公文コネクトが始まっても、我が家が紙教材を選び続ける理由

公文には現在、「公文コネクト(KUMON CONNECT)」というタブレットで学習できるサービスがあります。

教材の受け取りや提出、採点、学習状況の確認までタブレット上で行うことができ、自宅でも教室でも同じように学習できる、とても便利な仕組みです。

実際に利用されているご家庭も増えているようで、「これからの公文はタブレットなのかな」と感じることもあります。

そんな中でも、我が家は現在も紙教材を選んでいます。

今日は、その理由を書いてみたいと思います。


我が家が大切にしているのは「学習のスイッチ」

我が家が紙教材を選んでいる一番の理由は、

「紙を机に広げたら、公文をするしかない環境」がつくれるからです。

プリントを机に置き、鉛筆を持つ。

それだけで、子どもの頭の中が自然と「今は公文をやる時間なんだ」という状態に切り替わります。

もちろん、タブレットも公文専用として使えば問題ありません。

それでも私自身は、タブレットには「学習する道具」というイメージだけでなく、「動画を見る」「ゲームをする」「インターネットを見る」といった、さまざまな用途がある道具という印象があります。

だからこそ、低学年のうちは、

紙=勉強

というシンプルな環境の方が、学習習慣を作りやすいのではないかと考えています。


中学受験を考えても、紙で学ぶ経験は大切

我が家は中学受験を目指しています。

入試本番は、ほとんどの学校が紙の問題用紙と解答用紙で行われます。

問題に線を引き、余白に計算を書き、消しゴムで消しながら考える。

その一連の動きは、普段から紙で学習していることで自然と身に付いていくように思います。

もちろん、紙で学習しているから受験に有利になる、ということではありません。

ただ、本番と同じ感覚で学び続けられるという安心感はあります。


低学年だからこそ「書く力」を育てたい

小学校低学年では、学習内容だけでなく、

「鉛筆を正しく持つこと」
「筆圧をかけて書くこと」
「丁寧に文字を書くこと」

そのものにも大きな価値があると感じています。

紙に何度も書き、消し、また書く。

この積み重ねは、計算力や読解力だけでなく、書く体力や集中力にもつながっているように思います。


紙教材のメリット・デメリット

メリット

  • 学習だけに集中しやすい
  • 鉛筆や消しゴムを使う経験を積める
  • 入試本番に近い学習環境になる
  • 学習したプリントが残るため、成長を振り返りやすい
  • 学習の始まりと終わりが分かりやすい
  • プリントをタワーのように積んで眺めることで、「こんなに頑張った!」と自己肯定感がアップする。

デメリット

  • プリントの管理が必要
  • 持ち運びに少し手間がかかる
  • 教室との教材の受け渡しが必要
  • 採点結果の確認に時間がかかる場合がある
  • 間違いを直すとき、消しゴムできれいに消す必要がある。子供の力ではなかなかきれいに消せない。

公文コネクトのメリット・デメリット

メリット

  • 教材の提出や受け取りがスムーズ
  • 学習履歴を確認しやすい
  • プリントをなくす心配がない

デメリット

  • タブレットに慣れ過ぎると、紙に書く機会が減る可能性がある
  • タブレットが学習以外の用途も持つため、家庭によっては切り替えが難しい場合もある
  • 充電や端末管理が必要になる
  • 紙に比べて「書く感覚」が異なると感じる子もいる

どちらが正しいではなく、「家庭に合うか」が大切

ここまで書いてきましたが、

私は紙教材がタブレット教材より優れているとは思っていません。

公文コネクトには、公文コネクトならではの良さがあります。

忙しいご家庭や送迎の負担が大きいご家庭では、大きなメリットになるでしょう。

一方で、我が家は

「勉強を始めるスイッチを大切にしたい」
「低学年のうちは紙にたくさん書いてほしい」

そんな思いから、紙教材を選んでいます。

子どもの性格も、家庭の生活スタイルも、それぞれ違います。

だからこそ、「どちらが正解か」ではなく、「我が家にはどちらが合っているか」を考えることが、一番大切なのではないかと思っています。

これからも我が家は、紙のプリントを一枚ずつ積み重ねながら、子どもと一緒にゆっくり歩んでいきたいと思います。

 

公文国語で得られた本質的な価値

〜順位やオブジェでは測れなかった成長〜

公文算数、英語と続けてきたこのシリーズ。

今回は公文国語について振り返ってみたいと思います。

算数と英語では、ありがたいことに進度によるオブジェをいただくことができました。

一方で、国語はオブジェをいただくことはありませんでした。

順位だけを見れば、全国順位も都道府県内順位も少しずつ下がっています。

そのため、「国語は思うように伸びなかった」と感じる方もいるかもしれません。

しかし、振り返ってみると、我が家が国語で得られたものは、順位や進度だけでは語れないものだったように思います。


漢字で困ることがほとんどありませんでした

公文を続けていて感じた一番大きなメリットの一つは、漢字です。

学校よりもかなり先の漢字を学習していたため、学校の漢字学習で苦労する場面はほとんどありませんでした。

「学校で初めて習う漢字」ではなく、

「見たことがある漢字」

として学べることは、子どもにとって大きな安心感につながっていたように思います。


教材の続きを図書館で借りてくるようになりました

私が一番うれしかった出来事があります。

それは、公文教材に載っていた文章の続きを読みたくなり、図書館で本を借りてきたことです。

「もっと読みたい。」

そう思えたこと自体が、公文国語の大きな成果だったように感じています。

教材はあくまでも入口。

その先にある本へ自然と興味が広がっていきました。


「知らなかった」をたくさん経験できました

公文国語では、さまざまな作家や作品、歴史や文化に触れます。

家庭だけでは出会えなかったであろう文章もたくさんありました。

教材を通して、

「こんな話があるんだ。」

「この作者の本も読んでみたい。」

そんな経験を積み重ねることができました。


日能研の長文を嫌がらなくなりました

現在、長女は日能研にも通っています。

日能研では長い文章を読む問題が多く出題されます。

もちろん、内容を正確に読み取ることは簡単ではありません。

それでも、

「長い文章だから読みたくない。」

という様子はあまり見られません。

これは、公文で毎日少しずつ文章を読み続けてきた積み重ねがあるからなのかもしれません。


順位だけを見ると少しずつ下がっていました

公文の順位を見ると、

全国順位、都道府県内順位ともに少しずつ下がっています。

また、国語の学習者数を見ると、小学3年生の冬頃から全国・都道府県内ともに少しずつ減少していました。

算数も同じような傾向が見られます。

一方で、英語は学習者数が増えていました。

理由は分かりませんが、中学受験を見据えて学習内容を整理する家庭もあるのかもしれません。

もちろん、それだけが理由ではないと思いますが、一つの可能性として興味深く感じています。


我が家はできる限り続けたいと思っています

中学受験が近づくと、学習時間は限られてきます。

そのため、将来的には算数と国語を一区切りとし、英語だけを続けることも選択肢の一つとして考えています。

英語は中学受験では使いませんが、中学校以降につながる力になると考えているからです。

まだ先の話ですが、その時の状況を見ながら家族で決めていきたいと思っています。


おわりに

公文国語を振り返ると、我が家にとって一番大きかったのは、

「読む力」よりも、「読むことを嫌いにならなかったこと」だったように思います。

教材の続きを図書館で借りてきたこと。

漢字で困ることが少なかったこと。

さまざまな文章や作家との出会いがあったこと。

長文を前にしても抵抗感が少なかったこと。

これらは順位にもオブジェにも表れません。

だからこそ、公文国語の価値は、進度や順位だけでは測れないのだと感じています。

これから中学受験に向けて学習内容は変化していきますが、公文国語で身につけた「読むことへの抵抗の少なさ」は、これからも長女を支えてくれる土台になってくれるのではないかと期待しています。

 

公文英語は「プリントを終わらせるだけ」ではなかった ~わが家の英語の伴走記録~

前回は、公文算数について

「オブジェを目指して全力で走った3か月、そして無理ないペース走に戻した話」

を書きました。

今回は、そのシリーズ第二弾として、公文英語について振り返ってみたいと思います。

算数とは似ているようで、実はずいぶん違う教科でした。


英語は、プリントを書くだけでは終わらない

公文の算数は、基本的には

  • 計算する
  • 丸付けをする
  • 間違い直しをする

という流れで学習が完結します。

親としても、「今日はここまでできた」「ここを間違えた」が比較的分かりやすい教科でした。

一方、公文英語は違います。

プリントを書くだけではなく、

  • イーペンシルで音声を聞く
  • 英文を音読する

ここまで取り組んで初めて学習が完成します。

つまり、

「プリントが埋まれば終わり」ではない。

これが、英語ならではの難しさでした。


親も、算数ほど細かく見られない

算数は、私もかなり時間をかけて丸付けをしていました。

計算ミスがあれば一緒に確認し、必要ならもう一度解き直す。

親も伴走しやすい教科だったと思います。

ところが英語になると事情は変わります。

「ちゃんと音声を聞いたかな。」

「音読したかな。」

ここまでは、親がずっと横について確認することはなかなかできません。

我が家も、

「聞いた?」

「読んだ?」

と声を掛ける程度で終わる日も少なくありませんでした。

算数に比べると、どうしてもチェックは大まかになりがちでした。


それでも、少しずつ力は積み上がっていた

そんな取り組み方だったので、

「これで本当に力が付いているのかな。」

と思ったことも何度もあります。

ですが、振り返ってみると、公文の進度や認定テストの結果は、大きく崩れることなく少しずつ積み上がっていました。

公文英語の歩み

  • 年長の3月 C130
  • 年長の6月 D060
  • 年長の12月 E030
  • 新小学1年生3月 E150
  • 小学1年生12月 GⅠ100
  • 小学2年生12月 HⅠ070
  • 小学3年生6月 HⅡ010

全国順位もおよそ1,600~2,000位前後、都道府県順位も80~100位前後で、大きく崩れることなく推移してきました。

もちろん順位がすべてではありません。

それでも、教材が難しくなっているにもかかわらず同じような順位帯を維持できているということは、少しずつ力を積み重ねられているのかな、と感じています。


公文教材のすごさを感じた

今回ヒストリーを振り返っていて、一番感じたことがあります。

それは、

親が完璧に管理しなくても、子ども自身が学びを積み重ねられる教材になっている

ということです。

もちろん家庭での声掛けは必要です。

でも、毎日付きっきりで教え続けることは現実的ではありません。

その中でも少しずつ力が付いてきたことを見ると、公文教材の積み重ねる力を改めて感じます。


中学受験では使わなくても

現在の中学受験では、英語を使う学校はまだそれほど多くありません。

だからこそ、

「受験に出ないから後回し」

ではなく、

今だからこそ、少しずつ積み重ねておきたい。

そんな気持ちがあります。

受験学年になれば、算数や国語、理科、社会に追われる毎日になると思います。

その前に、英語の基礎を無理なく育てておくことは、決して遠回りではないように感じています。


おわりに

公文算数では、「オブジェを目指して走った3か月」という特別な時期がありました。

一方、公文英語は、どちらかというと派手なエピソードはありません。

毎日、少しずつ。

音声を聞いて、声に出して、プリントを進める。

その繰り返しでした。

でも、ヒストリーを見返してみると、大きくジャンプしたというより、階段を一段ずつ上ってきたような歩みだったのだと思います。

中学受験を目指しているわが家ですが、受験だけが学びの目的ではありません。

 

長距離走に例えると、英語は、ラストスパートをしない予選のような走り方になります。

スパートをせず、大学受験という決勝レースにむけて予選を淡々と走るイメージでしょうか。

 

これからも英語は、順位や進度に一喜一憂しすぎず、「長距離走の伴走」のように、少しずつ前へ進んでいけたらと思っています。

オブジェを目指して全力で走った3か月、そして巡航速度に戻した話

こんにちは。
「2030中学受験☆長距離パパの伴走記」です。

今回は、長女の公文算数について振り返ってみようと思います。

タイトルを見ると「ものすごく頑張った話」のように感じるかもしれません。

でも、この記事で書きたいのは「頑張り続けた話」ではなく、「ペースを戻した話」です。


一年生に上がる前にC教材を終えることが目標でした

長女が年長の冬。

公文の先生から、算数のオブジェについて教えていただきました。

「一年生に上がる前にC教材を終了すると、3学年先進度としてオブジェをいただけます。」

さらに、

「教室では、未就学で算数オブジェを獲得した子はまだいません。」

というお話もありました。

その言葉を聞いて、親子で

「せっかくなら挑戦してみよう。」

という気持ちになりました。


あの3か月だけは少しだけギアを上げました

当時の長女は、水泳も頑張っていました。

公文も水泳も、どちらも本人なりに一生懸命取り組んでいた時期です。

もちろん、毎日順調だったわけではありません。

気分が乗らない日もありました。

それでも、

「今日はここまで頑張ろう。」

そんな声を掛けながら、一歩ずつ進めていきました。

 

それまでは、家で宿題をしてもそのまま提出していましたが、

親も一緒に問題を解いて、丸付け、本人も直しをするようになりました。

 

そして2024年3月。

就学前までにC教材を終了することができ、算数オブジェをいただくことができました。

親としても、とてもうれしい出来事でした。


でも、その後はアクセルを踏みませんでした

実は、オブジェをいただいた後は意外な選択をしました。

「もっと先まで進もう。」

とは考えませんでした。

むしろ、

「ここからは無理のないペースランニングに戻そう。」

そう決めました。


理由はシンプルでした

我が家が一番大切にしたかったのは、

「公文を嫌いにならないこと」

でした。

枚数をどんどん増やして進度を追いかけるよりも、

毎日少しずつでも続けられること。

勉強が嫌にならないこと。

その方が、この先何年も続く学習には大切なのではないかと思ったからです。


順位は少しずつ下がりました

実際、その後の順位だけを見ると、

全国順位も都道府県内順位も少しずつ下がっています。

もし順位だけを見れば、

「以前より伸びていない。」

そう感じる方もいるかもしれません。

でも、我が家では特に気にしていませんでした。

順位よりも、

「今日も続けられたね。」

その積み重ねを大切にしたかったからです。


気付けばF教材まで進んでいました

振り返ると、

オブジェを目指していた頃ほどの勢いはありません。

それでも、

  • 公文
  • 日能研
  • 水泳
  • ピアノ
  • 学校生活

どれも大きく崩れることなく続けることができています。

そして現在、公文算数はF教材まで進んでいます。

もともと私の中では、

「3年生のうちにF教材が終われば十分。」

そんなイメージを持っていました。

だから今振り返ると、この数年間の歩みは我が家にとって無理のないペースだったように感じています。


長距離走だからこそ

このブログでは、「伴走」という言葉をよく使っています。

長距離走では、ずっと全力疾走はできません。

勝負どころで少しペースを上げることもあれば、

無理のないペースランニングで景色を見ながら走る時間もあります。

我が家にとって、

オブジェを目指した3か月はスタート直後の位置取りのため、少しだけギアを上げた区間でした。

そして目標を達成した後は、

予定どおり無理のないペースランニングに戻しました。

6年夏からのスパート合戦に備えて、虎視眈々と位置取りや周りの選手の呼吸を観察しながら走ります。

(スパートせずに余力を残してゴールすることが理想ではあるのですが、ここでは、6年2月を仮のゴールとします)


おわりに

この走り方が正解とは思っていません。

もっと早く進むお子さんもいますし、そのペースが合うご家庭もあると思います。

これは、あくまで我が家の記録です。

中学受験まで、まだ長い道のりがあります。

焦る日も、立ち止まる日もあると思います。

それでも、娘が「勉強って嫌いじゃない」と思えることを大切にしながら、これからも隣で伴走していきたいと思います。

 

朝学習(筋トレ)記録 5:30~ 

 

学習内容 

マスター4年:1問 30秒

マスター5年:1問 30秒

マスター6年:1問 30秒

日能研 夏期一行題:1日分 1分間 

マスター3年: 28日分  30分間 

 

娘、5:25頃、自分から起きて来て 大好きなサバイバルシリーズに没頭。 

私「今日はぴったり5:30にシャーペンが持てるといいね」 

娘「2分前になったら教えて」

私「おっけー」

 

私「2分前だよ」 

娘 ごそごそ(サバイバルを閉じて、シャーペンをとりにいく)   

 

学習が始まったのは5:30

8日目にして初めて、5:30ピッタリにシャーペンを持つことができました。

 

まずは21日間(三週間)まであと13日間。 

 

☆長女公文進度(小学3年生・2026.8.4時点)

英語:HⅡ21(中学2年生相当・6%) 

算数:F121(小学6年生相当・6%) 

国語:EⅡ36(小学5年生相当・12%)

 

 

中学受験をすると決めた日ではなく、「しようかな」と思った日の話

「いつ、中学受験をすると決めたんですか?」

そんな質問をいただくことがあります。

でも、正直に言うと、我が家には「この日です。」と言えるような特別な日はありません。

むしろ、「ちょっと見てみようかな。」

そんな軽い気持ちから始まりました。

最初から受験を考えていたわけではありません

長女は小さい頃から、公文や水泳、体操、ピアノなど、さまざまなことに挑戦してきました。

その中で、私たちが一番大切にしていたのは、「勉強が好き」という気持ちをなくさないことです。

成績や順位よりも、

「知るって面白い。」

「できるようになるってうれしい。」

そんな気持ちを育てたいと思っていました。

だから、「絶対に中学受験をする」と決めていたわけではありませんでした。

きっかけは、一度見てみよう

ある日、「日能研全国テストを受けてみない?」という話になりました。

もちろん、合否や順位が目的ではありません。

「今の力を知る。」

それ以上に、

「どんな世界なんだろう。」

「娘はどんな反応をするんだろう。」

そんな好奇心のほうが大きかったように思います。

 

テストを受けた帰り道には、中学校の近くを歩いてみました。

校舎を眺めたり、門の前に立ってみたり。

娘は少し緊張した表情を見せながらも、興味深そうに学校を見つめていました。

その姿を見て、「こんな世界もあるんだね。」と、親である私たちも少しずつ中学受験を身近に感じるようになりました。

「受験する」ではなく、「知ってみる」

今振り返ると、あの頃は「受験する」と決めていたのではありません。

「知ってみよう。」

それだけでした。

説明会へ行く。

学校を歩いてみる。

全国テストを受けてみる。

先輩の話を聞いてみる。

その一つ一つの経験が積み重なって、少しずつ「挑戦してみようかな」という気持ちになっていったのだと思います。

親も子どもも、一緒に学び始めた

中学受験について何も知らなかったのは、娘だけではありません。

私も、妻も同じでした。

塾のこと。

学校のこと。

受験勉強のこと。

知らないことばかりでした。

だからこそ、「親が決めた受験」ではなく、「家族みんなで学びながら考えてきた受験」だったように思います。

長距離走は、スタートラインから始まっている

私は大学まで長距離走を続けていました。

長距離走では、号砲が鳴るずっと前から勝負は始まっています。

シューズを選び、体調を整え、スタートラインに立つ。

その時間も、大切なレースの一部です。

中学受験も同じなのかもしれません。

「受験します。」

そう決めた日だけがスタートではありません。

「少し興味がある。」

「一度見てみよう。」

そんな小さな一歩も、きっと立派なスタートだったのだと思います。

だから私は、あの日を「受験を決めた日」ではなく、「中学受験という世界をのぞいてみようと思った日」として、今でも大切に覚えています。

日能研の説明会で、印象に残っている言葉がありました。

「お子さんと連絡が取れるようにしておいてください。」

電車で通塾する子どもたちにとって、保護者と連絡が取れる環境はとても大切です。

説明を聞きながら、私も「何か準備しないといけないな」と考えました。

しかし、その一方で、私の中には以前から一つの思いがありました。

できれば、スマホは持たせたくない。

もちろん、ご家庭によって考え方はさまざまですし、スマホが必要な場面もあると思います。

それでも我が家では、「まだこの時期には持たせない」という選択をしました。

理由は単純です。

一度スマホが生活の中心になると、元に戻すのは簡単ではないと思っているからです。

動画、ゲーム、SNS…。

どれも便利で楽しいものですが、大人でもつい時間を使ってしまいます。

だからこそ、小学校低学年の今は、読書をしたり、外で遊んだり、兄弟で遊んだりする時間を大切にしてほしいと思っています。

とはいえ、安全は最優先です。

そこで我が家が選んだのが、GPS端末でした。

位置情報は確認できますし、必要なときには音声で連絡を取ることもできます。

塾への行き帰りも安心できますし、子ども自身も「見守ってもらえている」という安心感があります。

スマホほど多くの機能はありません。

でも、今の我が家には、それで十分でした。

受験勉強では、「どの教材を使うか」「どの塾に通うか」が話題になることが多いですが、家庭の環境づくりも同じくらい大切だと思っています。

我が家では、テレビをほとんど見ないこと、ゲーム機を置かないこと、そしてスマホを持たせないことも、その環境づくりの一つです。

もちろん、成長すれば、いつかスマホを持つ日が来るでしょう。

その日を必要以上に遅らせたいわけではありません。

ただ、「まだ今ではない」。

それが、今の我が家の結論です。

中学受験は長距離走。

便利なものを増やすことよりも、子どもが本や人との会話、家族との時間を楽しめる環境を少しでも長く残してあげたい。

そんな思いで、我が家はGPSという選択をしました。

日能研が公文やピアノ、体操、スイミングと違うところ

日能研に通い始めて感じたことがあります。

それは、日能研というより、中学受験塾全体に共通していることなのかもしれません。

 

子どもが教室で勉強している姿を見ることができない。

 

これが、他の習い事との大きな違いだと思いました。

公文は、送り迎えのときに教室へ入るので、少し早く行けば子どもが教材に向かっている様子を見ることができます。

ピアノも、希望すればレッスンを見学できます。

体操やスイミングも、保護者が見学席から子どもの様子を見守ることができます。

一方、日能研は違います。

 

教室の中は、親から見るとまさにブラックボックスです。

 

先生と子どもがどんなやり取りをしているのか、授業中どんな表情で学んでいるのか、親にはほとんど分かりません。

最初は少し不思議な感覚でした。

でも、よく考えてみると、それでいいのかもしれません。

 

実際、水泳でも親が毎回見学し、あれこれ口を出したところで、良い結果につながることはほとんどありませんでした。

 

むしろ、子どものためを思えば、先生を信じて任せることの方が大切だったように思います。

学校も、習い事も、塾も同じです。

子どもがその場所で過ごしている時間は、親がコントロールできるものではありません。

 

だからこそ、親にできることは、家庭で一緒に過ごせる限られた時間を大切にすること。

 

その時間に子どもの話を聞いたり、一緒に笑ったり、ときには励ましたり。

そうした積み重ねこそが、親にできる「伴走」なのではないかと感じています。

教室の中まで伴走することはできません。

でも、教室の外で安心して走れる環境を整えることはできます。

私はこれからも、その役割を大切にしていきたいと思っています。

公文を嫌がる日は、親の試される日

「公文やりたくない。」

「公文やらないもん。」

 

 

長女の口からその言葉が出る日が多くなってきました。。

小さい頃から続けてきた公文。算数、国語、英語と毎日少しずつ積み重ねてきました。

オブジェを目指して二人三脚で頑張った時もあります。

だからといって、毎日喜んで机に向かうわけではありません。

むしろ最近は、「やりたくない」と言う日が以前よりかなり増えてきました。

親としては、焦ります。

 

「勉強嫌いにはさせてはならない。。」

「せっかく進んでいるのに、これではうさぎとかめのうさぎ化する。」
「中学受験に影響するのではないか。」
「今まで積み上げてきたものが崩れてしまうのではないか。」

 

そんな気持ちが頭をよぎります。

でも、そのたびに思い出す言葉があります。

中学受験は短距離走ではなく、長距離走。

 

私は学生時代、長距離種目に取り組んでいました。

長いレースでは、最初の1キロだけ速く走っても意味がありません。大切なのは、最後まで走り切ることです。

中学受験も同じなのではないかと思っています。

小学校3年生の夏。

今、一番大切なのは、たくさん問題を解くことではなく、「学ぶことが嫌いにならないこと」。

だから私は、娘が公文を嫌がる日は、娘よりも自分自身が試されている日だと考えるようになりました。

「早くやりなさい。」

その一言は簡単です。

でも、その言葉で勉強そのものが嫌いになってしまったら、本末転倒です。

もちろん、何もしないわけではありません。

「今日は5枚だけにしてみようか。」

「終わったら一緒に本を読もう。」

「今日は疲れているみたいだね。」

そんな声掛けをしながら、その日の娘の様子を見ています。

正直に言えば、毎回うまくいくわけではありません。

私もイライラする日があります。

親ですから、完璧にはなれません。

それでも、「勉強をやらせる親」ではなく、「学びを続けられるように支える伴走者」でありたいと思っています。

日能研のイベントで出会った中学生のお姉さんたちは、「3年生のうちは経験を大切に」「友達との時間も大事に」と話してくれました。

その言葉は、娘だけでなく、私の心にも残っています。

公文を嫌がる日があってもいい。

遊びに夢中になる日があってもいい。

遠回りに見える日があってもいい。

大切なのは、また翌日、「やってみようかな」と机に向かえることです。

受験は、親が子どもを引っ張る競争ではないと思います。

私はこれからも、少し前を歩くのではなく、少し後ろから背中を押すのでもなく、隣を走る伴走者でいたいと思っています。

公文を嫌がる日は、娘ではなく、親の私が試される日。

そんな気持ちを忘れずに、今日も一緒に一歩ずつ前へ進んでいきたいと思います。

なぜ我が家は日能研を選んだのか 〜「中学受験をする」と決める前に始まった伴走〜

「どうして日能研に通うことになったのですか?」

そんなことを聞かれる機会が少しずつ増えてきました。

今回は、我が家が日能研に通うことになった経緯を、伴走者である父親の視点で振り返ってみたいと思います。

中学受験を決めていたわけではありませんでした

実は、最初から「絶対に中学受験をする」と決めていたわけではありませんでした。

長女は小さい頃から公文や水泳、体操、ピアノなど、さまざまなことに挑戦してきました。

その中で私たちが一番大切にしていたのは、「勉強が好き」という気持ちを失わないことでした。

成績や偏差値よりも、「知ることって面白い」「できるようになるってうれしい」と思える環境を整えたい。その思いは今も変わりません。

きっかけは「一度見てみよう」でした

そんな中で、中学受験という世界を少し知ってみようと思い、日能研の全国テストを受けてみることにしました。

結果がどうこうというよりも、

「どんな子たちが通っているのだろう。」
「娘はどんな反応をするのだろう。」

そんな気持ちの方が大きかったように思います。

実際に教室へ足を運ぶと、娘は意外にも楽しそう。

難しい問題にも前向きに取り組み、「また行きたい。」という言葉が返ってきました。

親の想像以上に、本人がその環境を気に入っていたのです。

「この子なら続けられるかもしれない」

日能研を選んだ決め手は、難関校への実績等ではありませんでした。

娘自身が「楽しい」と感じていたこと。

これが何より大きかったです。

我が家では、公文を嫌がる日もあります。

宿題から逃げたくなる日もあります。

それでも日能研だけは、「今日は塾の日だ!」と前向きに準備をする姿が見られます。

だからこそ私は、「今は結果よりも、この気持ちを大切にしたい」と思っています。

忘れられないNフレンズでの出来事

日能研に通い始めてから、特に印象に残っている出来事があります。

それが、Nフレンズでした。

現役の中学生に直接質問できる機会があり、娘は自分から積極的に質問をしていました。

「勉強に集中できないときはどうしていますか。」

「小学校3年生のうちにやっておいた方がいいことはありますか。」

そんな質問を自分の言葉で投げかけ、真剣にメモを取る姿を見て、親の私の方が驚きました。

帰宅後は、それまでより少しだけ前向きに机へ向かう姿も見られるようになりました。

受験は、教材だけで進むものではありません。

「あんなお姉さんになりたい。」

そんな憧れが、子どもを大きく成長させてくれるのだと思います。

我が家は「勝負の夏」ではありません

中学受験では、「勝負の夏」という言葉をよく耳にします。

でも、我が家の小学校3年生の夏は違います。

友達と遊ぶ日もあります。

妹や弟と長い時間ごっこ遊びをする日もあります。

庭でプールをしたり、本を読んだり、学習漫画に夢中になったり。

そんな時間も、この時期だからこそ大切にしたいと思っています。

受験は短距離走ではなく、長距離走。

私は学生時代に長距離競技を続けていました。

スタート直後に飛ばしすぎても、最後まで走り切ることはできません。

大切なのは、自分のペースで集団の中を走り続けること。

そして、勝負どころまで力を残しておくことです。

親である私の役割は、手を引き、前を走ることでも、後ろから押すことでもないと思います。

子どもの少し横を走る「伴走者」であり続けることだと思っています。

おわりに

振り返ると、日能研に通うことになった一番の理由は、「難関校を目指すため」ではありませんでした。

娘が楽しそうに学んでいたから。

その笑顔を見て、「この環境なら親子で長く走っていけるかもしれない」と思えたからです。

これからも、順位や偏差値に一喜一憂しすぎることなく、「勉強が嫌いにならないこと」を一番大切にしながら、2030年の春まで伴走を続けていきたいと思っています。