」をやっていた

 

そこで、少しのヒントを提示した。私が若い頃に工夫してこの業を100発100中に仕上げた「呼吸のヒント」だ

 

もちろん、武衞會の全員は「心身統一」原則を飲み込んでいるので、あとは「呼吸」の使い方

 

***

進行しながら、伴一龍がついと立ち止まった。
次の瞬間、つま先が床を捉え、膝がわずかに沈み、体が「壁添」の線にぴたりと乗った。
ブレ一つなく、刀身が弧を描きながら落ちて——ピタリと止まる。
太刀風がそこにあった。「決まった」という静かな衝撃があった。

 

私は小さく唸った。新顔のくせに、呼吸のヒント一つでここまで持っていくとは……。

 

稽古のあと、彼は照れくさそうにこう言った。
「最近、鴨長明を読んでまして……」

 

素晴らしい、、かれは、最近国文学に興味を持ち、鴨長明を読んでいるという

 

鴨 長明は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての日本の歌人・随筆家。俗名は同じだが「読み」がかも の ながあきら。禰宜・鴨長継の次男。位階は従五位下。法名は蓮胤。南大夫、菊大夫とも称される。後の「菊家」との関連の外、「南大夫」の誤記に由来する可能性も指摘されている。

 

そのうちにここに至るだろう

本居宣長(1730-1801)が提唱した「もののあはれ」は、江戸時代の国学における中心的理念です。事物(もの)に触れた際に心に湧き上がる、しみじみとした情趣や感情の動き(あはれ)をありのままに受容する美意識を指します。『源氏物語』の本質をこの「情」の表現に見出し、儒教的な道徳観(勧善懲悪)を排して、日本的な情緒を再評価しました。

 

やがて、畏友である林力師範のご先祖に当たる林良斎に行き着けば、人生の捉え方も違って来るかもしれない

 

それまで、私は毎回誰よりも早く道場に入り、一人で静かに掃除に励もう。